&N 未来創発ラボ

野村総合研究所と
今を語り、未来をみつめるメディア

IPOは巨額の投資を賄う大規模な資金調達の手段

6月12日に実施されたイーロン・マスク氏が率いる米宇宙開発企業スペースXのIPO(株式新規公開)で、初値は150ドルと公開価格の135ドルを11%上回った。終値は公開価格を19%上回り、時価総額は2兆1,000億ドル(約336兆円)にまで達した。
 
スペースXの上場に伴い、イーロン・マスク氏の資産が1兆ドル(約160兆円)を超え、世界初の「兆万長者(トリリオネア)」が誕生したとみられる。これは、日本の2026年度当初予算の歳出総額122兆円強を上回る規模である。
 
スペースXはAIを成長エンジンとして位置付けており、そのIPOは宇宙関連企業としてよりも、AIインフラ企業のIPOとして注目されている(コラム「日本の個人投資家も注目するスペースXのIPO:短期的には株式市場の需給悪化も」、2026年6月8日)。
 
スペースXは、売上が急増する一方、赤字が続いている。それはAI開発、データセンターなどのAI投資、衛星、ロケットへの大規模設備投資の影響だ。開発やインフラ投資で巨額の資金を消費するAI企業にとって、IPOが大規模な資金調達の手段となっている。

IPOラッシュで株式市場の需給悪化懸念も

今後、AI企業の間でスペースXのIPOに追随する動きが出てくると見込まれる。AI新興企業のアンソロピックは6月1日に米上場を申請した。オープンAIも年内に上場を目指すとされる。時価総額が1兆~2兆ドル規模に及ぶ巨大AI企業が次々に上場を目指す可能性が指摘される。
 
また、グーグルの親会社アルファベットも6月1日に、新株発行により800億ドルの資本調達計画を発表した。こうした株式公開・発行ラッシュの背景にあるのは、巨額のAI投資を賄う資金ニーズだ。 それが、株式市場全体の需給を悪化させることも懸念されている。

高まる価格競争とITバブル期との類似性

スペースXと同様、オープンAI、アンソロピックも巨額の設備投資により、売上高が高成長を遂げる中で赤字が続いている。両社は、高度なAIシステムの構築・運用に必要な計算能力の確保のため、年間数十億ドルもの損失を出している。
 
そうした企業に新たな懸念となっているのが価格競争の激化だ。それは、オープンAIとアンソロピックらの損失の拡大につながる恐れがある。
 
AIコストの急増に悩む大企業やスタートアップ企業は、より安価なAIモデルの活用を加速させている。そのため、業界大手のオープンAIとアンソロピックは値下げ圧力にさらされており、収益の成長が妨げられる可能性がある。
 
AIを巡る価格圧力は、低コストの競合他社が今後数年でAIモデルをコモディティ化してしまうのか、それとも大手AI企業が急速な技術の進化によって優位性を維持できるのか、という課題を突き付けている。
 
今回のスペースXのIPOは、AI企業の成長に対する投資家の強い期待を反映している。他方で、大手AI企業は価格競争圧力に晒されており、株式市場では株価の上昇を支える巨額の設備投資と将来の成長見通しとのバランスが崩れるリスクもある。
 
現在のAI企業は、「高成長・高コスト・高バリュエーション」という三重構造を抱えており、その後のITバブル崩壊につながる2000年前後のITバブル期に似てきたと指摘する向きも出ている。
 
(参考資料)
“SpaceX Shares Close Up 19% in Historic Debut as Musk Becomes First Trillionaire(スペースX、公開価格比19%高 マスク氏は世界初の兆万長者に)”, Wall Street Journal, June 12, 2026
“The AI Price War Is Here, Piling Pressure on OpenAI and Anthropic (AI価格戦争、オープンAIとアンソロピックに逆風)”, Wall Street Journal, June 12, 2026

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。