&N 未来創発ラボ

野村総合研究所と
今を語り、未来をみつめるメディア

2026年1月施行の米国食品安全規制とその背景

今から約1年後の2026年1月に、米国で食品トレーサビリティ記録・保持の義務化が始まる。これは、食品安全への懸念が高まる中で、食品による健康被害を迅速に特定・対応するために制定されたものだ。米国食品医薬品局(FDA;Food and Drug Administration)が食品安全強化法(FSMA;Food Safety Modernization Act)第204条に基づいて、「高リスク食品」を取り扱う食品関連事業者に対し、トレーサビリティ対応を義務付けた。略称はFSMA204。このFSMA204で規定されている「高リスク食品」とは野菜・果物・魚類・甲殻類など主に生鮮品である。 

なぜ、FSMA204が制定されたか。それは、米国の現行の食品トレーサビリティ規制に限界があり、食品による健康被害を迅速に防ぐことができなかったためだ。食品による健康被害が発生した際に、FDAがその原因を特定するまでに数週間から数ヶ月かかり、その間に被害が拡大してしまうという問題があった。代表例は、2006年の生ほうれん草や2008年のピーナッツバターによる食中毒事件だ。その後も食中毒が頻繁に起き、食品安全への不安が高まったこともあって、現行の食品トレーサビリティ規制の有効性が問われるようになった。このような経緯からFSMA204が制定され、より迅速かつ正確にトレーサビリティ情報を追跡できる仕組みが導入されることになった。 

食品関連事業者に課されるトレーサビリティの義務は以下の三つである。 

  1. 対象品のトレーサビリティ情報をルールに従って記録・保持すること
  2. 食中毒患者発生時などに、FDAの要請を受けて24時間以内に記録を報告すること
  3. 出荷先にトレーサビリティロットコードを含む出荷明細を提出すること

最後の三つめの義務は、食品を取引する事業者の受発注システムや在庫管理システムに直接的な影響を与える。たとえば、受発注システムでは、高リスク商品を取り扱う食品サプライヤーが、顧客企業にEDIで送る事前出荷通知(ASN;Advance Shipping Notice)に、出荷品目ごとのロット番号を追加する必要がある。また、在庫管理システムでは、消費期限や賞味期限等の日付情報を活用した在庫管理が可能となり、食品ロス削減への貢献が期待できる。

前述したとおり、FSMA204でのトレーサビリティ対象は主に生鮮品である。たとえば、米国の高級寿司店に向け日本の築地から鮮魚が空輸されるようなことはあるとしても、日本国内で食品事業を営む企業への影響は限定的と筆者は思い込んでいた。しかし今、米国の大手小売企業が、米国へ食品を輸出する日本企業に予期せぬ影響を及ぼす可能性が浮上しているのだ。

米国大手小売による法規制を超えたトレーサビリティ要求

FSMA204に基づく食品トレーサビリティに関わる義務は、2026年1月20日から始まることになっている。実は、米国の大手小売企業のKrogerとWalmartの二社が、法規制を超えた(=Beyond Compliance)トレーサビリティをサプライヤーに要求しているのだ。小売企業が規制以上を要求する背景には、食品安全性の向上、消費者への信頼構築、さらにはトレーサビリティ高度化を通じた他社との差別化があると考えられる。 

米国で売上高首位の食品スーパーマーケットがKrogerである。Krogerは2023年12月、FSMA204に準拠するトレーサビリティ対応を食品サプライヤー全体に求めると告知した。同社は対象を生鮮品に限らずすべての食品に拡大し、2025年6月30日までに準備を完了するよう求めた。これは、食品トレーサビリティ対応の開始時期を半年強、前倒しする要求である。 

Walmartも2024年9月に、すべての食品を対象にFSMA204準拠のトレーサビリティ対応をサプライヤーに求めると発表した。さらにWalmartは同年12月2日に、「トレーサビリティ対応の開始時期を2025年8月1日と定めた」と発表した。Krogerと同様に、開始時期の前倒しを求めた形だ。 

KrogerとWalmartの要求は、FSMA204の要求より対象が広く、しかも開始時期が半年近く早いのである(図1参照)。この規制を上回る要求は、米国へ食品を輸出する日本企業のサプライチェーンにどのような影響を及ぼすだろうか。 

図1 FSMA204の要求と米国大手小売2社の要求の相互関係

米国大手小売が及ぼす、日本の食品輸出企業への影響

日本の農林水産業・食品産業は長らく国内市場に依存していた。しかし、成長する海外市場で稼ぐ方向に転換するべく、輸出拡大のための実行戦略が定められ、輸出促進が展開されてきた。その結果、2019年に9,121億円であった農林水産物・食品の輸出金額は、その後着実に増加を続け、2023年に1兆4,541億円に到達した。今後は2025年に2兆円、2030年に5兆円に到達するという目標が掲げられている。つまり、2023年から2030年の7年間で3.3倍に増やすという意欲的な目標だ。 

日本から米国への食品輸出金額はどれくらいの規模か。農林水産物・食品の輸出金額を国・地域別にみると、米国は中国・香港に次ぐ第3位で2,062億円。その内訳をみると、ベスト10に6つの加工食品が入っている。6つとはアルコール飲料(237億円)、ソース混合調味料(124億円)、清涼飲料水(84億円)、ごま油(64億円)、菓子(50億円)、練り製品(31億円)だ。これらが今後7年間で3倍に増える可能性があり、無視できない変化が起きると予想される。 

