多くの企業がDX推進に取り組みつつも、事業貢献につながる成果創出に苦心している現状があります。本連載の第1回では、日本企業がDXの成果創出に苦戦している現状と、その課題解決の手段として戦略的ITポートフォリオマネジメント(SPM)の概要をご紹介しました。第2回では、SPMの具体的な活動内容と導入ステップをお伝えします。
前回は、日本企業のDX成果創出における課題と、その解決手段としての戦略的ITポートフォリオマネジメント(SPM)の概要を紹介しました。今回は、SPMの実践に向けた具体的な活動と導入ステップについて解説します。
SPMの活動内容
SPMの活動は以下A~Dの4つで構成されています(図表1)。各活動の概要とポイントを順に解説します。
図表1:SPM活動全体像
A.ポートフォリオ全体像整理
本活動は、自社のIT/DX戦略やIT中期計画の策定のタイミングに合わせて3~5年サイクルで実施します。経営・事業戦略や財務目標の達成に貢献するIT/DX施策を体系的に整理し、ポートフォリオの全体像を明確化します。
具体的には、IT/DX戦略とIT中期計画で策定した施策、課題、テーマなどをポートフォリオとして定義し、ポートフォリオごとに投資区分、期待効果(定性的、定量的)、想定投資額、マイルストーンを設定します。この活動により、経営・事業戦略、IT/DX戦略およびIT中期計画、ITポートフォリオが連動し、自社のIT/DX投資の全体像を可視化できます(図表2)。
図表2:ポートフォリオ全体像の整理イメージ
またポートフォリオ全体像の整理に合わせて、ポートフォリオの投資区分および評価指標も整理します。一般的なIT投資では投資対効果(ROI)などの財務指標が重視されますが、このような財務指標のみの評価では、DX推進に必要なテクノロジー人材の育成や組織変革といった、中長期な組織能力向上のための定性効果(※)を狙った投資が見送られる、もしくは投資額が縮小されるケースが多く見られます。こうした事態を防ぐため、あらかじめ投資区分を定め、区分ごとに定性的・定量的な期待効果を使い分けることで、バランスの取れたIT/DX投資を進めることができます(図表3)。
- ※DX推進における中長期的な組織能力獲得に向けた投資の重要性については、「ダイナミックケイパビリティ強化視点でのDX投資(知的資産創造2024年11月号)」を参照ください。
図表3:ポートフォリオ投資区分と評価指標(例)
B.ポートフォリオ実行計画具体化
本活動は通常、年度予算策定などのタイミングで実施します。予算計上した各プロジェクトとポートフォリオを紐づけ、ポートフォリオの実行計画を具体化します。これにより、各プロジェクトが経営・事業戦略の目標達成に貢献しているか、またポートフォリオ単位での投資構成が意図したものになっているかを明確にします。
ポートフォリオとプロジェクトの紐づけにあたっては、ポートフォリオの期待効果を算出する計算式(メトリクス)を定義し、KPI(重要業績評価指標)を分解して、各KPIに関連したプロジェクトを洗い出すことで整合性の取れた実行計画を策定できます(図表4)。実務上は、各プロジェクトで個別に整理した期待効果を積み上げてポートフォリオの期待効果とするケースも多いため、トップダウン、ボトムアップの両面からポートフォリオとプロジェクトの紐づけを確認することが重要です。
図表4:期待効果の分解とプロジェクト一覧の整理イメージ
また、上記の整理後、ポートフォリオ別に期待効果と累積投資額を集計するとともに、ポートフォリオの投資区分別に投資比率を可視化します。これにより、意図した予算比率になっているかを確認し、必要に応じて予算配分の見直しを検討することも可能になります。このような分析を通じて、年度の予算策定に合わせてポートフォリオ単位での実行計画を具体化します(図表5)。
図表5:ポートフォリオを活用した予算配分の検討(例)
C.ポートフォリオモニタリングと評価
