医療機関の経営に配慮して診療報酬の本体部分は30年ぶりの引き上げ幅に
政府は、医療サービスへの対価として医療機関などに支払われる診療報酬のうち、医師や看護師らの人件費に回る本体部分について、来年6月に実施される2年に一度の2026年度改定で3.09%引き上げる方針を固めた。内訳としては、医療従事者の賃上げ対応に1.70%、光熱水費などの物価高対応に1.29%などが想定されている。引き上げ率が3%を超えるのは1996年度改定以来、30年ぶりとなる。
また、薬価部分は-0.8%台で調整されており、本体部分と薬価部分を合わせた全体では、2024年度以来14年ぶりのプラスとなる見込みだ。
これは、物価・賃金上昇によって収益環境が圧迫される医療機関の経営に配慮する措置だ。月内にまとめる2026年度予算案の閣議折衝で正式に決定される。厚労省は3%超、財務省は2%超の水準を提示していたが、最終的には首相判断となった模様だ。
公定価格で運営されている医療・介護分野は、賃金・物価の上昇を価格に転嫁することが難しく、経営状況が逼迫している。
厚労省によると、2025年8月末までに経営情報を報告した約2,100の病院のうち、49.4%が2024年度決算で赤字だった。診療所も医療法人経営で37.4%、個人経営で6.7%が赤字だが、経営状況は病院の方がより厳しい。特に経営が厳しいのは大学病院であり、全国約80の大学病院の2024年度赤字額は合計で508億円と、前年度の赤字額168億円から大幅に拡大した。
賃金、物価の上昇率が30年ぶりの水準で推移する中、診療報酬の本体部分の上昇率を30年ぶりの水準である3%に引き上げるのは自然なことではある。さらに、賃金、物価環境の変化がより迅速に診療報酬に反映される仕組みを今後は考える必要があるのではないか。
また、薬価部分は-0.8%台で調整されており、本体部分と薬価部分を合わせた全体では、2024年度以来14年ぶりのプラスとなる見込みだ。
これは、物価・賃金上昇によって収益環境が圧迫される医療機関の経営に配慮する措置だ。月内にまとめる2026年度予算案の閣議折衝で正式に決定される。厚労省は3%超、財務省は2%超の水準を提示していたが、最終的には首相判断となった模様だ。
公定価格で運営されている医療・介護分野は、賃金・物価の上昇を価格に転嫁することが難しく、経営状況が逼迫している。
厚労省によると、2025年8月末までに経営情報を報告した約2,100の病院のうち、49.4%が2024年度決算で赤字だった。診療所も医療法人経営で37.4%、個人経営で6.7%が赤字だが、経営状況は病院の方がより厳しい。特に経営が厳しいのは大学病院であり、全国約80の大学病院の2024年度赤字額は合計で508億円と、前年度の赤字額168億円から大幅に拡大した。
賃金、物価の上昇率が30年ぶりの水準で推移する中、診療報酬の本体部分の上昇率を30年ぶりの水準である3%に引き上げるのは自然なことではある。さらに、賃金、物価環境の変化がより迅速に診療報酬に反映される仕組みを今後は考える必要があるのではないか。
診療報酬引き上げは財政と家計を圧迫する要因に
他方、診療報酬の引き上げは医療費を増加させ、それは患者の自己負担の増加や保険料の引き上げにつながる可能性がある。また、国の財政を圧迫することにもなる。
年間50兆円の医療費は、保険料で約5割、国と地方の公費で約4割、患者の窓口負担で約1割が賄われる構図となっている。診療報酬の1%引き上げは、医療費を5,000億円程度拡大させる。それは、国費を1,200億円程度、窓口負担を500億円強押し上げ、さらに先行き、保険料を約2,500億円程度押し上げる要因となる。
年間50兆円の医療費は、保険料で約5割、国と地方の公費で約4割、患者の窓口負担で約1割が賄われる構図となっている。診療報酬の1%引き上げは、医療費を5,000億円程度拡大させる。それは、国費を1,200億円程度、窓口負担を500億円強押し上げ、さらに先行き、保険料を約2,500億円程度押し上げる要因となる。
OTC類似薬の見直しは大幅に縮小
財政への悪影響や、手取りを減らしてしまう医療保険料の負担増加に配慮すれば、診療報酬以外で、医療費の削減を進めることが求められる。連立与党の日本維新の会は、保険料を引き下げるために医療費を4兆円削減することを目指している。その一環として、市販薬と成分や効能が似ている医療用医薬品のOTC類似薬を保険適用外にして、医療費の削減、医療保険料負担の削減につなげる施策を自民党に求め、10月の連立合意書に盛り込んだ。そこでは、「制度設計を25年度中に実現」すると明記されていた。
ところが、このOTC類似薬の見直しは、日本維新の会が求めていたものと比べて大幅に縮小されたものとなる方向だ(コラム「OTC類似薬の保険適用外は見送り:医療費削減の取り組みは難航」、2025年12月17日)。
日本維新の会は、湿布薬や花粉症薬、解熱鎮痛剤など約7,000品目の薬を保険から外すことを主張し、それを実現すれば医療給付を1兆円削減できると試算していた。しかし、日本医師会はこの保険適用外の案に対して、受診控えによる健康被害や薬の適正使用が困難になることを理由に反対していた。また、OTC類似薬を継続的に使うアレルギー性疾患やがんの患者団体も、経済的負担が重いとして反発していた。こうした意見を踏まえて、政府・与党は保険適用を維持する方向に傾いた。
