ETH現物ETFの取引開始
2024年7月23日、米国の3つの証券取引所で、暗号資産イーサ(ETH)の現物を裏付け資産とする上場投資信託(ETF)9銘柄の取引が開始された。2024年1月に取引を開始したビットコイン(BTC)現物ETFに続く、2種類目の米国市場で取引される暗号資産現物ETFである。初日の売買高は、46.6億ドルを記録したBTC現物ETFには及ばなかったものの、累計で約10.8億ドルに達した。
図表 上場されたETH 現物ETF
ETH現物ETFをめぐっては、2024年5月、米国証券市場の規制監督機関である証券取引委員会(SEC)が、各証券取引所から出されていた上場申請を承認していたが、法定開示書類のSEC登録手続きに時間を要し、上場承認から取引開始まで2か月を要した。
司法判断に押されたSECの上場承認
米国では、BTCやETHといった暗号資産の現物取引は、連邦法上は特定の監督機関による規制を受けていない暗号資産交換業者が運営する取引プラットフォーム上で行われている。その取引自体は活発だが、機関投資家の中にはコンプライアンスやリスク管理の観点から取引参加を躊躇する者も少なくない。証券取引所の市場で取引される暗号資産現物ETFが必要だとの声は以前から強かった。
しかし、筆者が SECによる上場承認時に執筆したコラム でも紹介した通り、SECは過去8年間にわたり、暗号資産現物ETFの取引所市場への上場を認めてこなかった。そのSECが厳しい姿勢を一変させてBTC現物ETFとETH現物ETFの上場を相次いで認めた背景には、2023年8月に下された連邦控訴裁判所の判決があった。
BTC現物ETFである Grayscale Bitcoin Trust(GBTC)の上場承認申請を却下されたグレイスケール・インベストメンツがSECの決定無効を主張して提訴した事件で、連邦控訴裁判所は、SECがBTC現物ETFの上場を認めない理由として、十分に取引量の大きい規制された市場との取引監視協定を結んでいないことを挙げる一方で、BTC先物ETFの上場申請審査にあたっては、BTC先物を上場するシカゴ・マーカンタイル取引所(CME)と取引監視協定が結ばれていることを承認の理由としたことなどが、恣意的で予測不能な(arbitrary and capricious)行政行為であり違法・無効だとした(注1)。
CMEにはETH先物も上場されている。そこで今回ETH現物ETFの上場承認を申請した各証券取引所は、CMEとの間で取引監視協定を締結し、CMEのETH先物取引と暗号資産交換業者の取引プラットフォーム上で行われているETH現物取引との価格の相関が継続的に非常に高くなっているという事実を示し、SECによる承認を得たのである。
政治の追い風への期待
相次ぐ暗号資産現物ETFの上場承認に勢いづいた業界は、2024年6月から7月にかけて、いわば3匹目のドジョウを狙ってソラナ(SOL)現物ETFの上場申請に踏み切った。既にBTC現物ETF、ETH現物ETFを運用しているヴァン・エックと21シェアーズの2社が、Cboe BZX証券取引所への上場承認に向けて正式手続きを開始したのだ。
SOLは、現在、BTCとETHに次いで取引規模の大きい暗号資産だとされる。しかしSOLは、BTCやETHとは異なり、先物取引がCMEなど行政当局の監督下にあるデリバティブ取引所で行われているわけではない。BTC現物ETFとETH現物ETFの上場を承認したSECの論理に照らせば、SOL現物ETFの上場申請は却下されるに違いない。
それを百も承知で暗号資産運用会社があえてSOL現物ETFの上場を目指す背景には、政治的な追い風への期待がある。暗号資産関連ニュースサイトの論評記事は、上場申請書類の審査期間は240日以内とされているので期限が到来するのは2025年2月であり、その時点で共和党政権が誕生していればSECが承認するに違いないと踏んでいるのだと解説する(注2)。
このような観測が流れるのは、先日の共和党全国大会で同党の大統領候補に正式に指名されたドナルド・トランプ前大統領が、暗号資産業界に好意的な姿勢を急速に強めているからだ。
もともとトランプ氏は暗号資産に懐疑的で、大統領在任中の2019年には「ビットコインなどの仮想通貨の価値は薄い空気のようなもので、麻薬の密輸などの犯罪を助けるだけ。自分は支持者ではない」と主張していた。
SECは、連邦最高裁判所の判例で確立された「ハウイ基準」を援用しながら、いわゆるICOで販売されたデジタル・トークンからデジタル・アートなどで用いられる非代替性トークン(NFT)に至る様々な暗号資産や関連サービスが無登録の証券公募だとして摘発している(注3)。こうしたSECの行動は、ルールによる規制ではなく、経済活動の予測可能性を損なう「エンフォースメントによる規制」を用いた暗号資産業界潰しだとの怨嗟の声が上がるが、「ハウイ基準」を暗号資産に適用する手法を編み出したのは、トランプ大統領によって任命された共和党のジェイ・クレイトン前SEC委員長である。同氏は、退任直前の2020年12月、当時時価総額規模でBTC、ETHに次ぐ暗号資産とされたリップルのXRPが無登録証券だと主張する訴訟提起を主導し、業界の強い反発を招いた(注4)。
