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FCBSの傘下に入ったSVB

先日、筆者は、米国カリフォルニア州のシリコンバレーに本拠を置くシリコンバレー銀行(Silicon Valley Bank、以下、SVB)を訪問する機会を得た。SVBと言えば、2023年3月、取り付け騒ぎの末に経営破綻に至ったことが記憶に新しい。この時は、同月にシルバーゲート銀行、シグネチャー銀行も経営破綻し、2008年の世界金融危機の再来も懸念されるような事態となった。なお、SVBが破綻に至る信用不安を招いた直接の要因は、連邦準備制度理事会(FRB)による金利引き上げで保有する債券に大きな含み損が生じたことだったとされる。
 
現在、SVBはノース・カロライナ州に本拠を置く準大手銀行ファースト・シチズンズ銀行の持株会社であるファースト・シチズンズ・バンクシェアーズ(以下、FCBS、ナスダック証券取引所上場、ティッカー:FCNCA)の子会社となっている。FCBSは、SVBの買収前は資産規模で全米第30位の銀行だったが、買収後の2024年時点では15位に浮上している。

変わらないSVBの機能

SVB訪問に際しての筆者の関心は、シリコンバレーのスタートアップ企業や起業家、ベンチャーキャピタル(以下、VC)などの「メインバンク」とも呼ばれていたSVBが、FCBSの傘下に入ったことでどう変化したのかという点にあった。
 
結論を先取りして言えば、FCBS本社は、SVBの事業にほとんど介入しておらず、SVBのビジネスは経営破綻前とほとんど変わりない。そして、その背景には、SVBの銀行ビジネスが、世界の技術革新をリードする新興成長企業を次々に生み出す、シリコンバレーの「エコシステム(生態系)」の不可欠な要素となっているという事情があったのである(注1)。

シリコンバレーのエコシステム

シリコンバレーのエコシステムについては、これまで盛んに論じられており、日本でも技術革新を起こすスタートアップ企業を育成するためには、シリコンバレーと同じようなエコシステムを築き上げることが求められるといった主張も展開されてきた。
 
シリコンバレーのエコシステムを構成するのは、①起業家に加えて、②最先端の技術など革新的なビジネスの種を提供する大学、③スタートアップの資金調達を助けるエンジェル投資家やVC、④VCのファンドに資金を提供する年金基金などの長期機関投資家、⑤起業家やVCの活動を支援する弁護士や会計士といった専門職、⑥資金供給と経営支援に重要な役割を果たし買収(M&A)によるエグジット(出口)の提供者ともなる大企業、といった主体である。それらが、有機的に結びつきながらスタートアップの成長を支える仕組みが、エコシステムの具体像として紹介されてきた(注2)。最近では、これらの主体に加えて、政府の政策もスタートアップエコシステムの形成に重要な役割を果たしているといった指摘もなされている(注3)。

十分に認識されてこなかった商業銀行の位置づけ

シリコンバレーのエコシステムを論じた文献には、通常、商業銀行は登場しない。商業銀行が、預金やクレジットカード、住宅ローンの提供などを通じて、起業家個人の金融ニーズを満たしたり、スタートアップ企業の日常的な資金繰りを支えたりすることは想定されていただろう。しかし、それだけであれば、シリコンバレーに特有な話ではない。あえてエコシステムの一部として位置づけるまでもないと考えられていたのではないだろうか。
 
SVBの経営破綻も、単にスタートアップ企業やVCの多くが取引口座を有するシリコンバレーの地場銀行が破綻したという事件と受け止められたのではないか。もちろん、シリコンバレーの多くのプレーヤーが取引関係を有していた以上、短期的には混乱を生むかも知れないが、エコシステム全体を左右するような出来事という捉え方は、少なくとも外部の観察者の間では一般的ではなかったのではないだろうか。筆者も、今回の訪問までは、そのような認識であった。
 
