植田総裁の講演は予想外にタカ派的な内容
6月3日の日本銀行の植田総裁のきさらぎ会での講演は、予想外にタカ派的な内容でありサプライズとなった。これは、6月15・16日の次回金融政策決定会合での利上げを意図的に金融市場に伝える情報発信であった可能性もあるだろう。
講演のテキストで利上げを示唆するものとして特に注目されるのは、以下の部分だ。
講演のテキストで利上げを示唆するものとして特に注目されるのは、以下の部分だ。
「供給ショックが発端であっても、状況次第では、物価上昇の動きが広範囲に広がり、それが人々の予想物価上昇率の上昇を通じて、基調的な物価上昇率の上振れにつながる可能性があります。このような「2次的波及効果」が生じる可能性がある場合、持続的な物価の安定を目指す中央銀行としては、金融政策によって必要な対応を講じることも検討しなければなりません」
「現在のわが国は、他の主要国や過去のわが国と比べても、原油高を起点とする物価上昇の「2次的波及効果」が基調的な物価の上振れに繋がりやすい状況にあり、日本銀行としても、このことを前提に、今後の政策を判断していく必要があると考えています」
「物価上昇は一時的なものにとどまらず、基調的な物価上昇率が上振れていくリスクも意識せざるを得ない状況です」
植田総裁の発言は短期間で大きく変化
植田総裁は4月の金融政策決定会合後の記者会見で、「予想物価上昇率は落ち着いている」「物価上昇への対応で日本銀行が後手に回る、ビハインド・ザ・カーブに陥るリスクは大きくない」との趣旨の発言をして、利上げを急がない姿勢を見せていた。
また、植田総裁はわずか1週間前の5月27日の日本銀行の国際コンファレンスでの挨拶で、「1970年代前半のような賃金・物価スパイラルは起きていません」「中長期の予想物価上昇率は、(略)長期的に陥っていたゼロ近くの水準から 1.5~2%台へと緩やかに上方シフトしたのみです」「中央銀行は原油価格を単独でみるべきではない」などとして、原油高によって物価上昇率が一時的に高まるとしても利上げを急ぐ必要はないとのニュアンスの発言をしていた(コラム「日銀の執行部はなお6月利上げに慎重な姿勢か(植田総裁の挨拶):非執行部主導で利上げが決まる歴史的な決定会合となる可能性も」、2026年5月27日)。同じ人の発言とは思えないほど、短期間で急変した印象で、不自然に感じる。
原油価格の上昇は、当面の物価上昇率のリスクを高める一方、景気下振れのリスクも同時に高める。深刻な原油不足が生じれば、経済が急速に縮小するリスクも残されている。
物価と経済の双方の安定を使命とする中央銀行の金融政策は、原油価格の上昇という供給ショックへの対応は難しく、当面はどちらのリスクが大きくなるかを見極めるために様子見をするのが定石だ。
仮に日本銀行が利上げをしても、物価高の原因である原油価格を下げることはできない。また、予想物価上昇率にどのような影響を与えることができるかも不確かだ。物価の上振れを容認しないという日本銀行の心意気を示すことができるのみである。
このような点から、植田総裁を含めた日本銀行の執行部は、本音のところでは、依然として早期の利上げに慎重な姿勢なのではないか。また、水面下で日本銀行の利上げをけん制する政府側からの強い圧力に晒されている可能性もあるのではないか。
また、植田総裁はわずか1週間前の5月27日の日本銀行の国際コンファレンスでの挨拶で、「1970年代前半のような賃金・物価スパイラルは起きていません」「中長期の予想物価上昇率は、(略)長期的に陥っていたゼロ近くの水準から 1.5~2%台へと緩やかに上方シフトしたのみです」「中央銀行は原油価格を単独でみるべきではない」などとして、原油高によって物価上昇率が一時的に高まるとしても利上げを急ぐ必要はないとのニュアンスの発言をしていた(コラム「日銀の執行部はなお6月利上げに慎重な姿勢か(植田総裁の挨拶):非執行部主導で利上げが決まる歴史的な決定会合となる可能性も」、2026年5月27日)。同じ人の発言とは思えないほど、短期間で急変した印象で、不自然に感じる。
原油価格の上昇は、当面の物価上昇率のリスクを高める一方、景気下振れのリスクも同時に高める。深刻な原油不足が生じれば、経済が急速に縮小するリスクも残されている。
物価と経済の双方の安定を使命とする中央銀行の金融政策は、原油価格の上昇という供給ショックへの対応は難しく、当面はどちらのリスクが大きくなるかを見極めるために様子見をするのが定石だ。
仮に日本銀行が利上げをしても、物価高の原因である原油価格を下げることはできない。また、予想物価上昇率にどのような影響を与えることができるかも不確かだ。物価の上振れを容認しないという日本銀行の心意気を示すことができるのみである。
このような点から、植田総裁を含めた日本銀行の執行部は、本音のところでは、依然として早期の利上げに慎重な姿勢なのではないか。また、水面下で日本銀行の利上げをけん制する政府側からの強い圧力に晒されている可能性もあるのではないか。
非執行部主導で利上げが決まる初めてのケースとなるか
一方、日本銀行の政策委員会内での非執行部、つまり審議委員らの見解は異なる。利上げ見送りを決めた4月の金融政策決定会合では、3人の審議委員が利上げを主張した。さらにその後の講演では、別の2人の審議委員が早期の利上げに前向きな発言をしている。
現時点で金融政策の採決を実施すれば、議長である総裁が「利上げ見送り」の議長案を提出しても、9人の政策委員のうち5人の審議委員が利上げに賛成した場合、その見送り案への賛成は総裁、副総裁などの執行部と他の1人の審議委員にとどまり、多数決で利上げが決まってしまう可能性がある。
そうした可能性が高まると判断すれば、執行部は議長案を利上げ見送りから利上げへと修正し、議長案が否決される不名誉な事態を回避することになる。今回の講演会が予想外にタカ派的な内容となった背景には、こうした事情がある可能性も考えられる。
そうであれば、非執行部主導で政策変更が決まる、新日本銀行法のもとでは初めての歴史的ケースとなるだろう。ただし、このような形で利上げが実施されると、利上げを歓迎しない政府と日本銀行との関係がかなり悪化してしまうことも考えられる。
現時点で金融政策の採決を実施すれば、議長である総裁が「利上げ見送り」の議長案を提出しても、9人の政策委員のうち5人の審議委員が利上げに賛成した場合、その見送り案への賛成は総裁、副総裁などの執行部と他の1人の審議委員にとどまり、多数決で利上げが決まってしまう可能性がある。
そうした可能性が高まると判断すれば、執行部は議長案を利上げ見送りから利上げへと修正し、議長案が否決される不名誉な事態を回避することになる。今回の講演会が予想外にタカ派的な内容となった背景には、こうした事情がある可能性も考えられる。
そうであれば、非執行部主導で政策変更が決まる、新日本銀行法のもとでは初めての歴史的ケースとなるだろう。ただし、このような形で利上げが実施されると、利上げを歓迎しない政府と日本銀行との関係がかなり悪化してしまうことも考えられる。
プロフィール
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木内 登英のポートレート 木内 登英
金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。