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補正予算の64%は国債発行で賄う

政府は11月28日の閣議で、既に概要を決定していた経済対策の予算上の裏付けとなる補正予算案を閣議決定した。一般会計の歳出総額は18兆3,034億円で、生活の安全保障・物価高への対応に8兆9,041億円、危機管理投資・成長投資による強い経済の実現に6兆4,330億円、防衛力と外交力の強化に1兆6,560億円をそれぞれ計上する。災害やクマ被害の拡大に備えるための予備費7,098億円も計上された。
 
財源には、2025年度の税収の上振れ分2兆8,790億円、2024年度の決算剰余金2兆7,129億円などが充てられる。それでも賄えない部分には11兆6,960億円の新規国債発行が充てられる。これは、補正予算の歳出総額の約64%にも達する。
 
2025年度の税収は80兆6,980億円となり、史上最高額を更新する。しかし税収の上振れとは、当初の見積もりを上回ることを意味するものに過ぎず、財政の余裕が生じたことを意味するものではない。依然として、税収などの歳入額は歳出額を大きく下回っており、お金は足りていない状況は変わらない。

補正予算の本来のあり方を改めて考えよ

日本では、秋に補正予算編成を伴う経済対策の実施が毎年繰り返されており、既に補正予算は本予算の一部になっているかの印象さえある。
 
政権は、政策の特色を出しにくい本予算よりも、補正予算でその政策を国民にアピールしようとする傾向が強い。他方、本予算よりも補正予算は審議にかける時間が短く、国会、国民の監視が及びにくい。そのため、無駄な支出が行われるリスクがある。
 
補正予算は本来、当初予算編成時には想定されていなかった不測の事態に対応する措置だ。7-9月期のGDP成長率は6四半期ぶりのマイナス成長となったが、それは、関税導入前の駆け込み輸出などによって上振れた4-6月期の成長率の上振れの反動という側面が強い。日本経済は、物価高と輸出環境の悪化から低調な動きが続いているものの、巨額の経済対策で景気を下支える必要がある状況ではない。
 
物価高が想定よりも長引いていることから、物価高対策を経済対策、補正予算に組み入れることは正当化されるとしても、それだけであれば数兆円規模に収まったのではないか。

財政健全化の一里塚であるプライマリーバランスの達成を目指せ

高市政権は、来年度予算編成に向けて積極財政姿勢を維持するとみられる。今回の大規模補正予算編成により、長らく政府が財政健全化の目標として掲げてきたプライマリーバランス(基礎的財政収支)の黒字化目標の達成は、一層遠のくことになる。
 
高市政権は、単年度のプライマリーバランス黒字化目標を取り下げ、多年度目標にすることを検討している。それには積極財政を制約する要因を取り除く狙いがあるが、プライマリーバランス黒字化目標を曖昧にすることは、政府の財政健全化に向けた取り組みが大きく後退することを意味する、と市場では解釈されるだろう(コラム「プライマリーバランス単年度黒字化目標の取り下げは財政健全化方針の転換か」、2025年11月10日)。
 
さらに、高市政権は、政府債務、あるいは金融資産を除く政府債務のGDP比率を新たな目標にすることも検討している。その背景には、政府債務のGDP比率は過去数年、横ばいからやや低下傾向を示していることがある。これを新たな目標とすれば、積極財政が正当化されることになる。
 
しかし、政府債務のGDP比率が頭打ちであるのは一時的な現象に過ぎない。3%に達する物価高の下で、同比率の分母となる名目GDPが増加する一方で、物価の上振れは一時的と債券市場が考えるため、物価の上昇と比較して長期金利の上昇幅は抑えられ、その結果利払い費によって膨らむ分子の政府債務の増加幅が抑制されていることが背景にある。また、日本銀行の異例の金融緩和政策がなお続けられていることも、長期金利の上昇幅を抑えている面がある。
 
しかし、金融市場が想定するように物価上昇率の上振れが一時的であれば、いずれ物価上昇率の低下とともに分母の名目GDPの成長率は下振れ、政府債務のGDP比率は再び上昇傾向に転じるだろう。
 
他方で、物価上昇率の上振れが一時的でないと債券市場が考えれば、長期金利が上昇し、それが利払い費によって膨らむ分子の政府債務をさらに増加させる。これに日本銀行による利上げの影響が加わると、政府債務のGDP比率は再び上昇傾向に転じるだろう。

プライマリーバランスが赤字の下では、国債金利の平均値と名目GDP比率が同水準の場合、政府債務のGDP比率は上昇する。高市政権がプライマリーバランスの黒字化目標を事実上放棄し、政府債務のGDP比率を新たな目標に据えても、いずれ同比率は上昇に転じるのである。

金融資産を除く純政府債務の名目GDP比率は政府債務の名目GDP比率よりも水準は低いが、それでも他の主要国と比べて高水準であることは変わらない(コラム「自民党総裁選(11):積極財政政策の財源問題と新たな財政健全化目標」、2025年09月25日)。

積極財政は円安・物価高を助長し国民生活に逆風:市場の警鐘に耳を傾けよ

政権のカラーを打ち出す狙いで、経済対策の規模をいたずらに膨らませれば、財政悪化懸念を映して長期金利が上昇する。また、財政・通貨の信認低下から円安が進み、それが物価を押し上げてしまう。それらは、経済対策の効果を相殺し、中長期的な経済・金融市場の安定を損ねることになるだろう。これが、高市政権が掲げる積極財政政策が抱える矛盾であり、弱点だ。
 
日本経済新聞の報道によれば、自民党の麻生副総裁は、民間資金を含めた経済対策の事業規模が42兆円になるとの説明を受けて、「やり過ぎなんじゃないか」と周囲に語ったという。この先、高市政権の高い支持率が低下してくれば、麻生派など財政健全化を重視するグループが、高市政権に財政規律の尊重を働きかけ、政権もその声を無視できなくなるのではないか。
 
さらに、高市政権は、市場の声も無視できなくなるだろう。高市政権は「責任ある積極財政」を掲げ、財政規律に一定の配慮をしていると説明するが、「責任ある」姿勢は具体策としては見えていない。
 
高市首相が総裁に就任して以降、ほぼ一貫して長期・超長期金利の上昇と円安が進んできた。金融市場がここまで財政リスクを反映して動いたことは、近年は見られなかった異例の事態と言える。これは市場の警鐘だ。
 
この先、来年度予算に向けて高市政権が更なる積極財政姿勢を維持すれば、金融市場に燻ぶる財政悪化への懸念は大きな危機感へと発展し、大幅な株安、円安、債券安のトリプル安となって、日本からの資金逃避傾向、いわゆる「日本売り」を生じさせる可能性があるのではないか。
 
そうなれば、日本の経済や金融市場は混乱し、国民に大きな苦痛をもたらすことになってしまうだろう。高市政権は、市場の警鐘に謙虚に耳を傾けるべきだ。
 
(参考資料)
「18兆3034億円の補正予算案を閣議決定…高市首相「戦略的な財政出動で強い経済を構築」、2025年11月29日、読売新聞
「大型補正、市場の信認問う 遠のく基礎収支黒字化――財政膨張、自民内に異論 事業費42兆円に麻生氏「やり過ぎでは」、2025年11月29日、日本経済新聞

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。