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補正予算は17日までの会期中の成立がほぼ確実に

国民民主党の玉木代表は10日に、政府が提出した総額18.3兆円の2025年度補正予算案に賛成する方針を表明した。連立与党の議席は衆院では過半数を占めているが、参院では過半数に達していない。国民民主党が賛成すれば、参院でも過半数で可決されることから、補正予算は17日までの今国会の会期中の成立がほぼ確実となった。
 
玉木代表が補正予算案に賛成を表明したのは、同党が長年主張してきたガソリン暫定税率の廃止を自民党が受け入れ、実現する方向になったことがある。それに加えて高市首相が、国民民主党が重視する「年収の壁」の引き上げについて、「一緒に関所を越えていきたい」と前向きな姿勢を見せていることがあるだろう。
 
しかし、高市政権が、国民民主党が満足するような「年収の壁」の見直し、つまり基礎控除などの大幅引き上げを実施するかどうかは分からない。
 
年収の壁を巡っては、昨年12月に自民、公明、国民民主の3党幹事長が103万円から178万円を目指して基礎控除などを引き上げることで合意した。しかし、与党はその後、2025年から基礎控除などを160万円まで引き上げることを決めたのである。国民民主党はこれに反発し、所得制限なしで178万円までの引き上げを引き続き政府・与党に求めている。

高市首相が示唆する「年収の壁」のさらなる引き上げの具体策は見えない

高市首相は国民民主党が求めるさらなる「年収の壁」の引き上げに前向きな姿勢を見せているが、その具体策については示していない。与党が決めた160万円までの引き上げの減税効果は年間1.2兆円程度であるが、国民民主党が求める基礎控除などの所得制限なしでの178万円までの引き上げを実施すれば、年間7~8兆円の減税になるとみられる。仮に、現行制度を国民民主党案へと修正すれば、両者の差額である年間6~7兆円程度の大幅な税収減が生じる。その財源を確保するのは難しく、巨額の国債発行で穴埋めされて財政環境は大幅に悪化してしまうだろう。
 
この点から、高市首相が考える「年収の壁」のさらなる引き上げは、国民民主党が想定するものとはかなり異なるものとなり、国民民主党は昨年と同様に「補正予算に賛成したが、与党はその際の約束を果たさなかった」と反発する事態となる可能性があるのではないか。

基礎控除等について物価上昇に応じて2年に1度引き上げる制度変更

このように、基礎控除などのさらなる引き上げについては、議論は進んでいないが、所得税改正の一環で、基礎控除などを物価に連動させる議論は進んできている(コラム「自民党税制調査会で2026年度税制改正の議論が始まる:物価上昇に連動した基礎控除の増額は実現するか」、2025年11月21日)。これも広い意味での「年収の壁」対策とされる。政府・与党は基礎控除などを160万円とすることを決めた際に、基礎控除を物価に連動させる制度を検討する方針を既に掲げていた。
 
政府・与党は所得税の基礎控除等について、物価上昇に応じて2年に1度引き上げる制度変更を行う方向で調整に入ったとされる。その際の基準には、消費者物価指数を用いる。物価上昇局面では、基礎控除等の非課税枠を据え置いたままだと、税負担が増えて実質増税になる、という問題が生じる。
 
この制度変更によって実質増税のリスクは軽減される。減税、給付金などは物価高から国民生活を守る一時的で応急的な措置でしかないが、この制度変更はより抜本的、恒久的な対応であり、大いに評価できる。
 
本来であれば、毎年物価に連動させて基礎控除等を見直した方が良いが、それでは、企業の年末調整などに負担がかかることを考慮したのだという。
 
ただし、物価上昇時に実質所得増税になってしまうという問題を解消するには、税率区分についても物価に連動させて調整する必要がある。これは今後の課題ではないか。
 
物価高を受けた所得税の見直しについては、国民民主党が求める基礎控除などのさらなる引き上げについてはなお着地点は見えないものの、基礎控除などの物価連動という大きな制度の見直しについては、与党の2026年度税制改正大綱に盛り込まれる方向が見えてきた。
 
(参考資料)
「「年収の壁」基礎控除、2年に1度引き上げ 政府・与党調整」、2025年12月10日、日本経済新聞電子版

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。