はじめに
野村総合研究所 産業ITコンサルティング二部の川口です。主に運輸、通信、電力等のインフラ業界のお客様にコンサルティングを行っています。昨今の資材、人件費の高騰にもかかわらず、運賃・料金の改定には国の認可が必要な場合があり、価格転嫁が容易ではないため、利益確保が年々難しくなっています。インフラ業界は現状を打開するため、サービスや事業の多角化を進めています。今回は、運輸業が空席を活用して売上を拡大している取り組み事例を紹介します。
余剰アセット活用の必要性
運輸業では運賃が認可制になっている場合が多く、単価の値上げが難しく、売上を増やすためには販売数を増やすことが重要です。その方法の一つが、余剰アセット(空席)の有効活用です。余っている座席であれば、原価をあまり増やさずに販売数を増やせます。
運輸業では、利用者の利便性を保つため、必然的に余剰アセット(空席)が発生します。例えば、コロナ禍明けの需要回復後も、航空会社の国内線利用率は2024年度上期でANAは74.2%、JALは74.9%でした。座席数を減らせば、空席は減りますが、乗りたい人が乗れないようでは公共交通機関としての役割が果たせません。そのため、ある程度の余剰は必要となります。したがって、必然的に生じる余剰をいかに有効活用するかが鍵となります。
余剰アセット活用のポイント
余剰アセットの活用には2つのポイントがあります。
1つ目のポイントは、既存のサービス・仕組みと空席を活用したサービスを分けることです。空席が出るからといって、通常の運賃で購入してくれるお客様にも値引き販売をしてしまうと、全体の単価が下がってしまいます。売上は増えても、利益率が下がる可能性があります。そのため、余剰アセットを活用したサービスは、既存のサービスとは別物として提供する方が効果的です。サービスの利用導線を既存サービスと分けたり、マイルやポイントでの交換に限定したりする方法も有効です。
サービスを分けた後は、どのくらいの座席(在庫)が最終的に余るかを予測した上で、余剰アセットを活用するサービスに適正な座席数(在庫)を割り当てます。この割り当て数を見誤ると、通常サービスを利用したい人が使えなくなる恐れがあるため、デジタル技術の活用が重要となります。例えば、JR東日本の「どこかにビューーン!1」であれば、通常サービスの需要をAIで予測することによって、「どこかにビューーン!」向けにどれだけの座席(在庫)を割り当てるかを見極めています。
システム面でも、障害発生時の影響やサービス開始までの期間を考えると、通常サービスを支えるシステムと分けた方が良い場合があります。障害が起きても大きな問題にならないアーキテクチャにすれば、サービス導入時に社内からの同意も得やすくなります。また、既存システムに新サービスのための機能を追加すると、システム改修時のテスト工数が増加し、素早いサービス提供ができなくなります。そのため、新しいサービス向けのシステムは、迅速に立ち上げることができ、サービス終了時にはすぐに閉じられるようなシステム構成とするのが一般的です。日本航空の「どこかにマイル2」の場合も、バックエンドのシステムは共通としつつ、Webサイトの画面は既存の国内線予約サイトからは分離して構築されています。
2つ目のポイントは、企業側の都合を押し付けるのではなく、利用者にとって良いサービスを提供することです。
余剰アセット活用では、どうしても企業視点になりがちですが、常に利用者視点を意識し、利用者に余った座席(余剰アセット)だと感じさせないようにすることが重要です。
そのために、サービス開発時には、利用者が既存サービスとは異なる新たな価値を感じられるかを考える必要があります。運輸業における従来のサービスでは、目的地に「安全に」、「早く」、「快適に」到着することが利用者への価値でした。そのため、安全性は大前提として、速さや定時性、ラウンジサービスの快適さを競ってきました。これに対し、日本航空の「どこかにマイル」やJR東日本の「どこかにビューーン!」やJR西日本の「サイコロきっぷ3」は、行先が分からないという「わくわく感」や「楽しさ」を新しい価値として提供しています。
利用者が従来のサービスとは異なる価値を感じてくれれば、単に値段が安いからではなく、新しいサービスの価値の価値に対して対価を支払ってくれるようになります。これにより、大幅な値引き販売をしなくても空席を有効活用できるようになります。
また、利用者の視点で障壁がないかを確認すべきです。例えば、グループ旅行用のサービスなら、複数人が同時に申込める必要があリます。子供連れの利用者がターゲットなら、子供料金の設定も必要です。「どこかにビューーン!」では、利用者の視点を考慮し、2名以上で旅行をする際には隣席が確保される仕組みになっています。企業の視点では見落としがちなことも、利用者の視点から検討することが重要です。
余剰アセット活用に向けたファーストステップ
余剰アセット活用の最初のステップは、自社の余剰アセットの所在を確認することです。利用状況データを分析して、どこにどれだけの余剰が生じているのかを把握します。余剰が発生する理由まで考えると、新しいサービスのヒントとなることがあります。
