「年収の壁」を178万円まで引き上げる議論が進む
2026年度税制改正では、「年収の壁」のさらなる引き上げが大きな注目点の一つとなっている。国民民主党の主張を受け入れる形で石破前政権は、所得税の非課税枠「年収の壁」を、103万円から160万円まで引き上げた。しかし、昨年末に与党と国民民主党は、178万円まで引き上げる方向で合意していた。
国民民主党が「年収の壁」のさらなる引き上げを求める中、高市政権はそれに応じる姿勢を見せている。政府・自民党内では現行160万円を168万円まで引き上げる案が検討されていたが(コラム「2026年度税制改正の議論が進む:年収の壁は168万円へ引き上げる方針」、2025年12月12日)、おそらく国民民主党の批判を受けて、現在は178万円まで引き上げる案が政府・自民党と国民民主党との間で議論されているとみられる。
国民民主党が「年収の壁」のさらなる引き上げを求める中、高市政権はそれに応じる姿勢を見せている。政府・自民党内では現行160万円を168万円まで引き上げる案が検討されていたが(コラム「2026年度税制改正の議論が進む:年収の壁は168万円へ引き上げる方針」、2025年12月12日)、おそらく国民民主党の批判を受けて、現在は178万円まで引き上げる案が政府・自民党と国民民主党との間で議論されているとみられる。
「年収の壁」引き上げは主に2つの問題への対応
「年収の壁」引き上げは、主に以下の2つの問題への対応を目指すものだ。第1は、年収が非課税枠を超えることで、所得税・住民税の支払いが新たに生じるため、働き控えが起き、人手不足がより深刻になること。
第2は、物価高に応じて名目賃金が上昇し、年収が非課税枠を超えると、実質賃金は増えていないにも関わらず、新たに所得税・住民税の支払いが生じるという「実質増税」の問題だ。
非課税枠を前回引き上げたのは1994年の税制改正であったが、国民民主党はそれ以降の最低賃金の上昇率に応じて、178万円まで非課税枠を引き上げるべきと主張してきた。これは、上記の第1の問題への対応を念頭に置いている。
他方で政府・自民党は、最低賃金が適用される人の割合はわずかであるとし、第2の問題への対応を主に念頭に置いて、物価上昇分を根拠にして非課税枠の引き上げ幅を決めるべきと主張してきた。自民税調が当初、160万円から168万円までの引き上げを検討していたのは、過去2年間の5%分の物価上昇を反映させることを想定したものだったとみられる。
第2は、物価高に応じて名目賃金が上昇し、年収が非課税枠を超えると、実質賃金は増えていないにも関わらず、新たに所得税・住民税の支払いが生じるという「実質増税」の問題だ。
非課税枠を前回引き上げたのは1994年の税制改正であったが、国民民主党はそれ以降の最低賃金の上昇率に応じて、178万円まで非課税枠を引き上げるべきと主張してきた。これは、上記の第1の問題への対応を念頭に置いている。
他方で政府・自民党は、最低賃金が適用される人の割合はわずかであるとし、第2の問題への対応を主に念頭に置いて、物価上昇分を根拠にして非課税枠の引き上げ幅を決めるべきと主張してきた。自民税調が当初、160万円から168万円までの引き上げを検討していたのは、過去2年間の5%分の物価上昇を反映させることを想定したものだったとみられる。
国民民主党の原案では年間8兆円規模の税収減か
しかし国民民主党は、所得税に住民税も含めて、年収に限らず一律に非課税枠を178万円まで引き上げることを主張してきた。これは、高額所得者も含めて働く人全体の「手取りを増やす」ことを政策綱領に掲げているためだ。ただし、この国民民主党の主張に沿って「年収の壁」引き上げを実施すると、年間8兆円規模の税収減となる見込みであり、その財源を確保するのは非常に難しい。
「年収の壁」160万円まで引き上げは中低所得層に手厚い枠組み
そこで石破前政権は、「年収の壁」を160万円まで引き上げるとしながらも、国民民主党が主張する一律引き上げは行わなかった。まず2025年度については住民税の減税措置は見送った。