本活動では、策定した各ポートフォリオの進捗と効果について、月次/四半期/半年といったサイクルでモニタリングを行い、効果創出に向けた継続的な改善アクションを進めていきます。例えば、あるポートフォリオが当初の期待効果を下回っている場合、まず予め定めた投資区分別の評価指標に基づき、配下のプロジェクトの効果について、各種グラフなどでプロジェクトスケジュール・投資額・ROIなどの推移を可視化・分析します(図表6)。分析の結果、一部のプロジェクトで期待効果を下回り、今後も改善の見込みがない場合には、そのプロジェクトのスコープやリソースの縮小、場合によってプロジェクト中断といった判断を下します。そして次年度の予算策定に向けて新たなプロジェクトの立上げを検討するといった改善アクションを実施します。さらに、【A.ポートフォリオ全体像整理】の活動においても、このモニタリング結果を活用し、ポートフォリオ構成の見直しを行います。
図表6:ポートフォリオモニタリング(例)
また各ポートフォリオの配下には実行フェーズにあるプロジェクト、運用フェーズにあるプロジェクトの両方が含まれています。モニタリングにおいては、実行中のプロジェクトは無理に効果を測定する(例:プロジェクトの進捗を効果に換算するなど)のではなく、実行フェーズは「効果創出に向けた準備状況(レディネス)」として進捗をモニタリングし、運用フェーズにあるプロジェクトについては投資対効果をモニタリングするなど、使い分ける必要があります(図表7)。
図表7:プロジェクトフェーズに応じたモニタリング対象の使い分け
D.ポートフォリオガバナンス
本活動では、SPMのプロセスを支える運営ルール、運営組織、ITシステム等の管理プラットフォームを設計します。この活動において特に重要なのが運営ルールと運営組織の設計です。運営ルールでは、SPMの活動に関するポリシーやガイドラインなどの規定化を通じて、一連の活動サイクルを定めます。また、運営組織の設計では、実際のSPMに関する活動を行う各種会議体や、各ポートフォリオの実行責任者などの役割や責務を定義します。これらのルールをあらかじめ定めておくことで、組織内においてSPMプロセスの浸透と継続的な実践が可能となります。
SPMの導入ステップ
次に、SPM導入に向けた具体的な活動ステップを紹介します。SPMの導入は組織全体に大きな影響を与える変革となります。組織への浸透・定着を進める上では、小規模なトライアルを通して自社の固有事情や組織文化を反映させたSPMプロセスを作成し、それを順次展開する段階的な導入を推奨します。またトライアルに先行して、SPMの運営ルールなどのガバナンス設計、事業部門の巻き込みなども重要となります(図表8)。IT・DX投資の最適化を主目的とするSPMは、一般的にはIT・DX部門が主導することが多く、本稿ではこのケースを前提として各ステップの概要を解説していきます。
図表8:SPMの導入ステップ(IT・DX部門が主導するケース)
①IT投資・プロジェクト情報の棚卸と課題の整理
SPM導入検討の第一歩として、現在進行中および計画中のIT投資やプロジェクトに関する情報を収集・整理します。この過程では現在のIT投資額、投資目的、期待効果、進捗状況などのファクト情報を収集し、自社の状況を俯瞰的に整理することが重要となります。また収集したIT投資・プロジェクト情報を分析し、自社事業・IT戦略との不整合案件の割合や投資対効果が不明確なプロジェクトの比率などの現状課題の洗い出しを行い、次ステップで行う事業部門との対話準備を進めます。
②事業部門の巻き込み
SPMの運用・定着には事業部門の積極的な参加が不可欠です。①で収集・整理したIT投資・プロジェクトに関するデータ、および現状の課題を事業部門のリーダー層と共有し、対話を進めます。IT・DX部門と事業部門が課題意識を共有することで、自社におけるSPM導入の必要性を醸成し、活動推進に向けた合意形成を図ります。
③SPMガバナンス設計
図表1に記載した活動のうち【D.ポートフォリオガバナンス】については、トライアル実施前に綿密な検討・整理が必要です。この準備段階で、SPM運営の基盤となる各種ルールやフレームワークを確立します。具体的な検討項目との一例としては、以下が挙げられます:
- SPM年間活動サイクル: 予算策定プロセスと連動したポートフォリオの策定時期、四半期ごとのレビュータイミングなど、年間を通じた活動スケジュールの設計
