トランプ大統領の防衛費増額要求で国債増発懸念が強まる可能性も
10月28日に開かれる日米首脳会談で、最大の議題となるのは、安全保障政策を巡る日米の協調と日本の防衛費増額となるだろう。その他にも、対中国・ロシア政策での日米協調、日米関税協議のフォローアップ、為替政策などが考えられる。日本が大幅な防衛費増額を求められる、あるいは利上げを通じた円安の是正を求められる場合には、債券安、円高が進み、株式市場に強い逆風が生じる可能性も考えられる。
日米首脳会談で第1の注目点は、日本の防衛費増額だ。24日の所信表明演説で高市首相は、安全保障3文書を来年中に前倒しで改定することを検討するとともに、現在の3文書で定められている防衛費及び防衛関連費を2027年度までにGDP比2.0%に引き上げるという方針を、今年度中に前倒しで実現する考えを示した。
今年度予算では、防衛費及び防衛関連費をGDP比1.8%規模で確保されている。これを今年度補正予算で積み増し、GDP比2.0%を前倒しで実現するには、約1.3兆円の積み増しが必要となる計算だ(コラム「トランプ大統領訪日と防衛費積み増し」、2025年10月23日)。
高市首相が防衛費及び防衛関連費の積み増しを表明しているのは、トランプ政権が日本に対して防衛費増額を求めていることから、日米首脳会談でそうした要求に先手を打つ狙いがあるのだろう。
ただしトランプ政権は日本政府に対して、防衛費をGDP比3.5%まで引き上げることを求めているとされる。トランプ大統領は、高市首相が提示する防衛費のGDP比2.0%への前倒し引き上げでは満足せず、GDP比3.5%までの引き上げを求めてくる可能性があるのではないか。
防衛費をGDP比3.5%まで引き上げる場合には、10兆円規模の追加予算を手当てする必要があり、その財源を賄うことは極めて困難だ。金融市場は防衛費増額を賄うために国債発行増額を予想し、債券安、円安が進むだろう。いずれも経済の安定を損ねる可能性がある。
日米首脳会談で第1の注目点は、日本の防衛費増額だ。24日の所信表明演説で高市首相は、安全保障3文書を来年中に前倒しで改定することを検討するとともに、現在の3文書で定められている防衛費及び防衛関連費を2027年度までにGDP比2.0%に引き上げるという方針を、今年度中に前倒しで実現する考えを示した。
今年度予算では、防衛費及び防衛関連費をGDP比1.8%規模で確保されている。これを今年度補正予算で積み増し、GDP比2.0%を前倒しで実現するには、約1.3兆円の積み増しが必要となる計算だ(コラム「トランプ大統領訪日と防衛費積み増し」、2025年10月23日)。
高市首相が防衛費及び防衛関連費の積み増しを表明しているのは、トランプ政権が日本に対して防衛費増額を求めていることから、日米首脳会談でそうした要求に先手を打つ狙いがあるのだろう。
ただしトランプ政権は日本政府に対して、防衛費をGDP比3.5%まで引き上げることを求めているとされる。トランプ大統領は、高市首相が提示する防衛費のGDP比2.0%への前倒し引き上げでは満足せず、GDP比3.5%までの引き上げを求めてくる可能性があるのではないか。
防衛費をGDP比3.5%まで引き上げる場合には、10兆円規模の追加予算を手当てする必要があり、その財源を賄うことは極めて困難だ。金融市場は防衛費増額を賄うために国債発行増額を予想し、債券安、円安が進むだろう。いずれも経済の安定を損ねる可能性がある。
トランプ政権のロシア産LNGの輸入停止要求にどう応えるか
第2の注目点は、ロシア産LNGの輸入停止である。トランプ政権は、対ロ、対中国戦略に手を焼いており、その分野で他の主要国にも協力を求めるというバイデン路線への回帰を見せている。その一環で、ウクライナ戦争を続けるロシアに対する経済制裁強化策として、ベッセント財務長官は日本のロシアからのLNG輸入停止を求めている。トランプ大統領も日米首脳会談でこれを日本側に求める可能性があるだろう。
日本は日本の商社などが関与するロシアのサハリン2からLNGを2024年に約5,500億円輸入した。これはLNG輸入額全体の8.5%程度だ。ロシアのサハリン2からLNGの輸入を停止し、他国からの調達に切り替える場合には、輸送費がよりかかることに加え、割安の長期契約から割高のスポット契約に代わることで、コストが大きく増加する。それは最大で年間1兆円程度と考えられる(コラム「日本政府はサハリン1・2の事業継続を表明も先行きは不透明」、2022年4月5日)。
