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年収の壁対策では160万円までの課税最低限引き上げが年末から適用される

政府が示した経済対策原案には、「年収の壁」の引き上げに向けて、所得税の基礎控除を物価に連動してさらに引き上げるという方針が掲げられている(コラム「政府の経済対策原案:エネルギー関連費の年間負担軽減額は世帯あたり8,643円と試算:おこめ券など消費者支援策の効果と課題」、2025年11月12日)。さらに、中低所得者の所得支援策として給付付き税額控除の検討に着手することも記された。
 
当面の物価高対策に加えて、物価の大きな変動に対応できていない既存の税制、社会保障制度の大きな見直しに着手することは必要である。
 
昨年10月の衆院選挙で「手取りを増やす」をスローガンに掲げた国民民主党は、年収の壁対策として103万円から178万円までの所得税の課税最低限の引き上げを公約にした。いわゆる「103万円の壁対策」である。
 
衆院で議席が過半数割れとなった与党は、「103万円の壁対策」を受け入れて国民民主党と具体策を協議した。しかし、国民民主党が主張するように、高額所得者も含めて課税最低限を一律178万円まで引き上げると、7~8兆円の巨額の財源確保が必要であることから、与党はより少ない財源で実施できる独自法案を作成し成立させた。
 
それは、課税最低限を103万円から2025年度に123万円へ引き上げ、最終的に160万円にするというものだ。さらに課税最低限の引き上げは一律ではなく、年収2,350万円超では段階的に控除が減額される。この減税措置は、所得税については今年の年末調整から、住民税については2026年から適用される。減税総額は約1.6兆円と考えられ、国民民主党案の7~8兆円と比べてかなり抑えられた。

最低賃金上昇分を反映する178万円までの課税最低限引き上げは根拠を欠く

しかし、国民民主党は当初案通りに高額所得者も含めて課税最低限を一律178万円まで引き上げることを主張しており、今回政府が策定する経済対策に向けて国民民主党がまとめた提言案にも、それが含まれている。
 
高市首相は総裁選の中でも、国民民主党の年収の壁対策に理解を示しており、対策の拡大に前向きな考えを示していた。日本維新の会との連立合意の中でも、「所得税の基礎控除等をインフレの進展に応じて見直す制度設計について令和7年内を目途に取りまとめる」と記述された。
 
国民民主党が「年収の壁対策」を主張してきたのは、年収103万円から所得税の課税対象になるため、それを避ける目的で労働時間を調整する働き控えが生じ、人手不足をより深刻にすることへの対応であった。それとともに、物価高の影響から賃金が引き上げられる中、年収が課税最低限を超えて上昇し、新たに課税対象になるなど、実質増税になることを回避する狙いがあった。
 
国民民主党が178万円までの課税最低限引き上げを主張するのは、1994年の税制改正を最後に課税最低限が据え置かれたが、この間の最低賃金の上昇分を反映させると178万円というものだった。
 
しかし、物価高を受けた賃金上昇を受けて、実質賃金は上昇していないにもかかわらず、新たに所得税を支払うことになる、あるいはより高い税率を払うことになるという問題に対応するには、一部の人にのみ適用される最低賃金ではなく、物価高あるいは平均賃金の上昇分だけ、課税最低限あるいは税率区分を引き上げるのが適切だ。
 
1994年から2024年までに消費者物価指数は13.0%上昇した。また、この間、賃金(現金給与総額)はわずか0.5%しか上昇していない。これらを踏まえると、国民民主党が主張してきたこの間の最低賃金の上昇率約73%に対応させた、103万円から178万円までの課税最低限引き上げ幅はあまりにも過大であり、根拠を欠いている。

物価指数と連動する仕組みの検討を

今まで国民民主党の年収の壁対策に理解を示してきた高市首相も、巨額の財源が必要であることも踏まえ、やや慎重な姿勢に転じているように見える。
 
高市首相は国会で、「最低賃金は給与所得者の一部にのみ適用されることに鑑みれば、連動して調整することは適切でないのではないか」と話した。年収の壁対策を追加で拡大するとしても、既に決まっている、年収の水準で差を設けた160万円までの課税最低限引き上げ策を前提に、それを拡充する方向ではないか。その場合、国民民主党が主張する178万円までの課税最低限引き上げに必要な財源の7~8兆円と比べて、財源の規模はかなり抑えられるだろう。
 
過去数年の物価高により、現在の税制が物価の大きな変動に対応できないという弱点が浮き彫りになった。政府はガソリン暫定税率廃止、電気ガス補助金、おこめ券などの物価高対策に加えて、物価変動に耐えうる制度への転換を図る必要がある。所得税の課税最低限と税率区分を物価指数と連動させて自動的に毎年見直す制度の導入を急ぐべきではないか。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。