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総裁は中立金利の水準には直接言及せず

12月19日の金融政策決定会合で、日本銀行は政策金利を0.5%から0.75%へ引き上げる利上げ措置を決めた。日本銀行は、「現在の実質金利がきわめて低い水準にある」として、引き続き政策金利を引き上げていく考えを明確に示した。
 
これを受けて金融市場は、今後の利上げのペースと政策金利のピークの水準、いわゆるターミナルレートへの関心を強めている。金融市場は会合後の植田総裁の発言から、それらを判断する材料を得ようとしたが、実際には、今後の金融政策に関する総裁の発言は総じて慎重であり、金融市場に明確な材料を与えることはなかった。
 
記者会見では、記者の質問は経済に中立となる政策金利の水準、いわゆる中立金利の水準に集中した。植田総裁は、政策金利が中立金利に達するまでになお距離があるとの説明をし、利上げの余地が残されているとの考えを示唆した。
 
日本銀行は中立金利の水準について、6つの研究成果に基づいて+1.0%~+2.5%という目途を示してきた。政策金利を今回0.75%まで引き上げてもこの中立金利のレンジの下限には達していないことを、依然利上げの余地があることの根拠の一つと総裁は説明した。
 
しかし一方で、中立金利の水準を厳密に計測することは難しいとして、実際の中立金利の水準の判断は、経済データなどを見ながら総合的に判断すると説明した。この観点から、政策金利を引き上げたことによる経済、貸出などの反応を見極めて、中立金利を推測していくといった、理論よりも実証的なアプローチを特に今後は重視している考えを示した。
 
こうした説明からは、日本銀行がどこまで政策金利を引き上げるかについて、金融市場が明確に判断できる材料はなかった。
 
ただし、今回の利上げによって、政策金利がより中立金利の水準に近づいたことは確かであり、日本銀行は経済データを見極めながら、今までよりも慎重に利上げを進めていく可能性が高い。この点から、来年前半に追加利上げが行われる可能性は低いと考えられるのではないか。

次回利上げは為替動向に左右される

他方で総裁は、円安が先行きの物価の上昇リスクを高めることへの指摘が複数の委員からなされたことを、あえて記者会見で明らかにした。これには、円安をけん制する狙いがあったのかもしれない。実際、今後の利上げの時期は為替動向に左右されると考える。
 
今回利上げを決めた背景について、日本銀行はトランプ関税による経済へのリスクが低下したことと、来年の春闘で今年並みの賃上げが実施される可能性が高まったことを挙げた。
 
しかし実際には、利上げの経済的な条件は前回10月の会合で既に整っていたものの、利上げをけん制する高市政権との対立を回避するために利上げを見送ったと考えられる。そして今回利上げを実施したのは、高市政権が利上げ容認に傾いたからだろう(コラム「日銀が利上げを決定:円安抑制を通じて物価安定に寄与か:さらなる利上げを巡り高市政権との軋轢は続く」、2025年12月19日)。
 
ただし、来年も利上げをけん制する高市政権と日本銀行との軋轢は続くだろう。日本銀行は政府の利上げけん制姿勢が弱まるタイミングを狙って、追加利上げを実施すると予想する。物価高リスクを高める円安が進む局面では、高市政権は日銀の利上げを容認しやすくなる。この点からみても、来年の日本銀行の利上げの時期は、為替動向に左右されやすい。
 
筆者は1.0%までの利上げは2026年9月に実施され、ターミナルレートとなる1.25%への利上げは2027年前半に実施されると現時点では予想している。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。