執筆者プロフィール
産業ITコンサルティング二部 安 伸樹:
2012年野村総合研究所入社。不動産業界を中心としたDX中期計画・戦略策定及び実行支援、スマートシティ・スマートビルにおけるICT構想・計画策定・導入支援が専門。
はじめに
野村総合研究所 産業ITコンサルティング二部の安伸樹です。主に不動産業界のDX戦略・中期計画策定や、スマートシティ・スマートビルの領域でのICT構想・計画策定・導入支援の活動を行っています。
昨今、不動産業界においてデジタルによる社会課題解決やより新しい価値提供のために、建物・設備とデジタルを組み合わせたスマートビルの取り組みが求められています。スマートビルではさまざまな設備とシステムを連携することで多様なユースケースを実現しますが、その連携ハブとして中核的な役割を果たす「ビルOS」(建物OSともいう)に注目が集まっています。しかしながら、これまで「都市OS」や「街区OS」といった基盤についてはスマートシティなどの文脈で比較的広く認知されている一方、「ビルOS」についてはまだそれほど認知が深まっていないと感じます。そこで今回は、「ビルOS」に焦点を当て、不動産デベロッパーのビル事業部門のご担当者やDX部門のご担当者に向けて、その特徴や導入に当たっての論点についてお話したいと思います。
ビルOSとは何か
ビルOSとは、ビル設備に関わる様々なデータを収集・蓄積・連携する機能を備えたソフトウェア/サービスのことを指します。具体的には、以下の3つの機能を有するもので、設備の稼働状況をシステム連携・可視化し、ビル管理業務の効率化・高度化を実現します。また、ビル設備と連動したサービスを提供することによりビル利用者の利便性を向上できます。
- ① 通信仕様変換機能 : ビル設備と外部システム間でデータ連携を可能とするために、通信プロトコル変換等を行い、設備毎の通信仕様の差異を吸収する。
- ② データ管理機能 : ビル設備から収集したデータに属性データを付与等することにより、ビル設備の追加・変更等に対して柔軟に対応できる状態でデータを蓄積・管理する。
- ③ データ送受信機能 : ビル設備と外部システム間でデータの送受信を可能とする。また、外部システムに対してデータ連携のためのAPIを提供する。
このほか、ビル利用者向けの各種サービス群や、設備に関わるデータ以外のデータ送受信機能をもつものもありますが、ビルOSとしての基本機能は上述の3つと考えます。
また、ビルOSと似た概念・言葉として比較的広く認知されている「都市OS」「街区OS」と呼ばれるものが存在します。これらはいずれも特定範囲においてデータ流通機能を担うものですが、相互の対比を行うことで、改めてビルOSの特徴を端的に示したいと思います。
都市OS | 街区OS | ビルOS | |
---|---|---|---|
対象範囲 | 都市内・都市間 | 街区内・街区間 | ビル内・ビル間 |
主に扱うデータ | 都市居住者向けサービスに関するデータ(居住者データ、各種サービスに紐づくデータなど) | 来街者向けサービスに関するデータ(会員データ、各種サービスに紐づくデータなど) | 設備に関するデータ(稼働データ、制御データなど) |
主な導入主体 | 自治体 | デベロッパー | デベロッパー |
主なサービス提供主体 | SIer、ソフトウェアベンダー | SIer、ソフトウェアベンダー | ゼネコン、設備メーカー |
ビルOSによって何が実現できるのか
ビル設備は、個々の設備や外部システム・サービス間で通信仕様が異なっているため、これらを接続させるためには、通信仕様の差異に対応する必要があります。ビルOSは、「通信仕様変換機能」により設備による通信仕様の差異を吸収し、「データ管理機能」「データ送受信機能」によりビル設備と外部システム・サービスとのシームレスな接続を可能とすることで、様々なユースケースを実現します。そのユースケースは、大きく2つに大別されると考えます。
- ① ビル管理業務の高度化・効率化に寄与するサービス
- ② ビル利用者の利便性向上に寄与するサービス
具体的には、以下のようなものです。
① ビル管理業務の高度化・効率化に寄与するサービス
- ・ 設定自動反映 : ビル利用者からの登録内容に応じて、ビルOSを経由してビル設備(空調、入退館設備など)に設定情報を送信し、設備に自動反映される。
- ・ 管理情報可視化 : 設備利用履歴や異常情報をビルOSが収集し、BIツールなどで可視化・分析することで、ビル運営の改善や修繕計画の作成に役立てる。
- ・ エネルギー利用最適化 : ビル設備によるエネルギー利用状況をビルOSが収集し、リアルタイムなエネルギー利用状況に応じてビル利用者の行動変容を促すことで省エネ・脱炭素を実現する。
② ビル利用者の利便性向上に寄与するサービス
