&N 未来創発ラボ

野村総合研究所と
今を語り、未来をみつめるメディア

政府は医療品の安定確保に向けて動く

厚生労働省と経済産業省は3月31日に、中東情勢の影響を受ける医薬品や医療機器などの安定確保に向けて対策本部を設置した。また同日の中東情勢に関する関係閣僚会議で高市首相は、国民の命に直結する重要物資として輸血パックなどの医薬品、透析回路や注射器などの医療機器、医療用手袋やエプロンなどの医療物資を挙げて、「供給に万が一にも支障があってはならない」と述べた。
 
これに先立ち3月30日に経済産業省は、石油関連製品の製造者や卸業者などに対して、医療用途などを中心とした安定供給確保に向けた協力を要請した。ナフサ不足などにより点滴バッグや手袋など医療用品の不足が目立つ中で関連組織に要請を行うとともに、こうした医療用品の原料となるポリエチレンなどの安定供給を図り、最終需要家である病院などに偏りなく医療用品が供給されるよう、取引先にも対応を促すことを要請した。
 
品目によっては逼迫懸念から流通業者や医療現場が前倒しで発注するなどして供給に偏りが生じている可能性もあることから、情報提供を通じた流通の目詰まり解消に乗り出している。

医療品の値上げと品不足も4月から

ナフサから作られるエチレンとプロピレンは、医療品の製造に多く使われている。エチレンからは点滴バッグ、チューブなど柔らかい素材の医療品、プロピレンからは固い素材の注射器などが作られる。
 
日用品では、エチレンから作られるごみ袋などのポリエチレン製品は、2026年5月下旬から30%以上の値上げが見込まれている。食品トレーなどに使われる発泡ポリスチレンシートは、2026年4月下旬出荷分から1kgあたり120円の値上げが見込まれている。これは、食品スーパーでの弁当・総菜・カップ麺などの価格上昇につながるとみられる(コラム「日用品の価格上昇はもう始まっている:家計負担の試算値は年間1.8万円~2.6万円程度」、2026年3月31日)。
 
同様に供給不足が深刻なナフサから作られる医療品でも、4月から値上げの動きが一気に広がっていくことが予想される。
 
さらに、政府による企業へのヒアリングによると、人工透析に使うチューブなど「透析回路」、手術中に⁠使用する廃液容器などの緊急性の高い医療品の一部が、4月半ばから8月ごろにかけて供給不足に陥る可能性があるという。

企業は希少なナフサを使って価格が大きく上がる製品をより多く製造する

原料となるナフサが不足する際に、企業が限られた資源を使って作る製品を選択する際に、指標となるのは価格だろう。
 
品不足が生じる際に、需要の価格弾性値が大きい製品、つまり、価格が少し上がると利用者がその購入を控えて代替製品にシフトし、また再利用をするようになる製品の価格は上昇しにくい。逆に、代替が効かず再利用が難しい、需要の価格弾性値が小さい製品の価格は上がりやすい。
 
その際に企業は、限られたナフサを使って、そうした価格が大きく上がった製品を多く製造するだろう。それは企業がより利益を上げることができるためであるが、消費者の効用もより高まることになる。これが価格メカニズムだ。

生産資源の配分に政府が積極的に関与

しかし、この価格メカニズムに任せていると、ナフサの不足時に医療品が適切に供給されない恐れが出てくる。注射器、点滴のチューブや袋、医療用手袋などは再利用が難しいことから、ナフサが不足する局面で価格が上昇しやすい。
 
しかし、医療品の価格が大幅に上がっても、それは診療報酬には直ぐに反映されず、医療機関の収益を圧迫してしまう。経営の圧迫が深刻化すれば、高度な医療機器や材料の調達に支障をきたし、手術などの医療提供体制を従来通りに維持することが困難になる可能性も出てくるのではないか。それは患者の健康や生命を脅かすことになってしまう。
 
深刻な原油・ナフサ不足が生じるリスクがあるもとで、市場メカニズムに任せていては、国民にとって最適な生産資源の配分がなされない恐れがある。その際には、政府が希少なナフサを使って作る製品を医療関連に傾けるなどの措置を講じることが、例外的、一時的な措置として許容される。
 
それとともに、政府と企業には、海外でのナフサの調達先の開拓も求められるところだ。
 
(参考資料)
「首相、医療品の安定供給指示 石油製品の代替調達」、2026年4月1日、日本経済新聞 
「ナフサ不足で医療機器が出荷困難の可能性、透析・手術用の品目 4-8月にかけて=関係者」、2026年3月27日、ロイター通信ニュース
「経産省、医療用石油関連製品の安定供給を要請」、2026年3月31日、石油通信

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。