財政リスクの高まりと円安による物価高懸念で10年国債利回りは大幅上昇
12月4日の10年国債利回りは18年半ぶりとなる1.93%台まで上昇し、いよいよ2%の節目の水準が視野に入ってきた。大規模経済対策、補正予算案によって、高市政権の積極財政姿勢が改めて明らかになり、国債増発懸念、財政リスク上昇への懸念から、長期国債利回りの上昇圧力が高まっている。
積極財政政策は、国債の需給悪化や信認低下への懸念から長期国債利回りを上昇させる一方、通貨の信認低下を通じて円安傾向を助長する。円安進行が輸入物価の上昇を後押しするとの懸念も、長期国債利回りへの上昇圧力を高める要因となっている。
10月21日の高市政権発足時に、10年物価連動債が織り込む物価上昇率見通し(BEI)は1.57%であったが、12月4日時点では1.72%と、この間に0.15%程度上昇した。他方、同じ時期に10年国債利回りは0.27%程度上昇している。高市政権発足から足元までの10年国債利回りの大幅上昇は、半分は財政リスクの高まり、半分は円安進行を通じた物価上昇期待によってもたらされたと考えられる。
積極財政政策は、国債の需給悪化や信認低下への懸念から長期国債利回りを上昇させる一方、通貨の信認低下を通じて円安傾向を助長する。円安進行が輸入物価の上昇を後押しするとの懸念も、長期国債利回りへの上昇圧力を高める要因となっている。
10月21日の高市政権発足時に、10年物価連動債が織り込む物価上昇率見通し(BEI)は1.57%であったが、12月4日時点では1.72%と、この間に0.15%程度上昇した。他方、同じ時期に10年国債利回りは0.27%程度上昇している。高市政権発足から足元までの10年国債利回りの大幅上昇は、半分は財政リスクの高まり、半分は円安進行を通じた物価上昇期待によってもたらされたと考えられる。
金融市場は12月の日銀利上げを強く織り込む
日本銀行の植田総裁が12月1日に名古屋で行った講演は、12月18・19日の次回金融政策決定会合で利上げに踏み切ることを強く示すものになった(コラム「日銀総裁が12月の利上げを示唆」、2025年12月1日)。また4日には、高市政権が日本銀行の利上げを容認するとの観測記事が出ている。
これらを受けて金融市場も12月の利上げをほぼ織り込んだ。この利上げ観測の高まりも、足元での10年国債利回りの上昇を後押しする材料とされる。ただし、日本銀行の追加利上げ観測は、利上げを嫌う高市政権のもとで一時的に後退していた観測が復活したもので、高市政権発足以降の10年国債利回りの上昇の主な要因ではない。
これらを受けて金融市場も12月の利上げをほぼ織り込んだ。この利上げ観測の高まりも、足元での10年国債利回りの上昇を後押しする材料とされる。ただし、日本銀行の追加利上げ観測は、利上げを嫌う高市政権のもとで一時的に後退していた観測が復活したもので、高市政権発足以降の10年国債利回りの上昇の主な要因ではない。
思い起こされる資金運用部ショックとVARショック
長期国債利回りの大幅上昇で思い起こされるのは、1998年11月の資金運用部ショックと2003年6月のVARショックだ。資金運用部ショックとは、郵貯や簡保の資金などを運用していた当時の大蔵省の資金運用部が、国債買い切りを中止するのではとの思惑が広がって債券相場が急落したものだ。
VARショックとは、多くの金融機関が採用していたVAR(バリュー・アット・リスク)というリスク管理モデルのもとで、国債のボラティリティ上昇をきっかけに同時に国債保有の削減が行われ、債券相場が急落したことを指す。
資金運用部ショック時には、10年国債利回りは1998年10月の当時過去最低であった0.73%から1999年2月には2.40%まで上昇した。VARショックの際には、10年国債利回りは当時の過去最低であった0.430%から、2か月で1%前後まで上昇した。
VARショックとは、多くの金融機関が採用していたVAR(バリュー・アット・リスク)というリスク管理モデルのもとで、国債のボラティリティ上昇をきっかけに同時に国債保有の削減が行われ、債券相場が急落したことを指す。
資金運用部ショック時には、10年国債利回りは1998年10月の当時過去最低であった0.73%から1999年2月には2.40%まで上昇した。VARショックの際には、10年国債利回りは当時の過去最低であった0.430%から、2か月で1%前後まで上昇した。
高市政権は市場の警鐘を受け止めるか
足元での10年国債利回りの上昇は、この両者ほどには急激ではない。しかし、財政リスクの高まりを反映して、これほど長期国債利回りが明確に上昇したことは近年にはなかったのではないか。
それが生じたのは、日本銀行が政策金利の引き上げ、イールドカーブ・コントロールの廃止、長期国債保有残高の削減と金融政策の正常化を進めるなかで、国債市場の機能が回復してきたことがあるだろう。その結果、積極財政政策に対して国債市場が警鐘を鳴らせるようになったとも言える。
高市政権がこの市場の警鐘を受け止めて、積極財政政策を修正する場合には、この国債市場の機能回復は、金融市場の安定回復に寄与したことになるだろう。それは日本銀行の金融政策の正常化のメリットの一つともなる。
他方で、高市政権がこの市場の警鐘を受け止めない場合には、国債市場の機能回復が、長期国債利回りの大幅上昇を通じて、金融市場の大きな混乱を引き起こすきっかけになってしまう。その際には、国債を保有する金融機関の含み損拡大を通じた金融システムや経済への悪影響も生じさせ得る。
それが生じたのは、日本銀行が政策金利の引き上げ、イールドカーブ・コントロールの廃止、長期国債保有残高の削減と金融政策の正常化を進めるなかで、国債市場の機能が回復してきたことがあるだろう。その結果、積極財政政策に対して国債市場が警鐘を鳴らせるようになったとも言える。
高市政権がこの市場の警鐘を受け止めて、積極財政政策を修正する場合には、この国債市場の機能回復は、金融市場の安定回復に寄与したことになるだろう。それは日本銀行の金融政策の正常化のメリットの一つともなる。
他方で、高市政権がこの市場の警鐘を受け止めない場合には、国債市場の機能回復が、長期国債利回りの大幅上昇を通じて、金融市場の大きな混乱を引き起こすきっかけになってしまう。その際には、国債を保有する金融機関の含み損拡大を通じた金融システムや経済への悪影響も生じさせ得る。
行き着く先は「トリプル安」、「日本売り」か
高市政権が市場の警鐘を無視し続ければ、長期国債利回りのさらなる上昇と円安進行をもたらすのではないか。その先には、日本の金融資産全体に対する信頼性が低下することで、円安、債券安に、現在はなお比較的堅調とも言える株価の下落も新たに加わる「トリプル安」、資金が海外に流出する「日本売り」などが引き起こされる可能性がある。
そうした事態に至る前に、高市政権は積極財政政策を修正し、中長期的に財政健全化を堅持する姿勢を、金融市場にアピールすることが期待される。
そうした事態に至る前に、高市政権は積極財政政策を修正し、中長期的に財政健全化を堅持する姿勢を、金融市場にアピールすることが期待される。
プロフィール
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木内 登英のポートレート 木内 登英
金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。