LNGの輸入コスト増加分は電気代に転嫁させる。その結果、家庭の電気代は最大で5%程度上昇する可能性があると考えられる。
このように、経済的な打撃をもたらすロシアからのLNG輸入停止要請を、日本は簡単には受け入れられない。しかし、インドはトランプ政権の要請を受け入れて、ロシア産原油の輸入を削減する方針に転じており、日本もトランプ政権の要請にゼロ回答では済まないだろう。
7月の日米首脳会談では、「アラスカLNGに関する新たな契約検討」が共同声明に盛り込まれ、日米経済安全保障協力の一環として扱われている。日本政府は、ロシアからのLNG輸入を段階的に減少させるとともに、それと並行して米国のアラスカ産LNG輸入を段階的に増やすことで、トランプ政権の理解を得るよう働きかける可能性が考えられる。
日本は日本の商社などが関与するロシアのサハリン2からLNGを2024年に約5,500億円輸入した。これはLNG輸入額全体の8.5%程度だ。ロシアのサハリン2からLNGの輸入を停止し、他国からの調達に切り替える場合には、輸送費がよりかかることに加え、割安の長期契約から割高のスポット契約に代わることで、コストが大きく増加する。それは最大で年間1兆円程度と考えられる(コラム「日本政府はサハリン1・2の事業継続を表明も先行きは不透明」、2022年4月5日)。
LNGの輸入コスト増加分は電気代に転嫁させる。その結果、家庭の電気代は最大で5%程度上昇する可能性があると考えられる。
このように、経済的な打撃をもたらすロシアからのLNG輸入停止要請を、日本は簡単には受け入れられない。しかし、インドはトランプ政権の要請を受け入れて、ロシア産原油の輸入を削減する方針に転じており、日本もトランプ政権の要請にゼロ回答では済まないだろう。
7月の日米首脳会談では、「アラスカLNGに関する新たな契約検討」が共同声明に盛り込まれ、日米経済安全保障協力の一環として扱われている。日本政府は、ロシアからのLNG輸入を段階的に減少させるとともに、それと並行して米国のアラスカ産LNG輸入を段階的に増やすことで、トランプ政権の理解を得るよう働きかける可能性が考えられる。
レアアース調達での日米連携
第3の注目点は、中国を念頭に置いた経済安全保障政策での日米協力強化だ。日米両政府は、トランプ米大統領の来日に合わせ、造船能力拡大に向けた協力覚書を締結する方向で調整している、と報じられている。造船分野では中国が圧倒的な世界シェアを誇る一方、米国の造船業の衰退が明らかとなっており、米国の相対的な軍事力低下の潜在的リスクを高めている。両政府は先端技術の開発や先進的な船舶設計の連携を行うと見られ、日本に強みがある砕氷船の技術提供なども想定される。
また、中国のレアアース輸出規制への対応について、日米首脳会談ではレアアース供給網強化が合意される見通しだ。世界のレアアース採掘の約70%、精製の約90%を中国が占めるが、その中国が米国の対中制裁措置への対抗で、再びレアアースの輸出規制を実施する構えを示している。米国のみならず他国も対象となる見通しであり、日本にとっても重要な課題となっている。
2010年の尖閣諸島事件時に、中国は日本向けのレアアースの輸出規制を事実上実施した。これを受けて日本も対応措置を講じてきた。それは豪州、インド、カザフスタンなどからのレアアース輸入拡大といった調達先の多様化、レアアースを使わない磁石や材料の研究といった代替技術開発、レアアースの戦略備蓄の拡充、使用済み製品からのレアアースを回収する技術の開発などだ。
これらの取り組みの結果、レアアースの中国依存度は約90%から約60%へと低下したが、なお依存度は高い。日本企業は依然としてジスプロシウムやテルビウムの調達で中国依存度がほぼ100%である。
そのため、今年4月に中国がトランプ政権の相互関税に対する報復としてレアアースの輸出規制を講じた際には、EVやハイブリッド車のモーターに使うネオジム磁石の補助材料不足で、スズキ「スイフト」など一部車種の生産停止が発生した。
