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FOMCは利下げ局面の中での利下げの一時停止を示唆

米連邦準備制度理事会(FRB)は、12月9~10日に開いた米連邦公開市場委員会(FOMC)で、政策金利であるフェデラルファンド(FF)金利の誘導目標レンジを0.25%ポイント引き下げて3.5%~3.75%とした。利下げは3会合連続となる。
 
FOMCは、利下げを一時停止する姿勢を見せる一方、先行きのFF金利について、2026年は1回、2027年も1回と従来の利下げ見通しを維持しており、なお利下げ局面が続くとのメッセージを出している。
 
パウエル議長は記者会見で「政策金利を今年9月以降0.75%ポイント、昨年9月以降では合計1.75%ポイント引き下げた結果、政策金利は推定される中立金利のレンジ内にあり、今後の景気動向を見極めていく体制は整っている」と述べた。これは、利下げを一時停止して様子見姿勢に転じる考えを示したものだ。
 
さらにFOMC声明文では「FF 金利の目標誘導レンジに対する追加調整の程度と時期を検討するに当たり、委員会は今後もたらされるデータ、変化する見通し、リスクのバランスを慎重に評価する」とした。過去にはこうした表現は、政策変更の一時停止を示唆する際に使用している。
 
FOMCが利下げを一時停止するメッセージを出したことは、18~19日の金融政策決定会合で日本銀行の利上げを後押しするだろう。日本銀行が利上げを実施しても、ドル安円高が急速に進み、また日米間の資金フローが混乱するリスクを低下させるためだ。
 
他方でパウエル議長は、「新たな金利・経済見通しに基づくと、次の動きが利上げになる可能性は低い」「利上げが誰にとっても基本シナリオだとは思わない」と語り、なお利下げ局面の中にあるとの見方を強調した。

3名の反対は予想の範囲内で歴史的分裂とはならず

FOMCの採決では、0.25%の利下げに対して3名の反対票が出た。カンザスシティ連銀のシュミッド総裁は、前回と同様に金利据え置きを主張した。さらに、シカゴ連銀のグールズビー総裁も新たに金利据え置きを主張し、利下げに反対した。他方、ミランFRB理事は前回同様に0.5ポイントの利下げを主張した。
 
3名の反対が出たのは、1988年以来のことである。しかし事前には、さらに多くの反対票が出ることも予想されており、意見対立が大きく表面化することが警戒されていた(コラム「FOMC内で意見の対立が表面化:FRB次期議長の選出と金融市場の信認」、2025年12月10日)。実際の反対票は予想の範囲内であったことから、FOMC後に金融市場では先行きの利下げ継続観測がやや強まり、為替市場はドル安に振れた。
 
ただし、FOMC内で意見の相違は明確であり、FOMC参加者による経済見通し(SEP)によると、今回のFOMCで利下げを予想しなかったFOMC参加者は、投票権を持たない連銀総裁を含めた全19名のうち6名にも及んだ。
 
こうしたFOMC内での意見の相違は、金融政策の先行きに対する金融市場の不確実性を高め、来年5月の議長交代以降の政策運営に対する不安を生じさせるものだ。

2026年にはFF金利3%割れの可能性もあるか

CME FedWatch による市場予測を見ると、現時点で2026年末にFF金利が3.00%~3.25%まで低下することが約50%の確率で織り込まれており、来年2回、合計0.5%ポイントの利下げが市場のコンセンサスとなっている。これは、FOMCのコンセンサス(参加者見通しの中央値)である1回の利下げよりも多い。
 
他方、パウエル議長が指摘するように関税に起因する物価上昇率の上振れが来年には薄れていく一方、関税や移民規制強化などのトランプ政権の経済政策による景気抑制効果は緩やかに顕在化すると見られ、それらがFRBの利下げを後押しすることが予想される。
 
さらに、議長交代を契機にトランプ政権によるFRBへの介入、利下げ圧力がより強まることを前提に、2026年年末にはFF金利は2.75%~3.00%と、FOMC参加者が予想する中期的な均衡水準の3.0%を下回る可能性を見ておきたい。それは、2026年のドル安傾向を後押しするものとなろう。
 
(参考資料)
「FRBが3会合連続で0.25%利下げ、反対3票 緩和一時停止を示唆」、ロイター通信、2025年12月11日
「FOMCが0.25ポイント利下げ、3人が反対票-26年は利下げ1回を予想」、ブルームバーグ、2025年12月11日

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。