はじめに
日系企業にとっての成長において、海外における買収はもはや当たり前の手段となっている。その一方で、高いプレミアを含めた価額による買収、さらには買収時想定した成長の未達成や業績悪化に伴うのれんの減損リスクという課題にも直面し続けている。
本稿では、野村総合研究所のクライアント向け過去実施プロジェクトによるナレッジ及びクロスボーダーM&A/PMIに関するアンケート調査 2025年度版より、日系企業にとってのクロスボーダーPMI(Post Merger Integration)の進め方及び対応について提言するものである。
図1で示すように、野村総合研究所はクロスボーダーPMIをPre-Closing、100 days plan、Post PMI(Day100完了時点)の3つのプロセスに区分し、A~Gの計7つのモジュールで整理したうえで、個々のモジュールについての独自の処方箋を有する。
図1. クロージング前から100days以降の運営を整合させるための7つのモジュール

出所)NRI
第1章 M&Aプロセス各フェーズに潜む落とし穴
PMIを実行するうえで、図2で示すように、3つのフェーズそれぞれに落とし穴が潜んでいる。
第1に、Pre-Closingに潜む落とし穴があろう。Pre Closingとは株式売買契約などの最終契約書締結からDay1に至るまでのフェーズである。ここで潜んでいる落とし穴が「契約締結で一息をつく」ことである。まさにM&Aという手段の目的を実現するスタート地点に立ったタイミングであるにも関わらず、Pre ClosingフェーズにおいてPMIの準備を行わないことで、PMIの初動が遅れてしまい、結果的に価値創出・向上の活動が遅れるリスクが生まれてしまう。
第2に、Day1以降、いわゆる100 days planのフェーズである。前述した、買収価額に見合う価値の創出は買収の大きな目的であるにも関わらず、ガバナンスやバックオフィス業務などの「守り中心の統合作業に終始」し、価値創出・向上に向けて重要な事業シナジーや事業成長を支える長期のビジョンや戦略を軽視してしまうという落とし穴があろう。ガバナンスや業務はビジョンや事業戦略を実現するための手段であるという前提に立つと、その拠り所となるビジョンや事業戦略の欠落は各業務やガバナンスの統合作業がバラバラな活動となり、目的を見失ったとも言えるPMI活動になってしまうリスクである。
第3に、Post PMIに潜む落とし穴であろう。クロージング後の100日期間中は、日本からの出張者や外部専門家がPMI推進チームとして大挙するケースが多い一方、100日を経過してその推進チームが帰国した後、「本社から駐在する出向社員に“あとはよろしく”という、100日で作成した計画推進・管理の属人化」となる落とし穴である。
2章以降では、図1で示した7つのモジュールの中でも、“A. Pre-Closing Alignment”、“B. Vision & Strategy”、“D. Quick-Win Execution”、“E. Infrastructure Integration”、における、それぞれの罠と処方箋について提言する。
図2. PMIの各フェーズに潜む落とし穴

出所)NRI
第2章 Pre-ClosingにおけるPMI準備の重要性
Day1(統合初日)以降のPMIを成功させるためには、Pre-Closing Alignmentと呼ばれるクロージング前の活動が重要である。図3は、野村総合研究所が行ったアンケートの結果である。買収目的が達成されたケースの約79%において、Day1前に対象会社マネジメント層とPMI方針を十分に、あるいはある程度協議できていたという結果が示されている。逆に、契約書のクロージングのみに注力し、Day1に向けたPMI準備を行わないことは、PMI事前準備及び方針の基本合意と、体制確保のための貴重な機会を失うことにつながり、将来のコミュニケーションコストの増加、ひいては事業価値向上を遅らせることにもつながりかねない。Pre-Closingに存在する4つの罠と処方箋について取り上げていく。
図3. 【買収の目的達成度別】 Day1前の、対象会社のマネジメント層との
PMI方針に係る協議の実施可否(n=100)

出所)NRI『クロスボーダーM&A/PMIに関するアンケート調査 2025年度版』