南鳥島の海底には世界需要の数百年分に相当する埋蔵量(約1600万トン超)が発見されている。採掘に関わる技術的な問題やコストの問題が残されているが、中長期的な視点から、日本政府は南鳥島海底でのレアアースの確保の取り組みを首脳会談でトランプ大統領に説明する可能性もあるかもしれない。
また、中国のレアアース輸出規制への対応について、日米首脳会談ではレアアース供給網強化が合意される見通しだ。世界のレアアース採掘の約70%、精製の約90%を中国が占めるが、その中国が米国の対中制裁措置への対抗で、再びレアアースの輸出規制を実施する構えを示している。米国のみならず他国も対象となる見通しであり、日本にとっても重要な課題となっている。
2010年の尖閣諸島事件時に、中国は日本向けのレアアースの輸出規制を事実上実施した。これを受けて日本も対応措置を講じてきた。それは豪州、インド、カザフスタンなどからのレアアース輸入拡大といった調達先の多様化、レアアースを使わない磁石や材料の研究といった代替技術開発、レアアースの戦略備蓄の拡充、使用済み製品からのレアアースを回収する技術の開発などだ。
これらの取り組みの結果、レアアースの中国依存度は約90%から約60%へと低下したが、なお依存度は高い。日本企業は依然としてジスプロシウムやテルビウムの調達で中国依存度がほぼ100%である。
そのため、今年4月に中国がトランプ政権の相互関税に対する報復としてレアアースの輸出規制を講じた際には、EVやハイブリッド車のモーターに使うネオジム磁石の補助材料不足で、スズキ「スイフト」など一部車種の生産停止が発生した。
南鳥島の海底には世界需要の数百年分に相当する埋蔵量(約1600万トン超)が発見されている。採掘に関わる技術的な問題やコストの問題が残されているが、中長期的な視点から、日本政府は南鳥島海底でのレアアースの確保の取り組みを首脳会談でトランプ大統領に説明する可能性もあるかもしれない。
トランプ大統領は日銀の利上げを通じた円安の修正を求めるか
第4の注目点は為替レートだ。トランプ大統領は、一貫して円安を問題視しており、日本が円安を誘導しているとの疑念を持ち続けていると見られる。他方、ベッセント財務長官は、物価高が進む中で日本銀行の利上げがそれに後れをとっており、日本銀行の利上げを通じて円安が修正されることを期待する旨の発言を繰り返している。
こうした点から、日米首脳会談でトランプ大統領が円安の問題を取り上げる可能性があるだろう。トランプ大統領が日本銀行の利上げを通じた円安の修正を求める場合には、長期金利の上昇(債券安)を伴いつつ、円高が急速に進む可能性がある。その際には、株価が大きく下落するだろう。ただし、トランプ大統領による日本銀行の利上げ要請は、高市政権による利上げ牽制に苦しむ日本銀行にとっては助けとなる面もある。
今回の日米首脳会談は、高市首相の外交力の手腕が試される場であるだけでなく、以上のような大きな主要テーマが扱われる可能性がある。金融市場も会談の行方を注視しており、トランプ大統領の高市首相に対する要求次第では、金融市場が大きく動く可能性があるだろう。リスクは債券安、円高、株安方向にあり、高市トレードの巻き戻しを後押しする可能性を見ておきたい。
こうした点から、日米首脳会談でトランプ大統領が円安の問題を取り上げる可能性があるだろう。トランプ大統領が日本銀行の利上げを通じた円安の修正を求める場合には、長期金利の上昇(債券安)を伴いつつ、円高が急速に進む可能性がある。その際には、株価が大きく下落するだろう。ただし、トランプ大統領による日本銀行の利上げ要請は、高市政権による利上げ牽制に苦しむ日本銀行にとっては助けとなる面もある。
今回の日米首脳会談は、高市首相の外交力の手腕が試される場であるだけでなく、以上のような大きな主要テーマが扱われる可能性がある。金融市場も会談の行方を注視しており、トランプ大統領の高市首相に対する要求次第では、金融市場が大きく動く可能性があるだろう。リスクは債券安、円高、株安方向にあり、高市トレードの巻き戻しを後押しする可能性を見ておきたい。
プロフィール
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木内 登英のポートレート 木内 登英
金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。