春闘の賃上げ要求は限界に近いのか
今年の春闘が本格化しつつある。連合は3年連続で大企業の賃上げ率の方針を5%以上とした。5%以上という目標は、過去2年間の5%強という実績を追認したものだ。
実質賃金の上昇率が低下を続ける中で、賃上げ率の方針を一段と引き上げないのは、その水準が概ね限界であることを理解しているためだろう。賃上げ率をさらに大幅に引き上げれば、労働組合側は、景気悪化時あるいは円高転換時に雇用削減のリスクがより高まること、企業側は固定給の上昇が企業の収益を長期的に損ねてしまうことをそれぞれ懸念するからだ。税制や社会保障制度と同様に、既存の賃金決定システムも、過去数年の歴史的な物価上昇に対応できていないと言える。
実質賃金の上昇率が低下を続ける中で、賃上げ率の方針を一段と引き上げないのは、その水準が概ね限界であることを理解しているためだろう。賃上げ率をさらに大幅に引き上げれば、労働組合側は、景気悪化時あるいは円高転換時に雇用削減のリスクがより高まること、企業側は固定給の上昇が企業の収益を長期的に損ねてしまうことをそれぞれ懸念するからだ。税制や社会保障制度と同様に、既存の賃金決定システムも、過去数年の歴史的な物価上昇に対応できていないと言える。
2月の消費者物価はほぼ4年ぶりに1%台に
従って、実質賃金が上昇基調を取り戻すことができるかどうかは、物価上昇率が下がっていくかにかかっている。目先の物価上昇率はかなり下がる。1月の東京都区部のコア消費者物価(除く生鮮食品)の前年同月比上昇率は+2.0%と、前月の同+2.3%から低下した。全国ベースで見ても2月分のコア消費者物価は前年同月比で1%台となるだろう。これは2022年3月以来ほぼ4年ぶりのことであり、大きな出来事だ。
コメの価格高騰に歯止めがかかったこと、食料品の値上げの動きに一巡感が見られるようになったこと、物価高対策としてのガソリン暫定税率の廃止、電気・ガス補助金等の影響が背景にある。
コメの価格高騰に歯止めがかかったこと、食料品の値上げの動きに一巡感が見られるようになったこと、物価高対策としてのガソリン暫定税率の廃止、電気・ガス補助金等の影響が背景にある。
実質賃金上昇の定着には円安修正が必要
現在の所定内賃金の前年比上昇率は2%強であり、総務省が利用する持ち家の帰属家賃を除く消費者物価上昇率が、コア消費者物価(除く生鮮食品)よりもやや高めであることを考慮しても、2月以降は実質賃金指数は前年同月比でプラスに転じる可能性がある。
しかし、実質賃金の上昇がこれで定着するかどうかは、まだ確定的ではない。円安の流れが変わらなければ、来年には再び実質賃金指数は前年同月比でマイナス基調に戻る可能性があるだろう。そこで、実質賃金の増加を定着させるために重要な施策は、短期的には円安の修正となる。
円安修正には、為替介入など政府の為替政策が考えられる。さらに、高市政権が円安を助長する積極財政姿勢を修正することや日本銀行の利上げを妨げないことなども円安修正には有効となる。
しかし、実質賃金の上昇がこれで定着するかどうかは、まだ確定的ではない。円安の流れが変わらなければ、来年には再び実質賃金指数は前年同月比でマイナス基調に戻る可能性があるだろう。そこで、実質賃金の増加を定着させるために重要な施策は、短期的には円安の修正となる。
円安修正には、為替介入など政府の為替政策が考えられる。さらに、高市政権が円安を助長する積極財政姿勢を修正することや日本銀行の利上げを妨げないことなども円安修正には有効となる。
各党とも最低賃金の引き上げを掲げる
賃上げを巡る衆院選での各党の主張を見ると、従来と同様に最低賃金の引き上げが目立つ(図表)。しかし、過去数年の動きを見ても、最低賃金の引き上げは賃金全体の底上げには有効ではない。
他方で、最低賃金水準で働く労働者を多く抱える企業にとっては、最低賃金引き上げによる人件費増加が経営を圧迫し、零細企業の廃業を促す可能性もある。また、所得税の課税最低限度が引き上げられてもなお残る178万円の壁、あるいは130万円の壁の問題も最低賃金の引き上げによってより深刻化し、働き控えが誘発されかねない。
自民党は高市首相の下で、従来よりも最低賃金引き上げの主張を後退させているようにも見える。この点は評価できるだろう。
他方で、最低賃金水準で働く労働者を多く抱える企業にとっては、最低賃金引き上げによる人件費増加が経営を圧迫し、零細企業の廃業を促す可能性もある。また、所得税の課税最低限度が引き上げられてもなお残る178万円の壁、あるいは130万円の壁の問題も最低賃金の引き上げによってより深刻化し、働き控えが誘発されかねない。
自民党は高市首相の下で、従来よりも最低賃金引き上げの主張を後退させているようにも見える。この点は評価できるだろう。
図表 賃上げについての衆院選での各党の主張


中長期的な実質賃金上昇に向けた成長戦略
物価高対策、実質賃金を引き上げる施策としては、短期的には円安修正が有効であるが、より長い目で見れば、労働生産性上昇率を引き上げ実質賃金上昇率のトレンドを向上させることが重要だ。そのために必要なのは成長戦略である。
高市政権が成長戦略として掲げる「危機管理投資」は、労働生産性上昇率の引き上げには有効でないと考えられる(コラム「【衆院選の焦点④】成長戦略で日本経済の将来を語れ」、2026年1月29日)。各党は独自の成長戦略を掲げ、持続的な実質賃金向上を伴う国民生活の改善を目指して建設的な議論を展開して欲しい。
高市政権が成長戦略として掲げる「危機管理投資」は、労働生産性上昇率の引き上げには有効でないと考えられる(コラム「【衆院選の焦点④】成長戦略で日本経済の将来を語れ」、2026年1月29日)。各党は独自の成長戦略を掲げ、持続的な実質賃金向上を伴う国民生活の改善を目指して建設的な議論を展開して欲しい。
プロフィール
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木内 登英のポートレート 木内 登英
金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。