ところが共和党全国大会で採択された大統領選挙へ向けた同党の公約には、「民主党の違法で非アメリカ的な暗号資産抑圧(crackdown)を終わらせる」という文章が盛り込まれた。「ビットコインのマイニングを行う権利を擁護する」とも書かれている。副大統領候補に指名されたバンス上院議員は、多額のビットコインを保有する著名な暗号資産支持者だ。共和党に政権が移行すればSECも姿勢を変えざるを得ないという観測が生まれるのは理解できよう。
司法裁判所への期待
暗号資産業界には、SECが暗号資産に対して厳しい姿勢を取り続けようとしても、裁判所が容認しないのではないかという期待感もある。前述の通り、暗号資産現物ETF上場への道を開いたのは、SECによる不承認決定を「恣意的で予測不能な行政行為」と断じた連邦控訴裁判所の判決だった。
暗号資産以外の分野でも裁判所はSECによる規制に厳しい目を向けている。2024年6月には、SECが前年8月に制定したヘッジファンドやプライベート・エクイティ・ファンドといった私募ファンドに対する規制を強化する規則(注5)を無効とする連邦控訴裁判所の判決が下された(注6)。同月の連邦最高裁判所の判決では、証券詐欺行為を行った者に対してSEC内での行政審判で民事制裁金を課したことが、陪審裁判を受ける権利を保障した憲法の規定に違反して無効だとされた(注7)。
SECに直接関係する事案ではないが、同じ6月の連邦最高裁判所判決では、法律の規定の意味が曖昧な場合には、裁判所は行政機関の法解釈に従うべきだとする判例法理(シェブロン法理)が破棄された(注8)。この判決も、今後のSECのエンフォースメントや意思決定をめぐる訴訟で、SEC側に不利に働く可能性があるだろう。
今後の展望
とはいえ、11月の大統領選挙で民主党と共和党のいずれが勝利するかはまったく分からない。バイデン大統領が立候補を取りやめ、カマラ・ハリス副大統領を候補者として支持する意向を表明したことで、一時はあきらめムードすら感じられた民主党も勢いを取り戻しつつある。
しかし、大統領選挙で民主党が勝利したとしても、SECのエンフォースメントによる暗号資産規制がそのまま続くとは限らない。
おりから議会では、共和党が主導する形で、暗号資産に対する規制をSECではなく商品先物取引委員会(CFTC)の所管とする法案が審議されている。この法案がそのまま成立する可能性は低いが、議会民主党の幹部は、同党の議員にも法案の支持者が多いとして、採決時の党議拘束を外すことにした。民主党が暗号資産規制強化派、共和党が業界擁護派などという単純な色分けは成り立たないのだ。
筆者は、 5月のコラム で、ETH現物ETFが承認されたからというだけでSECの暗号資産に対するエンフォースメントによる規制が大きく変容するかどうかは疑問だと述べた。SECが主体的に動ける範囲内に限って言えば、その見通しは変わっていない。しかし、本稿で紹介したように、6月に相次いだ裁判所の判決、7月の共和党全国大会と、SECに対する外部からの圧力は2か月の間に大いに高まった。米国の暗号資産ビジネスに影を落としてきたSECの規制が、2025年以降大きく変化する可能性は、決して小さくないと言えるだろう。
(注1)
Grayscale Investments, LLC v. SEC, No.22-1142 (D.C. Cir. 2023).
(注2)"
Solana ETF Applications Look Like Bets on Trump Retaking White House, Making U.S. Friendlier to Crypto
", Jun 29, 2024. Coindesk
(注3)「
「後出し」で暗号資産業界と全面対決の米SEC、業界萎縮につながるか
」、2023年7月25日、実業之日本フォーラム、当コラム「
米国SECによるNFT販売への証券法の適用
」、2023年9月1日
(注4)当コラム「
リップル社を提訴した米国SEC
」、2020年12月24日、「
暗号資産XRPをめぐる訴訟で米国SECが一部敗訴
」、2023年7月14日
(注5)当コラム「
私募ファンドへの規制を強化する米国SEC
」、2023年9月14日
(注6)
National Association of Private Fund Managers et al. v. SEC, No.23-60471 (Fifth Cir. 2024).
(注7)
SEC v. George R. Jarksey, Jr. et al., No.22-859, June 27, 2024.
(注8)
Loper Bright Enterprises et al. v. Raimondo, Secretary of Commerce, et al., No.22-451, June 28, 2024.
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