- ポートフォリオの区分と評価軸: 具体的なポートフォリオの区分(「戦略型」「業務効率化型」「維持・運用型」など)と、各区分に沿った評価軸の定義
- 役割分担マトリクス: 事業部門責任者、IT部門責任者、PMO、経営層など各ステークホルダーの責任範囲明確化
また、このガバナンス設計段階で、SPMトライアルで使用する標準フォーマット(ポートフォリオ申請書、ポートフォリオ可視化テンプレートなど)を事前に整備しておくことで、次のステップ「④SPMトライアル」活動がスムーズに行えるようになります。
④SPMトライアル
ガバナンス設計後、特定の部署やポートフォリオを対象とし、図表1のA~Cにあたるポートフォリオ全体像整理、実行計画具体化、モニタリングと評価など一連の活動のトライアルを実施し、有効性と実行実現性を検証します。自社の予算策定時期に合わせてトライアルを開始し、その後半年程度継続することが望ましいです。本トライアルを経て、自社におけるポートフォリオの評価指標、入力項目、活動サイクル、事業部門などステークホルダーとの役割分担などに関するブラッシュアップを行い、本格展開に備えます。
⑤SPM本格運用
トライアルを通じてブラッシュアップしたSPMプロセスとガバナンスの本格運用を開始します。過度な運用負荷を抑えるため、事業部やグループ会社などのまとまった単位で段階的に展開します。また、SPMのプロセスを支えるITツールの導入などについても、本格展開前に検討・導入しておくことが望ましいです。本格展開後も、定期的にSPMに関する活動の改善を行い、自社の状況により適したSPMの設計を継続的に進めることが望ましいです。
まとめ
本稿では、DXの事業貢献を加速させるマネジメント手法であるSPMについて、その活動全体像と導入ステップを解説しました。
SPMの導入により事業貢献度合を重視したIT資源配分を実現し、経営・事業戦略との整合性を重視したDXの推進が可能となります。しかし、SPMの運用を組織に定着させるにはIT・DX部門の活動に加え、事業部門側の積極的な協力が必要となります。SPMの実践を通じて両部門が協働する組織文化を醸成し、デジタルを活用したビジネス価値創出に組織全体で取り組むことが、真のDX成功への道筋となるでしょう。
プロフィール
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佐竹 真悟のポートレート 佐竹 真悟
ITマネジメントコンサルティング部
2008年に野村総合研究所に入社。公共系の業務改革・プロジェクトマネジメント支援業務に従事。
2016年に日系製造業のAPAC地域統括法人へ出向し、APACのIT戦略策定、SAP導入プロジェクトマネジメントを経験。
現在は、幅広い業界を対象にITマネジメントコンサルティング業務に従事。
専門分野は、DX戦略立案・推進支援、グローバルITマネジメント改革。 -
湯峰 達也のポートレート 湯峰 達也
ITマネジメントコンサルティング部
国内SIerにて会計領域におけるシステム開発や業務コンサルティングの業務経験を経て、2017年に野村総合研究所に入社。製造業や建設業を中心にDX戦略立案~システム化構想、デジタル変革に伴う伴走支援などのコンサルティング業務に従事。専門分野は、DX推進支援、システム化構想・計画策定、プロジェクトマネジメント。
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長崎 雄貴のポートレート 長崎 雄貴
ITマネジメントコンサルティング部
メーカー系SIerにて製造業向けの基幹システム(ERP)、製造管理システム(MES)を中心とした技術営業、業務改革コンサルティング、PMOなどに従事。2024年に野村総合研究所入社以降、様々な業界を対象にITマネジメントコンサルティング業務に従事。専門分野はITファイナンス、システム化構想・計画策定、実行支援。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。