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協調介入は日本に対する「友情の証」か?

7月31日に、日米が協調で為替市場に介入したとみられている。日米の協調介入実施は、東日本大震災で円高が進んだ2011年以来15年ぶりとなる。また円買い介入は金融危機への対応が迫られた1998年以来28年ぶりだ(コラム「円安阻止に向けた日米協調の新たな局面:15年ぶりの日米協調介入も効果の持続性は疑問」、2026年8月3日、「円安阻止の日米協調介入について片山財務相が談話」、2026年8月3日)。
 
事実上の基軸通貨の信認に与える悪影響に配慮して、トランプ政権はドル売りではなくユーロ売り円買い介入を行った点や、日本の介入額に比べて小規模であった点に、米国政府の慎重姿勢もうかがわれる。
 
しかし、自然災害や金融危機ではない、いわゆる平時に協調介入が行われたことは異例である。トランプ大統領は、協調介入は日本に対する「友情の証」と説明していたが、実際には、米国側にも協調介入に加わることで得られる利益があり、二国間の利害が一致した結果、協調介入の実施に至ったと言えるだろう。
 
トランプ政権には、円安阻止を支援することで米国の貿易赤字縮小に寄与するドル高の修正を図ることや、円安に伴う日本の長期金利上昇が米国の長期金利上昇に波及することを回避する、といった狙いがあるだろう。

財政・金融政策で日本は米国に約束をしたか?

ベッセント財務長官は今年1月に、財政悪化懸念を受けた日本の長期金利上昇を警戒し、高市政権に市場の安定に配慮した政策運営を求めていた。さらに、昨年10月には、高市政権の日本銀行の利上げ牽制が円安を助長するとして、それを控えるように促した。
 
トランプ政権が日本の円安阻止に協力するという異例の措置をとった裏で、両国間に密約のようなものがあった可能性も考えられる。それは、金融市場の安定に配慮した慎重な財政政策を実施することや、日本銀行の利上げを牽制しないことを、高市政権がトランプ政権に約束するものとも推察される。
 
実際にそうした密約があり、高市政権がそれを実行するのであれば、円安をもたらす2つの要因が取り除かれ、円安を食い止める持続的な効果が期待できる。その場合、日米協調介入は円安の流れを変える大きな転機となりうる。
 
こうした背景もあり、金融市場では、日米協調介入によって日本銀行の利上げが早まるとの観測も一部に浮上している。

消費税減税に邁進する高市政権

しかし、そうした展開になるかどうかは疑問だ。実際、日米協調介入後も、高市政権は食料品の消費税率1%への引き下げに向けて邁進している。一方で財源確保の議論は後回しとなり、金融市場の財政悪化懸念への配慮はみられない。
 
高市政権は政府債務のGDP比率を安定的に引き下げることで市場の信頼を確保すると説明しているが、それは単なる方針の表明であって、その実現に向けた具体策は何ら示されていない。トランプ政権に対しても同様に、金融市場の安定に配慮した財政政策を行うという方針の説明だけで終わっている可能性があるのではないか。
 
また、日本銀行の利上げ牽制については、今年に入ってから高市政権は、日本銀行の利上げを公然と牽制することは控えている。それが円安を促し、物価高を招いてしまうことを回避するためや、政府の日本銀行の利上げ牽制を批判するトランプ政権の意向に配慮したためと考えられる。
 
しかし、日本銀行の利上げ牽制を公然の場では行わなくても、水面下では実施できる。トランプ政権がそれを把握することは容易ではないだろう。

日米協調介入が円安の流れを明確に変えるかどうかは疑問

仮に日米協調介入の裏で、金融市場の安定に配慮した財政政策を実施することや、日本銀行の利上げを牽制しないことを、高市政権がトランプ政権に約束していたとしても、それが果たされない可能性が考えられる。
 
それは、為替政策を巡る米国側との調整は主に財務省が担っているのに対して、高市首相自身はそれほど円安や債券安を問題視していないという、政権内での温度差を反映している可能性も考えられるのではないか。
 
こうした状況のもとでは、平時の日米協調介入という異例の措置も、円安の流れを明確に変えるエポックメイキングなイベントとはならないのではないか。
 
さらに、日米協調介入によって日本は米国に大きな借りを作ったことになり、それが将来の経済政策のみならず、安全保障政策、外交政策等を制約されることにならないかという懸念も残る。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。