自民党と日本維新の会の政調会長は19日に合意文書を交わした。それによると、OTC類似薬について、まず77成分(約1,100品目)を対象に、処方を受けた患者に薬剤費の4分の1の特別の料金を負担させるとした。
栄養保持を目的とする医薬品などの一部を保険適用外にするほか、後発薬が普及した薬について先発薬を選ぶ患者の自己負担を引き上げるといった改革も加えた。全体では医療費を年1,880億円圧縮する効果を見込んでいる。日本維新の会の当初案で見込まれた約1兆円と比べて、医療費の削減効果は2割以下まで縮小する。
ところが、このOTC類似薬の見直しは、日本維新の会が求めていたものと比べて大幅に縮小されたものとなる方向だ(コラム「OTC類似薬の保険適用外は見送り:医療費削減の取り組みは難航」、2025年12月17日)。
日本維新の会は、湿布薬や花粉症薬、解熱鎮痛剤など約7,000品目の薬を保険から外すことを主張し、それを実現すれば医療給付を1兆円削減できると試算していた。しかし、日本医師会はこの保険適用外の案に対して、受診控えによる健康被害や薬の適正使用が困難になることを理由に反対していた。また、OTC類似薬を継続的に使うアレルギー性疾患やがんの患者団体も、経済的負担が重いとして反発していた。こうした意見を踏まえて、政府・与党は保険適用を維持する方向に傾いた。
自民党と日本維新の会の政調会長は19日に合意文書を交わした。それによると、OTC類似薬について、まず77成分(約1,100品目)を対象に、処方を受けた患者に薬剤費の4分の1の特別の料金を負担させるとした。
栄養保持を目的とする医薬品などの一部を保険適用外にするほか、後発薬が普及した薬について先発薬を選ぶ患者の自己負担を引き上げるといった改革も加えた。全体では医療費を年1,880億円圧縮する効果を見込んでいる。日本維新の会の当初案で見込まれた約1兆円と比べて、医療費の削減効果は2割以下まで縮小する。
医療費の抑制が進まなければ財政リスクはさらに上昇
他にも医療費削減の取り組みは進められている。保険料や窓口負担の決定に金融資産への投資から得られる金融所得を反映する改革は、2026年度の通常国会に関連法が提出される方向だ。しかし法律は通っても、実施は数年先になるとみられる。
医療費の患者負担を一定額に抑える高額療養費制度の見直しについても、自己負担の月額上限や70歳以上の一部に適用される外来特例の限度額を引き上げ、対象年齢の引き上げなどが議論されている。
ただし、月間の支払額が上限に達する回数が1年間に3回以上の場合に4回目から限度額を下げる「多数回該当」の負担上限は据え置く方向であり、その結果、石破政権の当初案で見込んだ累積3,700億円の保険料削減に比べて、削減効果はかなり小さくなる見込みだ。
日本維新の会が連立政権に加わったことで医療費の削減が進むとの期待は、全体として後退してきている。2026年度予算案には高市政権の目玉政策である「危機管理投資」が盛り込まれる。そうした中で歳出抑制の中核的な対象と考えられる医療費の抑制が進まなければ、予算規模は大きく膨らみ、金融市場では財政リスクがより意識されて、円安・債券安が一段と進むことで経済への悪影響が強まりかねない。
(参考資料)
「診療報酬大幅上げ、現役世代の負担抑制遠く OTC類似薬改革は小粒」、2025年12月20日、日本経済新聞電子版
「診療報酬の来年度改定、本体3.09%引き上げ方針…全体改定率は2%台」、2025年12月20日、読売新聞速報ニュース
「診療報酬とは 医療サービスの公定価格、原則2年ごとに改定-きょうのことば」、2025年12月20日、日本経済新聞電子版
「病院の経営は大丈夫なの? 半数が赤字、補助金で支援-ニッキィの大疑問」、2025年12月20日、日本経済新聞電子版
医療費の患者負担を一定額に抑える高額療養費制度の見直しについても、自己負担の月額上限や70歳以上の一部に適用される外来特例の限度額を引き上げ、対象年齢の引き上げなどが議論されている。
ただし、月間の支払額が上限に達する回数が1年間に3回以上の場合に4回目から限度額を下げる「多数回該当」の負担上限は据え置く方向であり、その結果、石破政権の当初案で見込んだ累積3,700億円の保険料削減に比べて、削減効果はかなり小さくなる見込みだ。
日本維新の会が連立政権に加わったことで医療費の削減が進むとの期待は、全体として後退してきている。2026年度予算案には高市政権の目玉政策である「危機管理投資」が盛り込まれる。そうした中で歳出抑制の中核的な対象と考えられる医療費の抑制が進まなければ、予算規模は大きく膨らみ、金融市場では財政リスクがより意識されて、円安・債券安が一段と進むことで経済への悪影響が強まりかねない。
(参考資料)
「診療報酬大幅上げ、現役世代の負担抑制遠く OTC類似薬改革は小粒」、2025年12月20日、日本経済新聞電子版
「診療報酬の来年度改定、本体3.09%引き上げ方針…全体改定率は2%台」、2025年12月20日、読売新聞速報ニュース
「診療報酬とは 医療サービスの公定価格、原則2年ごとに改定-きょうのことば」、2025年12月20日、日本経済新聞電子版
「病院の経営は大丈夫なの? 半数が赤字、補助金で支援-ニッキィの大疑問」、2025年12月20日、日本経済新聞電子版
プロフィール
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木内 登英のポートレート 木内 登英
金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。