第1の罠は、ディールクロージングの手続きのみに終始し、PMIの実務着手が遅れることである。契約締結をゴールとし、その先のPMIを見通した施策を打たないことは、価値創出が遅延することになる。こうした状況を避けるためには、Day1前にPMIの基本方針をセットしておくことが重要である。これにより、統合初日から遅滞なく価値創出活動をスタートさせることが可能となる。
第2の罠は、買い手の独りよがりなPMI方針策定により、やらされ感が醸成され、対象会社が自分事化できず、PMIの効果が薄れてしまうという罠である。Day1前に対象会社マネジメントと事前合意形成を行うことで、彼らの当事者意識を高めることができる。
第3の罠は、コンフリクトの先送りによる、PMIの遅延である。統合に伴う軋轢を恐れて利害対立を先送りすることは、PMIの遅延を招く大きな要因となる。プレクロージング期間中にコンフリクト箇所を早期に特定し、解決策をPMI活動に落とし込んでおくことが不可欠である。
第4の罠は、合意内容の可視化による認識不一致の回避である。日本固有の文脈に依存した会話(コンテクストトーク)は、合意形成に対する理解のズレを生むリスクがある。シンプルでわかりやすい資料を作成し、着実に合意内容を可視化することで、スムーズな統合が可能となる。
以上の4つの罠に陥らないために、Pre-Closingにおいて対象会社と合意形成を図る必要がある項目は、Vision & Strategy、Governance Design、シナジー、100日プラン、の4つである。これらについて、クロージングに至る期間に応じて、柔軟に設定するものの、可能な限り必須事項を基本合意することが望ましい。Vision & Strategyについては、被買収会社の将来あるべき姿、買い手の買収に関する戦略的な目的、5ヵ年財務ターゲット(トップラインとボトムライン)が必要である。Governance Designについては、ガバナンス・オペレーションのPMI基本方針(変える部分と変えない部分)を決め、CXOの報酬契約コンセプトとDD未実施エリアの初期アセスメントまで実施できることが理想である。シナジーについては、トップラインは最低限、コストシナジー案とクイックウィン案があると望ましい。100日プランに関しては、ステアリングコミッティ・IMO(Integration Management Office)・WG(Working Group)の体制案、プランにおける主要論点仮説を持った上で、各WGの責任者のアサイン、100日時点での各WGのTo Be仮説、そしてIMO・WGのWBSドラフトがあると良い。これらについて事前に可能な限り合意することで、Day1以降にスムーズなPMIが実施できる。
ただし、Pre-Closing期間や対象会社とのコミュニケーションは個々の案件によって異なるため、個々の期間・制約に応じて基本合意すべき事項の深度・粒度は可能な範囲で最大限努めることも重要となる。
第3章 戦略・ビジョンの重要性
PMIでは、戦略・ビジョンを新たな環境を基に作り直すことが極めて重要である。「陥りがちな罠」として、経営層間の表面的な合意とは裏腹に、実際にはビジョンや戦略に大きな乖離が生じている現象が挙げられる。DD等の過程で深まったはずの相互理解が具体的な戦略に昇華されず、また、その方針がミドルマネジメント層まで浸透しないために、統合案が現場の実態と乖離した「絵に描いた餅」となってしまうケースが後を絶たない。
こうした事態を避けるべく、野村総合研究所は、統合後の新たな環境を前提とした「ビジョン・戦略の作り直し」を提唱する。それは、単なる親会社の方針の押し付けであってはならない。野村総合研究所が推奨する具体的なアプローチは、Day1からDay100の期間において、トップマネジメントとミドルマネジメントが有機的に連携しながら段階を踏むプロセスである。
まずDay1では、親会社のビジョンや戦略、そして被買収企業への期待値を明確に伝達することから始まる。これを起点に、トップマネジメント層は、双方の事業環境認識や相違点、潜在的な疑問や懸念を隠すことなくオープンに議論する場を持つべきである。ここでの徹底した対話こそが、被買収企業の既存戦略の中でアップデートすべき点を浮き彫りにする。
