&N 未来創発ラボ

野村総合研究所と
今を語り、未来をみつめるメディア

高市首相は日本銀行の利上げ容認姿勢に転じた

日本銀行の植田総裁は12月1日の講演で、12月18日・19日の金融政策決定会合で利上げを行う意図を明確に示した。それは、「(関税による)不確実性はなお高い状況が続いており」という従来の表現を削除した点と、「12月18日、19日に予定されております次回の決定会合に向けて(略)、利上げの是非について、適切に判断したいと考えています」という表現に、明確に表れていた。
 
追加利上げの実施に向けた経済的な環境は、10月の決定会合で既に整っていたと考えられる。それでも日本銀行が利上げを見送ったのは、金融緩和の継続を望む高市首相が、日本銀行の利上げをけん制していたためだ。高市首相との決定的な対立を避けるために、日本銀行はそのタイミングでの利上げを見送り、水面下での調整に入った。
 
12月1日の講演で日本銀行の植田総裁が利上げの実施を明確に示唆したのは、水面下での調整を経て、高市首相が利上げを容認する姿勢を示したため、と推測される。実際その直後に、高市首相が日本銀行の利上げを容認したとの報道が相次いだ。
 
10月21日の高市政権発足時に高市首相は、日本銀行の政策は政府の経済政策と整合的であることや、政府と十分な意思疎通を行うことを求める日本銀行法第4条を根拠に、金融政策についても政府が責任を持つのが良いとしており、日本銀行には具体的な政策手段の選択は任せるが、政策方針の決定には政府が関与する考えを示唆した。
 
それでも筆者は、高市首相の姿勢は次第に修正されていき、12月の日本銀行の利上げは可能であるとその時点で考えていた(コラム「高市首相の記者会見:経済対策の全容はなお不透明」、2025年10月22日)。

高市首相の姿勢の転換に3つの背景

この時点から1か月余りの間に、高市首相が日本銀行の金融政策に政治介入する姿勢を後退させた背景は、主に3点あると推測される。
 
第1は、日本銀行の利上げをけん制すると為替市場で円安が進み、それが物価高を助長するという問題点を、高市首相が認識したためではないか。こうした経路での円安・物価高は物価高対策の効果を相殺し、国民の批判を高める。
 
第2は、2%の物価目標がなお達成されていない中、日本銀行が目指す利上げは金融引き締めではなく金融緩和の縮小であり、景気を悪化させない、といった日本銀行の説明を、高市首相が受け入れたのではないか。
 
さらに、2013年の政府と日本銀行の共同声明(アコード)に基づき、日本銀行は目指すのは2%の物価目標の達成であり、政府が目指すデフレからの完全脱却とは異なるという点についても、日本銀行からの説明を受けて高市首相が理解したのではないか。
 
第3は、金融政策についても政府が責任を持つ、という考えのもとで日本銀行の政策に政府が介入することは、日本銀行の独立性を定めた日本銀行法に反するものであることを、高市首相は周囲から諭されて理解したのではないか。
 
高市政権を支える麻生派や自民党と連立を組む日本維新の会が、日本銀行の独立性を尊重する姿勢であること、トランプ米政権が、日本銀行の利上げを通じたドル安修正に期待していることなども、高市首相が日本銀行の利上げを容認する姿勢に転じた理由であった可能性が考えられる。

来年以降も高市政権と日本銀行の対立は続く

12月18・19日の金融政策決定会合で日本銀行が利上げを決める際、「経済・物価の見通しが実現していくとすれば、経済・物価情勢の改善に応じて、引き続き政策金利を引き上げ、金融緩和の度合いを調整していくことになる」と、今までの説明を繰り返し、さらなる利上げを目指す姿勢を示すだろう。これは、利上げの打ち止め感から円安が進んでしまうことを回避する観点からも求められることだ。
 
高市政権は、足元で円安が進む中、12月の利上げは容認する姿勢に転じたと見られるが、利上げ自体は引き続き歓迎していないと見られる。そのため、来年以降も、利上げを巡る高市政権と日本銀行との対立の構図は続くだろう。
 
日本銀行は、高市政権の利上げけん制姿勢が緩んだタイミングを逃さずに利上げを実施することになるのではないか。それは、為替市場で円安傾向が強まる時期だろう。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。