カーボンニュートラル燃料(CN燃料)は、航空、海運、陸上輸送分野で導入が進む一方で、製造地の地理的制約や長距離輸送によるコスト増加が、その普及拡大を阻害している。燃料の物理的価値と温室効果ガス削減という環境価値を分離し、取引可能とする「証書制度」の整備は、この課題を克服する鍵となる。本稿では、特に国際供給チェーンに適した環境価値分離型(ブックアンドクレーム方式)を中心に、制度の必要性、環境価値の認証および移転手法、持続可能な航空燃料(SAF)の既存事例、電力証書との相違点そして今後の展望について論じる。
バイオ燃料・合成燃料の現状・証書制度の必要性
近年、航空分野を中心にカーボンニュートラル燃料(CN燃料)の導入が進展しており、海運や一部陸上輸送においても採用が拡大しつつある。バイオ燃料は既存インフラにドロップイン可能である一方、土地利用変化(LUC)リスクや品質変動といった課題を抱えている。また、原料となるバイオマス資源は地域的に偏在しており、安定供給の確保が困難である。一方、合成燃料(e-fuel)は再生可能エネルギー由来の水素と回収・利用された二酸化炭素(CO₂)などを原料とし、理論上は原料供給の制約を受けにくく、高品質で均質な燃料を提供できる。しかし、現状では電力コストや設備投資が大きく、経済性の確保や商業スケール化が課題となっている。
(前回コラム参照:合成燃料のビジネス戦略考察 ー カーボンニュートラルに向けた切り札 | NRI経営コンサルタントの視点 | 野村総合研究所(NRI))
さらに、バイオ燃料は原料資源に適した地域、合成燃料は安価な再生可能エネルギー電力が供給可能な地域に製造地が集中する。そのため、消費地との距離が長い場合、輸送コストが高騰し、普及の障壁となる。このため、「燃料そのものの物理的価値とその燃料が有する環境価値を切り分け、環境価値を証書という形で記録・取引できる仕組み(証書制度)」を整備することで、製造地と消費地が異なっても環境価値を需要家が享受できる仕組みが可能になる。電力分野では、再生可能エネルギー証書の整備が先行して進み、企業の再生可能エネルギー調達を促進する役割を果たしている。このことから、カーボンニュートラル燃料(CN燃料)においても同様の証書制度が普及に向けた重要な仕組みとなる。
環境価値の認証・移転手法(Chain of Custody)の概要
環境価値の認証および移転手法としては、「環境価値一体型」と「環境価値分離型」が存在する。「環境価値一体型」は燃料の物理的供給と環境価値が一体で扱われる方式である。物理的な供給量と証書が結び付くため、義務対応や物理的供給の裏付けを重視する場面に適するが、供給チェーンの越境や混合が生じる場合には管理および会計が複雑化しやすいという問題点がある。他方で、ブックアンドクレーム方式などの「環境価値分離型」は物理的な燃料流通とは独立して、製造時点で発行された証書を通じて環境価値を移転する方式である。物理的トレーサビリティの制約を受けずに環境価値の取り込みが可能であり、需要喚起を迅速に進められる一方、NDC(国別削減目標)帰属やScope1会計の整備が必要であり、さらに環境価値の二重計上リスクも高くなる。
製造地が地理的に限定されるカーボンニュートラル燃料(CN燃料)では、環境価値分離型の採用が有効であると考えられる。分離型は、国際サプライチェーンや混合流通の下でも、製造時点の証書を介して環境価値を柔軟に移転でき、地理的制約を解消できる可能性がある。これにより、需要家はESG目標の達成や市場での環境主張が容易になるため、普及促進と需要創出に直結する。
図1 環境価値の認証・移転手法(Chain of Custody)の概要

出所:環境省「マスバランス方式に関する国内外の状況等」
資源エネルギー庁「次世代燃料の環境価値認証・移転制度について」
カーボンニュートラル燃料(CN燃料)における既存の証書事例
「環境価値分離型」であるブックアンドクレーム方式の実装は、航空分野における持続可能な航空燃料(SAF)取引で先駆的に採用されている。具体的には、国際的な認証規格にのっとった持続可能な航空燃料(SAF)が、物理的な燃料と切り離された環境価値を証書の形でブックアンドクレーム方式により取引されている。この仕組みでは、燃料の生産者と最終的な需要家の間をつなぐ仲介プレーヤーが、疑似的にプラットフォーマーの役割を果たしている。