農業の輸出競争力向上のため、トレーサビリティ強化に取り組んだ豪州

所変わって豪州。豪州南東部のヴィクトリア州は農業の輸出競争力向上を目指してトレーサビリティ強化に取り組み、同州で2022年の収穫期に輸出柑橘類を対象とした実験が行われた。狙いは同州内の集荷場から輸出先国の消費者まで、エンド・トゥ・エンドのトレーサビリティを実現することだった。 

ヴィクトリア州農業省の資金援助のもと、豪州最大の柑橘類輸出企業ミルデューラ・フルーツ・カンパニーが参加。柑橘類生産者団体のシトラス・オーストラリア、GS1オーストラリアが協力した。この実験の特徴が一つある。それは最も包括的なトレーサビリティ規制である米国のFSMA204のフレームワークが使われたことだ。具体的には、実験で柑橘類サプライチェーン上のどのイベント(入荷、包装、出荷など)でトレーサビリティ記録を取得するか(FSMA204では「重要追跡イベント」と呼ぶ)とその際にどんなデータを記録するか(FSMA204では「重要データ項目」と呼ぶ)は、FSMA204での規定に準拠されたのである。 

柑橘類の輸出先は中国とベトナムの二か国。商品外装にはトレーサビリティ情報を埋め込んだ2次元バーコードが付けられ、中国では流通業者が、ベトナムでは流通業者と消費者がその情報を取得できる仕組みが導入された。実験期間中にベトナムの消費者はスマートフォンの内蔵カメラで商品外装の2次元バーコードを読み取ることで、柑橘類のトレーサビリティ情報のほか商品詳細情報を取得することができたのである。 

この実験は成功裏に終わった。ミルデューラ・フルーツ・カンパニーは2023年8月、食品トレーサビリティソリューションの導入を発表。法規制ではなく、輸出競争力強化を狙いとしてトレーサビリティを推進する決断を下したといえる。この豪州の事例は、日本企業がトレーサビリティ対応に取り組む上での重要な参考となるだろう。 

日本の加工食品輸出企業に迫られる選択:競争力強化のトレーサビリティ戦略

日本の加工食品輸出企業が米国に商品を輸出する際、FSMA204の規制を受けることは基本的にはない。しかし、WalmartやKrogerといった米国大手小売企業が、FSMA204の規制を超えるトレーサビリティ対応を食品サプライヤーに要求している状況にある。今後、両社に追随する小売企業が現れるかもしれない。その際、日本の加工食品輸出企業が米国小売企業からの「法規制を超えた要求」に応えないとしたらどうなるか。米国市場への参入や同市場での競争力維持・強化が難しくなるのではないか。 

この変化を「コスト増加」や「負担」ととらえて受動的に対応するか。そうではなく、トレーサビリティを通じて取扱商品の品質の高さやブランド価値を訴求し、自社の付加価値を高める機会と受け止めて能動的に対応するか。FSMA204のような法規制を持たない国にも、日本から農林水産物・食品が輸出されている。「Beyond Complianceを求めた米国小売業から、日本の加工食品輸出企業は戦略的判断を迫られている」というと言い過ぎだろうか。Beyond Complianceへの対応は、単に米国市場への輸出を維持・拡大するだけでなく、グローバルな競争力を高める上で、重要となるのではないか。 

一歩引いてみると、このような戦略的判断は食品安全に限ったことではない。食品廃棄物の削減、プラスチック包装の削減、カーボン・ニュートラル対応などの社会課題解決に向けて、さまざまな規制が今後制定される可能性が高い。その際に企業は、法規制の要請だけに対応するか、法規制を超えて対応するか、法規制に先んじて戦略的に対応するかの選択を迫られることになるのではないか。 

参考資料

What is the Food Safety Modernization Act (FSMA)? 
https://www.gs1us.org/supply-chain/standards-and-regulations/food-safety-modernization-act 

Top 100 Retailers 2024 List 
https://nrf.com/research-insights/top-retailers/top-100-retailers/top-100-retailers-2024-list

Food Traceability Requirements (Walmart)
https://one.walmart.com/content/food-safety/en_us/food-safety-requirements/food-traceability.html

The Kroger Co Food Traceability Policy & Requirements (The Kroger Co、2023年12月1日)
https://edi.kroger.com/EDIPortal/documents/Maps/kroger-modernized-systems/Food%20Traceability%20Requirements.pdf

輸出拡大に向けた取組状況と今後の展開方向 (農林水産省、2024年8月23日)
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/nousui/yunyuukoku_kisei_kaigi/dai20/siryou.pdf

2023年農林水産物・食品の輸出実績(国・地域別) (農林水産省、2024年11月)
https://www.maff.go.jp/j/shokusan/export/e_info/attach/pdf/zisseki-239.pdf

柑橘類のトレーサビリティを簡単に (GS1 Japan)
https://www.gs1jp.org/standard/industry/2d-in-retail/casestudies/casestudiesjp10.pdf

Mildura Fruit Company delivers Traceability with VerifyMe, Inc(2023年8月16日)
https://verifyme-website-2024-alb.trust.codes/press-releases/mildura-fruit-company-delivers-traceability-with-verifyme-inc/

プロフィール

  • 水谷 禎志

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。