これに対して筆者が面会したSVBの実務部隊の幹部は、SVBという銀行が、シリコンバレーのエコシステムの中で、いかに特別な役割を担っているかを力説した。それは単にSVBが本社オフィスを構える Sand Hill Road にクライナー・パーキンスやセコイア・キャピタルを初めとする著名VCがオフィスを連ね、かつてはマイクロソフトのシリコンバレー・オフィスも置かれていたとか、数多くのVCやスタートアップ企業を顧客として抱えているといったことだけによるものではない。

ベンチャー・デットの意義

SVBが提供する金融商品・サービスの中には、スタートアップ企業の成長段階やVCのニーズに応じた特殊な仕組みがいくつかある。例えば、ベンチャー・デット(venture debt)である。これは、決してスタートアップ企業に対する事業性の融資といった単純な意味ではない。
 
SVBやその他のスタートアップ向け資金供給を専門的に取り扱う商業銀行が提供するベンチャー・デットは、創業後最初のVC等からの大きな資金調達ラウンドであるシリーズA段階の企業に対して、シリーズA資金調達と同時または終了直後に実行される融資である。SVBの場合、融資金額は概ねシリーズAでの資金調達額の3分の1までとされる。例えば、シリーズAでの調達金額が3千万ドルであれば、1千万ドルの融資が実行される。
 
ベンチャー・デットは、事業成長の過程で得られた余裕資金やシリーズBでの資金調達によって返済されることが想定されている。シリーズA以前の段階では、スタートアップ企業は本格的な事業化へ向けた研究開発や投資に専念しており、ベンチャー・デット実行に際しての審査は、通常の融資のように担保資産やキャッシュフローに着目したものではなく、事業の成長とシリーズB資金調達による返済能力の高さに着目したものになるという。そこではinvestor mix (誰が投資しているか)が最も重要な審査基準となるため、多くのVCファンドのgeneral partner(GP)との取引関係を有し、ファンドのlimited partner(LP)も知っているSVBが強みを発揮できるのである。
 
SVBのベンチャー・デットは、原則として、シリーズAの次の資金調達ラウンドであるシリーズB以降の企業には提供されない。もっとも、ベンチャー・デット債権を回収した後も、SVBとスタートアップ企業との関係が失われるわけではない。シリーズBの資金調達を実施する企業は、通常、純粋な開発の段階から売上げが発生する段階へと移行しているので、シリーズB調達以降は、売掛金債権を担保とする与信枠の提供といった形で、SVBによる資金供給が行われることになるという(注4)。
 
スタートアップ企業から見たベンチャー・デットのメリットは、シリーズBの実施時期を3か月から9か月くらい先延ばしすることが可能になることである。健全な成長過程にあるスタートアップ企業であれば、次の資金調達ラウンドとの間隔が大きければ、次のラウンドでの評価額(株価)をシリーズA段階よりも大幅に高くすることが可能となる。従って、スタートアップ企業は、ベンチャー・デットを利用することで、それなしでシリーズBのラウンドに進む場合よりも、新株発行による希薄化効果を抑えながら事業資金を確保することができるのである。

キャピタル・コール・ラインの意義

スタートアップ企業向け融資だけでなく、VCファンド向け融資においても、特徴ある仕組みが提供されている。例えばキャピタル・コール・ライン(Capital Call Line)である。
 
一般にVCファンドでは、ファンドへの投資家であるLPが出資を約束した金額の全額が、ファンド設定時に払い込まれるわけではない。ファンドの新たな投資機会が現れると、GPが、新規投資の必要資金を集めるために、出資約束金額の範囲内でキャピタル・コールを行って、LPによる払込みを求めるのである。
 
しかし、GPがキャピタル・コールを行ってから実際の資金が集まるまでにはかなりの時間差があり得る。他方、投資機会が有望なものであればあるほど、新規投資の払込み期限までの時間は短くなる。そこで、LPによる払込みとファンドによる払込みのタイミングのずれを埋めるために、一時的な資金提供を即時に実施するのがキャピタル・コール・ラインである。
 