所得税の非課税枠である基礎控除と給与所得控除(年収2,545万円以上はゼロ)をそれぞれ10万円ずつ引き上げ、非課税枠を123万円とした。さらに、所得に応じて基礎控除の上乗せ措置を講じ、年収200万円までの人には37万円の非課税枠を上乗せした。「年収の壁」が103万円から160万円まで引き上げられたのは、年収200万円までの人に限られたのである。
年収が上がるに従って基礎控除の上乗せ額は小さくなり、年収665万円から850万円までの人の上乗せ額は5万円まで縮小し、それ以上の年収の人には上乗せはされなかった。
所得税の非課税枠である基礎控除と給与所得控除(年収2,545万円以上はゼロ)をそれぞれ10万円ずつ引き上げ、非課税枠を123万円とした。さらに、所得に応じて基礎控除の上乗せ措置を講じ、年収200万円までの人には37万円の非課税枠を上乗せした。「年収の壁」が103万円から160万円まで引き上げられたのは、年収200万円までの人に限られたのである。
年収が上がるに従って基礎控除の上乗せ額は小さくなり、年収665万円から850万円までの人の上乗せ額は5万円まで縮小し、それ以上の年収の人には上乗せはされなかった。
「年収の壁」のさらなる引き上げは低所得中心とすべき
非課税枠を引き上げる際には、より高い所得税率が適用される人ほど減税規模が大きくなる。非課税枠の引き上げを低所得層中心とすれば、減税規模を抑えることが可能となる。そのため、今年の年末調整から適用される「年収の壁」の160万円までの引き上げ措置によっても、年間減税規模は1.2兆円程度に抑えられる見込みだ。
現在議論されている「年収の壁」の160万円までの引き上げについても、自民党は中低所得層中心の措置とする考えである一方、国民民主党は高額所得層も含めた措置とするように求め、対立していると見られる。
「年収の壁」引き上げで対応すべき上記の2つの問題のうち、第1の働き控え問題への対応であれば、年収が非課税枠近傍にある低所得者の非課税枠引き上げで対応できる。他方、第2の実質増税が生活を圧迫する問題についても、高額所得者が物価高で受ける打撃は相対的に小さいことから、低所得者中心の非課税枠引き上げで対応できるだろう。
この点から、「年収の壁」の178万円までの引き上げについては、自民党が想定する低所得層中心の措置とすることが妥当だろう。
現在議論されている「年収の壁」の160万円までの引き上げについても、自民党は中低所得層中心の措置とする考えである一方、国民民主党は高額所得層も含めた措置とするように求め、対立していると見られる。
「年収の壁」引き上げで対応すべき上記の2つの問題のうち、第1の働き控え問題への対応であれば、年収が非課税枠近傍にある低所得者の非課税枠引き上げで対応できる。他方、第2の実質増税が生活を圧迫する問題についても、高額所得者が物価高で受ける打撃は相対的に小さいことから、低所得者中心の非課税枠引き上げで対応できるだろう。
この点から、「年収の壁」の178万円までの引き上げについては、自民党が想定する低所得層中心の措置とすることが妥当だろう。
規模を求めれば円安でさらなる物価高にも
現在の経済環境が比較的安定していることを踏まえれば、高額所得層を含めて一律に非課税枠を引き上げて「手取りを増やす」必要はないのではないか。それを実施すれば、減税規模は格段に大きくなり、財政悪化の観測から円安がさらに進む可能性も考えられる。そうなれば、物価高が助長され、国民生活はさらに圧迫されてしまうだろう。
こうした点を踏まえれば、「年収の壁」のさらなる引き上げは、低所得層が抱える働き控えと実質増税という2つの問題に対応を絞った措置とすべきであり、大規模な減税を目指すべきではないだろう。
こうした点を踏まえれば、「年収の壁」のさらなる引き上げは、低所得層が抱える働き控えと実質増税という2つの問題に対応を絞った措置とすべきであり、大規模な減税を目指すべきではないだろう。
プロフィール
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木内 登英のポートレート 木内 登英
金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。