&N 未来創発ラボ

野村総合研究所と
今を語り、未来をみつめるメディア

日本銀行の独立性を尊重すべき

10月4日に自民党総裁選で新総裁に選出された高市氏は、同日夜に記者会見に臨んだ。
 
記者会見での発言で最も懸念されたのは、金融政策についての考え方だ。現在の物価上昇率は表面的には2%を超えているが、これはコストプッシュ型であり、望ましいデマンドプル型ではない、という高市氏の主張は正しい。しかし、それは日本銀行も十分に理解している点である。そのうえで、日本銀行の利上げを牽制するような発言をしたことは適切ではないだろう。
 
高市氏は「政府の経済政策の基本方針と整合的なものとなるよう、常に政府と連絡を密にし、十分な意思疎通を図らなければならない」と定める日本銀行法第4条に触れ、政府と日本銀行が緊密に連携する必要性を説いた。
 
その点は正しいが、さらに、「金融政策にも政府が責任を持ち、政策手段は日本銀行が適切なものを選ぶ」と説明したことは、日本銀行法が定める日本銀行の独立性(自主性)の考え方に反するものだろう。この主張からは、高市氏は、日本銀行の追加利上げを直接牽制する可能性があることが懸念される。政府と日本銀行の共同声明、いわゆるアコードの見直しに言及したことについても、日本銀行の政策への関与を強める意図を感じさせる。
 
米国に続いて日本でも金融政策に政治介入が行われる事態となれば、それは世界の金融市場を不安定にさせる要因になりかねない。日本では、物価安定を担う日本銀行の独立性が損なわれることで、中長期的な物価上昇リスクが高まり、円安や長期金利の上昇を生じさせかねない。それらは経済や国民生活に逆風となるだろう。高市氏は、日本銀行の独立性に十分配慮する必要があり、発言にも留意すべきだ。

政府の投資増加や減税で財政悪化のリスク

財政政策についても、高市氏は記者会見で積極財政姿勢を改めて確認した。政府が民間の呼び水になる投資を拡大させ、それが成長率の向上と税収増を生むという主張を行っている。政府の投資増加や減税などで成長率と税収を高めることで、財政収支を改善させることはかなり難しく、実際には、そうした政策はさらなる財政悪化を生じさせやすい。高市氏は、財政健全化は支持するとし、金融資産を除く純政府債務のGDP比率を引き下げることで財政健全化を進める方針、と説明する。

補正予算でガソリン・軽油取引税の暫定税率廃止

補正予算で行う喫緊の経済政策については、最も急ぐ必要があるのは中小・零細企業の支援であるとし、賃上げ税制を活用できない赤字企業が人件費や各種コスト増加で収益が悪化している状況に対して支援する考えを示した。具体的には、地方向け交付金を活用し、各地の事情に合わせて自治体からの補助金として出すとした。
 
また、ガソリンの暫定税率を軽油引取税の暫定税率も含めて廃止する方針を示した。これには1.5兆円程度の財源が必要であり、それが実施されると世帯当たりのガソリン費負担は年間9,670円減少し、実質GDPを0.1%程度押し上げると試算される(コラム「ガソリン税暫定税率廃止は参院選後の財政政策を占う試金石に:物価高対策として優先されるべきかは疑問」、2025年8月5日)。
 
さらに、経営危機に陥っている病院、介護施設の支援も喫緊の課題であると述べた。これらの政策を補正予算編成で実現するとし、その財源は税収の上振れ等を充てるという。ガソリン税・軽油引取税の暫定税率廃止は恒久措置であることから、それを税収の上振れで賄うとすれば、それは1年分の財源手当てに過ぎない。

消費税減税は優先課題としない

加えて、総裁選挙で掲げた給付付き税額控除については、制度設計に2~3年程度かかるとし、中期的な課題と位置付けた。また、参院選挙前に主張していた消費税の税率引き下げについては、自民党内の理解が得られなかったとして優先課題としない考えを明らかにした。この点は財政悪化リスクを一定程度軽減するものだ。
 
その他の経済政策では、日米関税合意はしっかりと履行する方針だが、5500億ドルの対米投資スキームで、投資決定のプロセスで日本側の意見が十分に反映されない場合には、米国側に申し入れるとした。
 
野党との連立協議については、できれば首班指名選挙までに速やかに協議を進めたいとしたが、相手があることなので、時期や相手先については明確には言えないとした。連立についてはまず公明党との政策協議を行い、連立継続の合意を速やかにしたいとした。
 
人事については、総裁選の候補者5人すべての内閣及び党の要職に登用する意向を示した。まず党人事についてはベストの陣容を来週前半の早い時期に固めたいとした。靖国神社参拝の有無については明言を避けた。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。