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日本銀行の植田総裁は、12月1日に名古屋で講演を行った。この機会を捉えて日本銀行は、12月18・19日に開かれる金融政策決定会合で利上げを行う意図を金融市場に織り込ませる、地均しを行った可能性が考えられる。特に注目したいのは、以下の4つの総裁の発言部分だ。

①政策金利を引き上げるといっても、緩和的な金融環境の中での調整であり、例えて言えば、景気にブレーキをかけるものではなく、安定した経済・物価の実現に向けて、アクセルをうまく緩めていくプロセスだと考えています。


2%の物価目標はまだ達成できていないなか、日本銀行は政策金利を中立水準まで引き上げることはせず、金融緩和状態を維持する姿勢だ。日本銀行が現時点で目指す利上げは、金融引き締めではなく、金融緩和状態を縮小することに過ぎない。そのため、利上げをしても経済に目立った悪影響は与えないと考えている。

この点は、利上げをけん制する姿勢の高市政権に対して、日本銀行が今まで説明してきたことと考えられる。

②日本銀行では、最近の米国経済や関税政策を巡る不確実性の低下などを踏まえると、経済・物価の中心的な見通しが実現していく確度は、少しずつ高まってきていると考えています。


4月のトランプ政権による相互関税導入以降、日本銀行は利上げを一時停止してきた。その際に、「関税政策を巡る不確実性が高い」あるいは「続いている」という文言を、近い将来は利上げを実施しないことを示す決まり文句として用いてきた。それは10月末の前回の金融政策決定会合でも同様であったが、今回の講演では「不確実性の低下」として、表現を明らかに修正した点は見逃せない。これは、12月18・19日に開かれる金融政策決定会合で利上げを行う可能性を示す明確なメッセージと考えられる。

③今は、企業の積極的な賃金設定行動が継続していくかどうかを見極めていく段階にあり、特に、来年の春季労使交渉に向けた初動のモメンタムを確認していくことが重要と考えています。


前回の決定会合では、関税を巡る不確実性がなお高い点に加えて、それが来年の「春闘の初動のモメンタム」に与える影響をなお見極めたい、という2つの理由から、日本銀行は利上げを見送った。

しかし実際のところは、利上げをけん制する高市政権との対立を決定的にすることを避けるという、政治的な側面から利上げを見送った可能性が高いと考える。関税が日本や米国などの経済に与える影響は、当初懸念したほど大きくないことは既に明らかになっていた。他方、春闘については、日本銀行が見極めるまでもなく、昨年あるいは一昨年と同水準になる可能性が高い。経済的な要因からは、利上げが実施できる環境はすでに整
ていた。

関税を巡る不確実性、「春闘の初動のモメンタム」というのは、高市政権との調整という政治的な理由を説明できない日本銀行が、利上げを見送ったことの表面的な説明に過ぎなかったと考えられる。

④現在、日本銀行では、12月18日、19日に予定されております次回の決定会合に向けて、本支店を通じ、企業の賃上げスタンスに関して精力的に情報収集しているところです。決定会合においては、この点を含めて、内外経済・物価情勢や金融資本市場の動向を、様々なデータや情報をもとに点検・議論し、利上げの是非について、適切に判断したいと考えています。


「利上げの是非について、適切に判断したい」というのは、次回の金融政策決定会合で、利上げの可能性が高い際に、日本銀行が用いる表現のように思われる。

日本銀行の金融政策に対する高市首相の説明は、当初は政治介入色が強く、日本銀行の独立性を尊重しないかのようなものが目立った。しかし、次第にそうした姿勢はトーンダウンしていった。この点から、日本銀行は高市政権との水面下での調整を通じて、高市政権の姿勢を修正することに成功しつつあると考えられる(コラム、「日本銀行は政府による金融政策への介入を押し返すことに成功したか」、2025年11月26日)。

今回の植田総裁の発言は、金融政策を巡る高市政権との調整が進んだことを踏まえ、金融市場に対して12月の金融政策決定会合での利上げを織り込ませるものであった可能性が考えられる。確定とまでは言えないが、12月利上げの可能性が高いと考えておきたい。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。