キャピタル・コール・ラインの実行にあたっては、ファンドのLPがどのような属性か、十分に信頼できる投資家なのかどうかという点が最大の審査ポイントになる。SVBによれば、一般的に、LPとしての信頼度が最も高いのは年金基金であり、財団や大学基金(university endowment)などがそれに次ぐ。一方、政府系ファンドは政治の動向に左右されやすく、事業会社や事業会社が設立したコーポレート・ベンチャーキャピタル(CVC)は経営者の判断で動きが大きく変わるので、それほど信頼度は高くない。最も信頼度の低いLPとみなされるのは、資金の流動性という面でリスクが大きいファミリー・オフィス(超富裕層の資産の自家運用ファンド)だという。

エコシステムの重要な要素であるSVB

SVBが提供する特徴ある金融商品・サービスは、以上の二つだけに尽きるものではない。SVB自身は、シリコンバレーのエコシステムにおける自らの位置づけをVCや年金基金等といった資金供給者ではなく、弁護士や会計士と同列のサービス・プロバイダーだと認識している。
 
サービス・プロバイダーとしてのSVBの重要性は、2023年の経営破綻時に顧客である数百のVCが政府当局に対してSVBの救済を嘆願したというエピソードにも表れている。また、スタートアップ企業への金融サービス提供という点ではSVBの競争相手であるフィンテック・スタートアップのブレックス(Brex)が(注5)、破綻直後のSVBに多額の資金を預け入れたことからもシリコンバレーのエコシステムが十全に機能するためにはSVBの存在が不可欠だという関係者の認識がうかがわれるだろう。
 
念のために言えば、SVBが提供する特徴的な金融商品・サービスのすべてが同行の専売特許のようなものというわけではない。SVB以外にも、前述のブレックスを含め、スタートアップ企業や起業家、VCといったプレーヤーを主要な顧客ターゲットとする金融機関は存在する。とはいえ、シリコンバレーにおけるSVBの存在感は大きく、一般の商業銀行が提供しない、かつスタートアップ企業やVCファンドとの密接な関係なしには合理的に提供できない金融商品・サービスを提供することで、シリコンバレーのエコシステムを支える不可欠な金融インフラとなっていることが理解できるのではないだろうか。
 

(注1)ちなみに、現在は「エコシステム」という表現が一般的だが、かつては同様に「生態系」を意味する「ハビタット」が用いられていた。cf. Chong-Moon Lee, William F. Miller, Marguerite Gong Hancock & Henry S. Rowen, The Silicon Valley Edge: A Habitat for Innovation and Entrepreneurship, Stanford University Press, 2000.

(注2)宍戸善一=ベンチャー・ロー・フォーラム(VLF)編『ベンチャー企業の法務・財務戦略』商事法務(2010)第3章第4節、第5節(ジョン・ササキ、アレン・マイナー執筆)、岸本千佳司「シリコンバレーのベンチャーエコシステムの発展:「システム」としての体系的理解を目指して」アジア成長研究所Working Paper Series Vol. 2018-03(2018)参照。

(注3)村山京子「シリコンバレーとニューヨークから学ぶ、スタートアップエコシステム」知的資産創造31巻11号44頁(2023)参照。

(注4)SVBによれば、シリーズBでの資金調達に成功してもシリーズCを実施するまでに破綻する企業も多いので、ベンチャー・デットの提供は、原則としてシリーズA企業に限定するのだという。

(注5)2026年1月、米国の大手金融持株会社キャピタル・ワン・フィナンシャルは、ブレックスを51.5億ドルで買収すると発表した。2026年半ばには買収が完了する見込みである。

プロフィール

  • 大崎 貞和のポートレート

    大崎 貞和

    未来創発センター

    

    1986年に野村総合研究所入社後、1987年以降、経済調査部資本市場研究室、資本市場研究部等で内外資本市場動向の調査研究に従事。 政府審議会委員等の公職を務めた経験を有し、現在は大学でも教育研究活動にも携わるほか、日本証券業協会の自主規制機関としての活動にも参画している。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。