同時に、ミドルマネジメント層を早期に巻き込むことも不可欠である。各分科会レベルにおいて、親会社からの期待を受け止めつつ、自部門のミッションやゴールを具体的に再定義する作業を並走させる。現場のキーマンが、上からの指示待ちではなく、自らの戦略として納得感を醸成するプロセスを経ることが重要である。
そしてDay100に向けて目指すべきは、戦略の「被買収企業目線での翻訳」である。全体を網羅的に見直すのではなく、的を絞ってクイックに実施し、積み残した課題は中長期テーマとして整理するという現実的な判断も求められる。こうして現場の言語で再構築されたビジョン・戦略が共有されて初めて、現場が自律的に判断し、変革を推進できる強固な土壌が整うのである。これこそが、PMIを成功に導く鍵となるであろう。
第4章 Quick-winとインフラ統合の重要性
PMIにおける「陥りがちな罠」の一つとして、短期的なシナジーを創出する機会の喪失が挙げられる。PMIでは、戦略やビジョン策定といった中長期的な目線合わせはもちろん重要である。しかし、立派な戦略や計画ができあがったものの、1年後に具体的な成果を何も挙げられないという状態に陥ることがある。また、PMIの期間中にその勢い(モメンタム)を利用して実行できたはずの変革やシナジー創出の「はじめの一歩」が見過ごされ、時間が経つにつれて実行が困難になってしまうケースも多い。こうした状況を避けるため、早期に成果を出して統合のモメンタムを高めるための「Quick-Win」の施策を、M&Aの熱狂が冷めないうちに実行しきることが重要である。具体的には、各機能組織にてコスト削減・トップライン向上の方法仮説を迅速に構築し、検証すべきである。例えば、営業拠点や人員の統廃合、物流・調達の統合によるコスト低減、ITシステム維持費用の削減などが挙げられる。
また、ITや人事領域の「陥りがちな罠」も見落としてはいけない。
野村総合研究所が行ったアンケートでは、図4が示すように買収後に発生した問題の上位に「システム統合の遅延」「ガバナンスの混乱」「キーパーソンの流出」などが挙げられた。これらの問題の背後には、人事、IT、ガバナンスといったインフラ領域への手当て不足があるケースが多いと考えられる。
実際に、分科会の設置状況に関するアンケート結果である図5が示すように、買収目的が達成された企業もそうでない企業も、PMO/IMOや経理・財務、営業・マーケティング、調達、生産などは高い比率で組成する傾向がある。その一方で、人事・IT領域の分科会設置率には、買収目的達成企業と未達企業の間で20ポイント以上の大きな開きがあることが分かった。さらに、分科会別の外部専門家の活用比率を見ると、コーポレート面では経理・財務での活用率が高い一方、人事やITなどは活用率が低い。このことから、人事とITの課題を早期に洗い出し、専門的に検討する体制を持つかどうかが、統合の成否に大きく影響していることが示唆される。
インフラ統合、とりわけ人事とITの統合は、なぜこれほどまでに成功と失敗の分岐点になるのだろうか。人事の領域では、取得価額に見合う事業計画を描きながらも、CEOを含む役員の報酬契約が従前のままで新しい事業計画と連動していないため、未達時の責任が曖昧になるという罠がある。また、人材流動性の高い海外市場で場当たり的な人事対応を続ければ、キーマンが突然離職し、重要ポストに空白が生じるという事態にも陥りがちである。これらに対しては、新事業計画と連動した役員報酬設計を行い、買主と被買収企業を運命共同体とするインセンティブ構造をつくること、そしてサクセッションプランに基づいて後継者育成と外部人材探索を継続し、重要ポストに穴を空けないことが不可欠である。
次にITの領域では、やるべきタスクの全体像が見えないまま場当たり的な対応を続けると、老朽化・複雑化したアプリケーションやデータ、基盤、運用、セキュリティ、人材、契約・ガバナンスの問題が絡み合い、買収後のシステム統合遅延やセキュリティ事故、事業継続リスクへと発展する。理想的にはDay1以前にITの専門家の助力も借り、アプリケーション構成、データ構造、インフラ、運用、DX・IT戦略、セキュリティ・プライバシー、組織・人材、IT知財やガバナンスの網羅的な評価を実施することで、業務影響度と緊急度を踏まえた対応の優先順位付けを行うことが望ましい。ITシステムの変更は業務変更を伴い現場に痛みをもたらすが、ITと業務双方の負荷バランスを考慮した解を提示することで、その痛みを最小化しながら統合をやり切ることが重要である。ITに不慣れなアドバイザーに任せて途中で問題を投げ出されてしまう事態を避けるためにも、最後まで伴走できる専門家によるタスク管理と計画の実行支援が不可欠である。