- ・ アプリによる遠隔操作 : ビル利用者が、アプリによりビルOSを経由してビル設備(空調、照明など)に制御情報を送信し、操作できるようにする。
ビルOS導入に当たっての論点
ビルOS導入を含むスマートビルの実現に当たっては、考慮すべき様々な論点が存在します。ここでは、特に計画段階で考えておきたい4つのポイントについて紹介します。
① ビルOSの必要性の見極め
ビルOSの導入コスト・ランニングコストは現時点では必ずしも低額とはいえないため、ビルOSの導入が本当に必要かどうかについてしっかり見極めることが重要です。以下に、導入が適しているケースとそうではないケースを示します。
-
●
ビルOSの導入が適しているケース
- 多種多様なユースケースの実現のため、ビル内のさまざまな設備と外部サービスが連携し、連携が複雑となる場合
- 将来的に、接続する設備や外部サービスの増加を想定している場合
-
●
ビルOSの導入が必須ではないケース
- 連携の対象となる設備の種類が限定的で、設備メーカーが外部システムと接続するためのクラウドサービスを提供している場合
- リアルタイム性が求められず特定の周期でデータを取得できれば問題ないユースケースのみの場合
具体的なユースケースを検討する中で、上述のどちらのケースに該当するのかを意識しながらビルOSの必要性を見極めることがポイントと考えます。
② ビルのライフサイクルを踏まえたソフトウェア/サービスの選定
ビルは建設後数十年にわたって運用されるものであり、これは一般的なシステムでは考えられないほど長いライフサイクルとなります。そのため、システムを途中でアップデートすることを前提に、拡張性や互換性を備えたビルOSの選定が必要となります。これらの観点を、不動産デベロッパーからビルOS提供者へのヒアリングにおける重点確認ポイントとして設定し、RFP(提案依頼書)を発出する場合は要求事項・選定基準として明確化することがポイントと考えます。
③ マルチステークホルダーにおける枠組み・体制整備
スマートビルプロジェクトでは、様々なステークホルダーが登場します。ステークホルダーには、ゼネコン、サブコン、設備メーカーといったビルシステムに関わる企業だけでなく、ユーザー向けサービスに関わるSIerやソフトウェアベンダーなども含まれ、これらのステークホルダー間で調整・協議事項や、テストなどにおける協力作業が発生します。このマルチステークホルダー体制においては、統括的に全体管理・調整を担う役割を設定するなど、計画段階で枠組みや体制を整備しておくことがポイントと考えます。
④ 同時並行的にシステム導入が進むことを考慮した計画策定
スマートビルプロジェクトでは、様々なシステムを同時並行的に導入することとなります。どのタイミングでどのシステムを調達し導入を進めていくことがベストかを整理するために、全体計画(スケジュール)を策定しておくことがポイントです。その際に考慮すべき事項として以下のようなものがあげられます。
- ・ 各システムの導入期間 : 新規導入/既存システム転用やシステムの規模によりシステム毎に導入に必要な期間が大きく異なる。
- ・ システム・設備間の調整 : システム・設備間のIF調整や設備の仕様決定などのタイミングとその前後関係の考慮が必要。これにより、導入期間は短いがプロジェクト初期からの参画が必要なシステムが出てくる場合がある。
- ・ テストのタイミング : スケジュールの最後の合流タイミングとして、設備とシステムを連動させたテストのタイミングの考慮が必要。
おわりに
今回は、スマートビルの実現に当たってカギとなるビルOSに焦点を当てて、不動産デベロッパーのビル事業部門のご担当者やDX部門のご担当者に向けて、その特徴や導入に当たっての論点について取り上げました。スマートビルプロジェクトにおいてビルOSを導入する場合、従来のビル管理者/利用者向けシステムの個別導入ではなかった論点が存在します。計画段階でこれらを考慮したプランを検討しておくことが重要です。
スマートビルの実現が進み、複数のビル間でサービスやデータが相互に連携しあうことで、広域での価値創出が可能になると考えます。広域の価値創出として、スマートシティへの取り組みがあります。スマートシティは、現時点では国や行政を中心とした取り組みが多いですが、今後は、不動産デベロッパーがスマートビルを相互に連携させていくボトムアップ的アプローチの動きも増えていくのではないでしょうか。
NRIでは、スマートシティ・スマートビルにおけるICT導入プロジェクトに関して、コンサルティングサービスをご用意しています。スマートシティ・スマートビルの実現に向けてなにかお困りの際は、ぜひご相談ください。
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