仲介プレーヤーはトレーダーやディストリビューターとして分類され、そのビジネスモデルは大きく三つに分けられる。第一は垂直統合型である。NesteなどのSAF製造企業が自社でサプライチェーンを構築し、需要家に直接販売するモデルである。第二はディストリビューター型である。ShellやSkyNRGなどが複数の生産者から物理的なSAFを購入し、空港や航空会社へ供給するモデルである。そして第三は環境価値トレーダー型である。SAF Planetなどが物理的な燃料そのものではなく、供給実績に基づく持続可能性証明(PoS: Proof of Sustainability)のみを買い集めて束ね、証書として販売するモデルである。
物理的な燃料と切り離された証書は、排出量取引に活用できる。排出量取引においてはScope1、Scope2、Scope3という三つの排出範囲が定義されている。Scope1は「企業が直接排出する温室効果ガス」を指し、Scope2は「企業が購入した電力や熱などのエネルギー使用に伴う間接的な温室効果ガス」を指す。一方、Scope3は「サプライチェーン全体におけるその他の間接的な温室効果ガス」を指し、原材料の調達、製品の輸送、使用、廃棄など、企業活動に関連する広範な排出が含まれる。以下では、Scope3の排出量取引においてSAF証書制度を活用した際のプロセスを示す。
- 1.物理供給と認証:
まず、燃料サプライヤーが空港の共同タンク等へ持続可能な航空燃料(SAF)を納入した際、ISCC(International Sustainability & Carbon Certification)などの認証に基づいた持続可能性証明(PoS: Proof of Sustainability)が発行される。これが環境価値の原資となる。 - 2.環境価値のデジタル化(環境価値証書):
発行されたPoSに基づき、プラットフォーム上で環境価値証書が生成される。この段階で、物理的な燃料の移動や利用とは切り離され、環境価値が独立して取引可能な状態となる。 - 3.環境価値証書の償却と享受:
需要家(Scope3を削減したい企業)がこの証書を購入し、台帳(レジストリ)上で償却(Retirement)の手続きを行う。この償却をもって環境価値は需要家に帰属したものと確定し、二重計上が防止される。これにより、企業は自社のScope 3排出削減として公式に主張(Claim)することが可能となる。
図2 SAF証書の取引プロセス

※こちらの図はScope3証書取引の一例を示しており、PF・登録対・供給対の属性によって異なることに留意
出所:公開情報、インタビューよりNRI
上記の仕組みを通じて、持続可能な航空燃料(SAF)市場ではブックアンドクレーム方式が順調に普及し始めている。物理的な供給網が整備されていない地域であっても、環境価値取引によって地理的制約を乗り越える有効な手段として機能している。また、懸念される二重計上(ダブルカウント)のリスクに対しては、ブロックチェーン技術を基盤とした台帳(レジストリ)を整備することで管理の最適化を図る動きが進んでいる。日本国内においても、政府による「SAF利用の可視化に関するガイドライン」の策定および改定など、国際的な潮流に合わせたルールの整備が進められている。一方で、SBTi(Science Based Targets initiative)に代表される国際的会計ルールは未確定であり、複数レジストリ間の相互運用性や二重計上防止に向けた統一的枠組みの構築など、依然として解決すべき課題が残されている。
カーボンニュートラル燃料(CN燃料)の証書制度制定に向けた論点(再生可能エネルギー証書との対比)
仮に「環境価値分離型」のブックアンドクレームを国単位で実装する場合、既に整備が進んでいる再生可能エネルギー証書と比較して、以下の相違点が制度設計上の主要論点になると考えられる。
A:CoC(Chain of Custody)方式の違い
電力では「環境価値の分離(格付け)」が一般的であり、物理的な電気と証書価値が明確に分離される。一方、燃料では「物理特性」と「環境価値」が密接に関連する場合が多く、ドロップイン燃料では分離型、FAMEなどの性状差がある燃料では一体型など、両方式が併存する可能性がある。