図4. 買収後に顕在化した問題(n=100 複数回答可)

出所)NRI『クロスボーダーM&A/PMIに関するアンケート調査 2025年度版』
図5. 【買収の目的達成度別】PMIにおける各分科会の組成比率比較
(n=100 複数回答可)

出所)NRI『クロスボーダーM&A/PMIに関するアンケート調査 2025年度版』
おわりに
ここまで、PMIにおける「陥りがちな罠」と「処方箋」について述べてきたが、読者はどうお感じになられただろうか?M&Aはどうしても他社を傘下に収めるというその特性上、「買った会社をどう評価し、どう安く買うか、どう伸ばすか」といった買い物上手かどうか、という視点が重視される。
しかしながら、M&Aが日系企業にとって当たり前となった今、買い物上手であること以上に、自社が対象会社のパートナーとして相応しいか、という視点がより厳しく問われている。つまり、自社の経営インフラや手法が買い手にとって統合に値するものなのか、自社は長期に渡って寝食を共にするパートナーとして相応しいのか、買った瞬間にバリューを上げる事ができるのか、そういった視点での買い手側の経営力が問われているである。例えば、買収後確実にバックオフィスや物流・SCMなどのミドルオフィスの統合によって対象会社の価値を高める事ができること、対象会社の経営が可能な人材がいること、予期せぬ事態が買収後判明しても即応できる能力を持っていることなど、経営や価値創出に関わる実務能力の高さが求められている。
本稿ではほんのさわりのみを紹介するにとどめたが、PMIに関するアンケートも含むダウンロード資料も合わせて参照いただくことで、読者がM&A・PMI巧者となる一助となれば幸いである。
プロフィール
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長尾 良太のポートレート 長尾 良太
コンサルティング事業開発部
兼 経営コンサルティング部慶應義塾大学 法学部政治学科卒業
2001年にNRI入社。
コンサルティング事業本部に入社後、技術・産業コンサルティング2部、グローバル戦略コンサルティング2部、グローバル事業コンサルティング部、経営コンサルティング部、グローバル経営研究室にて、一貫して顧客のグローバル経営及び事業を支援。グローバル戦略策定、海外子会社のターンアラウンド、地域統括機能のガバナンス設計、クロスボーダーM&A関連のプロジェクトに従事。
2019年から3年間グローバル本社機能において、NRI自身の米州・豪州におけるM&Aに従事。
クロスボーダーM&A・PMI関連テーマをコンサルティング事業本部にてリード。 -
合田 索人のポートレート 合田 索人
グローバル製造業コンサルティング部
業種やバリューチェーンを横断した変革が求められる製造業において、川上産業と川下産業、事業と経営の理解を武器に、業界や顧客の複雑な先端課題の解決に従事。
2010年慶應義塾大学卒業後、株式会社野村総合研究所に入社。EVや電池・電池材料の戦略案件、海外でのM&A支援を経て、2015年にドイツに駐在、海外での機能改革やPMI案件に携わる。
帰国後は自動車のバリューチェーンを素材事業から販売改革まで広く手掛けながら、特に化学・素材向けには成長戦略やサステナビリティ、サーキュラーエコノミー関連、リカーリングサービス化戦略と実行支援に従事。
モビリティサービスグループのマネージャーを経て、現在は化学・素材グループのグループマネージャーとして活動。 -
櫛田 亮真のポートレート 櫛田 亮真
経営コンサルティング部
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高田 海冴のポートレート 高田 海冴
グローバル製造業コンサルティング部
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中村 亘希のポートレート 中村 亘希
グローバル製造業コンサルティング部
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