次に、利用者のニーズを確認します。単に余っているものをどう売るかではなく、利用者がどのような潜在ニーズを持っているかを理解することが重要です。ニーズの確認には、仮説を立て、利用者観察やインタビューを行うのが一般的です。このとき、技術や事業者の視点ではなく、利用者の気持ち(願望、課題、葛藤)を中心に分析すること良いでしょう。また、子連れ家族や定年退職後の高齢者など、だれをターゲットにするのかもこの段階で明確にします。
ニーズが明らかになったら、余剰アセットを活用したサービスのアイデアを考えます。余剰アセットの状況と利用者分析結果をもとに、実現可能性は一旦置いて、できるだけ多くのアイデアを出します。アイデア出しは、時間を短く区切るのがポイントです。長く考えれば良いアイデアが出てくるものではないため、20分程度を目安にすると良いでしょう。アイデアを出す際は、サービス案をスケッチで表現したり、例えを用いて具体化したりすると、社内外の人にアイデアを伝えやすくなります。複数のアイデアを出した後、絞り込みを行い、どのような形なら実現できるかを検討します。
最後に、余剰アセット活用のアイデアを試します。その際、最初からシステム化するのではなく、まずはアナログな方法で試してみるのも有効です。例えば、ポイントを利用するサービスでは、ポイント減算機能をシステムに組み込むのを急ぐのではなく、少数のポイント交換用の座席(在庫)を確保して、電話で対応するだけでも始められます。
LCCのPeach Aviationでは、行き先がランダムな「旅くじ」をカプセルトイ自販機で販売しました。カプセルの中身は航空券ではなく、航空券購入に使えるポイント引換券で、差額はクレジットカードで支払う仕組みです。「旅くじ」用に新システムを構築するのではなく、既存のポイント制度とカプセルトイ自販機というアナログな仕組みを組み合わせることで、システム開発費用を抑えながらサービスを提供しています。
このようにまずはアナログで試して利用者の声を反映させた上で、何をシステム化すべきかを見極めることが重要です。
余剰アセット活用の高度化
自社単独での余剰アセット活用が成功したら、次は業界を超えた連携によって、余剰アセットの利用価値をさらに高めることができます。例えば、交通機関の空席と宿泊施設の空室を組み合わせることによって、利用者に経済的な価値を提供できることも可能でしょう。一般に、連休の最終日は交通機関が混雑するので高額な料金が設定されます。一方、行楽地の宿泊施設は連休最終日に宿泊する人は減り、安い価格設定となります。この状況を踏まえて、連休最終日に帰るよりも1日延泊した方が、トータルコストではお得だと提案することで、利用者に経済的な価値を提供できます。
2024年6月には、東急、ソラシドエア、スターフライヤー、JR九州、ニッポンレンタカーサービスの5社が、「九州・沖縄 オフピーク旅促進プロジェクト」を共同で立ち上げました。東急の「TsugiTsugi4」と航空券、鉄道乗車券、レンタカーを組み合わせて、混雑のない快適で満足度の高いオフピーク旅の需要創出を目指しています。このように、業界を超えた余剰アセット活用の取り組みも始まっています。
まとめ
今回は、運輸業の余剰アセット(空席)活用をテーマに、主にサービス開発の方法について解説しました。
余剰アセット活用は、運輸業が業界における競争力を高める上で避けては通れない重要なテーマです。まずは、アナログな手法でも良いので、最初の一歩を踏み出してみてください。
- 1JRE POINTポイントで、JR東日本の新幹線停車駅47カ所からランダムに選ばれた4つの駅の「どこか」に行ける、JRE POINT特典チケット(新幹線eチケットサービス)の往復チケットをお申込みいただけるサービス。
- 2一律7,000マイル(往復)で4つの行き先候補からランダムに選ばれた行き先の往復特典航空券と交換できるサービス。
- 3サイコロの出た目の駅によって旅の行き先がランダムに決まる企画乗車券。
- 4宿泊施設において事業構造上生じてしまう曜日偏重や季節変動性などによる未稼働客室を、利用者が曜日やシーズンを問わず全国を回遊して利用することで未稼働客室を埋めるというコンセプトのサービス。
プロフィール
-
川口 洋平のポートレート 川口 洋平
産業ITコンサルティング二部
運輸業の情報システム部門を経て、2018年に野村総合研究所に入社。運輸・通信・電力等公共性の高いインフラ業界の新サービス立ち上げ、システム化構想、実行支援を中心としたコンサルティングに携わる。
-
森崎 慶太のポートレート 森崎 慶太
産業ITコンサルティング二部
2009年に野村総合研究所に入社。事業変革・業務改革を伴うシステム化構想・計画、実行段階におけるユーザ支援・PMO支援など多数のプロジェクト実績を有する。不動産・運輸業界を中心としたコンサルティンググループのグループマネージャー。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。