B:国際取引とNDC(国別削減目標)帰属
電力証書は原則として発行地での価値に収束することが多いが、燃料は越境輸送や国際供給チェーンが存在するため、製造地と消費地が容易に異なる。そのため、製造国のNDC(国別削減目標)に含めるべきかなど温室効果ガス削減の帰属を明確化する必要がある。
C:Scope1排出の会計ルール
再エネ証書は主にScope2に影響するのに対し、燃料証書はScope1に直結するため、ゼロカウント(燃料をゼロとして扱う会計)、CI(カーボンインテンシティ)ベースの計上、あるいはオフセットとしての扱いなど、明確で一貫した会計ルールの設定が不可欠である。これには、GHGプロトコルやISO基準などの国際的な枠組みとの整合性も考慮する必要がある。
D:見た目の環境価値(実際の性状差)
一部のバイオ燃料(FAMEなど)は既存化石燃料と性状差があり、環境価値の分離を行っても「燃料自体がカーボンニュートラル燃料(CN燃料)である事実」が残る。これにより単純な分離モデルでは実態を反映しきれない場合がある。
E:認証基準の多面性
電力は発電量と環境価値がほぼ一体で評価されるのに対し、燃料ではILUC(間接的土地利用変化)、原料の持続可能性、CO₂回収の追加性、土地利用影響、間接排出など、ライフサイクル全体を考慮した多面的な基準が必要である。
F:義務制度との整合性
電力では物理供給量と証書量が一対一の関係で設計されることが多いが、調達量義務などの燃料義務と証書流通量が乖離する可能性がある。このため、証書を購入するだけで義務を満たすのか、あるいは物理的な供給が必要なのかを明確に規定する必要がある。
G:レジストリ管理の高度化
燃料ではロットID、エネルギー量(MJ)、CI値(カーボンインテンシティ)、原料情報、NDC(国別削減目標)ステータス、トレーサビリティの変換履歴など、多数の項目を管理する必要がある。このため、電力証書と比較して、レジストリの設計・運用負担が大きく、デジタル化やブロックチェーン技術の活用など、高度な管理システムの導入が求められる場合がある。
今後の展望
カーボンニュートラル燃料(CN燃料)の普及拡大には、環境価値を適切に認証・取引できる証書制度の整備が不可欠である。バイオ燃料と合成燃料は、それぞれ原料供給制約や製造コストなど特有の課題を抱えつつも、航空・海運・陸上輸送分野で導入が進んでいる。しかし、製造拠点の地理的集中や長距離輸送によるコスト増は依然として大きな障壁となっている。これを克服するには、燃料の物理的価値と環境価値を分離し、環境価値を証書として記録・移転可能にする「環境価値分離型」制度の採用が効果的である。特にブックアンドクレーム方式は、国際的な供給チェーンや複雑な流通環境下でも柔軟な環境価値移転を実現し、企業や消費者の環境目標達成を支援する。一方、Scope1排出の会計ルール策定、NDC帰属の明確化、認証基準の多面的評価、レジストリ管理の高度化など、電力証書とは異なる固有の課題も存在する。これらを解決するためには、国際基準との整合を図りつつ、ブロックチェーン等のデジタル技術を活用した透明性と信頼性の高い制度設計が求められる。カーボンニュートラル燃料(CN燃料)の証書制度は、環境価値の柔軟な流通を可能にする戦略的ツールであり、電力証書で培った経験を活かし、技術・制度・市場の三位一体で整備を進めることで、持続可能な燃料市場の形成と脱炭素社会の実現を加速させることが期待される。
プロフィール
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平林 遼太郎のポートレート 平林 遼太郎
グローバル製造業コンサルティング部
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中島 雄仁のポートレート 中島 雄仁
社会システムコンサルティング部
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中谷 政人のポートレート 中谷 政人
グローバル製造業コンサルティング部
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