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10月30日に韓国で米中首脳会談が行われた。会談は約1時間半と短めであった。会談後にトランプ大統領は記者団の質問に答え、習近平国家主席との会談は素晴らしく、傑出していたとしたうえで、多くの合意が実現したと語った。
 
中国による米国産大豆やその他農産物の輸入は速やかに開始されるとした。さらにトランプ大統領は、習近平国家主席が、合成麻薬フェンタニルの流通を阻止することに合意し、それを受けて、米国は中国に対するフェンタニル関税を速やかに20%から10%に引き下げるとした。
 
トランプ米大統領は10月10日に、中国からの輸入品に100%の追加関税を課す考えを示した。加えて、必要不可欠なソフトウエア製品に新たな輸出規制を導入する構えも示した。実施は11月1日とした。これは、中国が12月1日にレアアースの輸出規制を再び導入する計画を示したことへの報復措置だ。
 
中国に100%の追加関税がかけられれば、世界の実質GDPに与える影響は3年間で-0.38%、1年間では-0.12%程度と推定された(経済協力開発機構(OECD)によるモデル計算)。また日本の実質GDPに与える影響は、3年間で-0.49%、1年間では-0.17%程度と推定された(コラム「トランプ政権が中国に100%の追加関税表明で米中貿易戦争のリスクが再燃:日本のGDPへの影響は海外要因も含めて-0.68%から-0.85%へ拡大」、2025年10月14日)。
 
しかし、逆に中国への関税率が10%引き下げられれば、世界の実質GDPに与える影響は3年間で+0.04%、1年間では+0.01%程度と推定され(OECDによるモデル計算)、日本の実質GDPに与える影響は、3年間で+0.05%、1年間では+0.02%程度と推定される。
 
トランプ大統領は、習近平国家主席とは、ウクライナについて長く話したとする一方、原油は議論していないと説明した。トランプ政権は中国がロシアから原油の輸入を続けていることが、対ロシアの経済制裁を弱めているとして不満に思っている。インドに対しては、既にロシア産の原油の輸入削減を約束させ、日本にはロシア産LNGの輸入停止を求めている。
 
他方、ロシア産の原油輸入を公然と続けている中国に対して、トランプ大統領は輸入停止を強く要求できない状況だ。その背景には、中国のレアアース輸出規制が、米国のEVや軍事品などの生産に大きな打撃を与えることがある。レアアースという大きな弱みを握られているトランプ政権は、中国に対しては強い姿勢を維持できない。今回も、100%の関税という脅しを示したものの、最終的には逆に関税率引き下げで落ち着いた。
 
米国にとって最大の貿易赤字国である中国に対して関税政策で強く出られないのであれば、貿易赤字の解消を目指したトランプ関税策は、全体としては行き詰まったといえるだろう。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。