
はじめに
近年、企業の競争力を強化するには、経験や勘ではなく、データという客観的な根拠に基づいた意思決定を行うことが求められています。しかし、データに基づく意思決定を実現するには、正確で最新のデータを確保するだけでなく、機密度に応じたデータ分類や利用ルールの整備、部門を超えたデータ連携の仕組みなど、データ環境全体を適切に整備する必要があります。こうした背景から、データを資産として適切に管理・活用し、その品質と利用環境を維持・向上させるデータマネジメントの重要性が一層高まっています。
しかし現場では、データマネジメントの意義や全体像を踏まえた明確な指針がないまま、目の前の課題対応に追われ、場当たり的な取り組みに留まっているケースが多く見受けられます。具体的には、全社的なルールやプロセスが整備されていないまま、部門ごとにバラバラなデータマネジメントの仕組みを構築することで、目の前の課題には対応できても、他部門での活用や横断的なデータ利用が困難になり、データ活用の効果が限定的になってしまいます。さらに、各段階での必要な準備や検討が不足することで、データマネジメントが十分に機能しない事態に陥ります。このような事態を回避するには、一定の全社的なガバナンスの下でデータマネジメント活動を実施することが必要であり、個社のデータマネジメント活動のあるべき姿に基づき、段階的に整備していくことが重要です。
そこでNRIでは、データマネジメントを着実に整備するための指針となるロードマップを作成しました。本稿は、経営層から全社データマネジメントの立ち上げを指示された新任担当者や、すでに取り組んでいるものの思うように進まず悩んでいる担当者に向けて、段階的なアプローチを解説するものです。
データマネジメント活動のよくある失敗例
実際に、明確な指針を持たないまま取り組みを進めた結果、以下のような具体的な失敗例がよく見られます。
①データマネジメント導入やデータ基盤構築自体が目的化している例
本来は、データ活用で何を実現したいか(データ活用構想)、データ活用で目指す姿に対してデータ環境はどうあるべきか(データマネジメント構想)、データ環境づくりのための基盤はどうあるべきか(データ基盤構想)という順序で検討すべきです。
しかし、この道筋がないままデータ基盤整備を進めると、基盤導入自体が目的化し、データソース側が目的不明のままデータ提供を求められることになります。
その結果、関係部門の協力が得づらくなり、基盤構築プロジェクトの遅延や本来実施したかったデータ活用の停滞を招くリスクが高まります。
②最低限のルール整備や役割分担がなされていない例
本来は、最低限のデータ収集ルールやマスタ管理を全社で整備したうえで、各部門のシステムやデータ基盤を構築すべきです。また、全社・各部門の責任範囲(データスチュワード、データエンジニア等)を明確にしたうえで運用を開始すべきです。
しかし、こうしたルールや役割分担が整備されないまま、各部門が独自にシステムやデータ基盤を構築すると、全社的なガバナンスが効かないデータ環境が乱立します。また、責任範囲が不明確なまま運用を続けると、担当者ごとの判断や経験に依存した属人的な活動になります。
その結果、本来同じ意味であるべきデータでも、部門ごとに定義や管理方法が異なり、一貫性が失われます。例えば、顧客IDが部門ごとに異なるマスタで管理されているケースでは、同一顧客が別人として扱われるため、LTVや再来訪率、解約率などの分析結果が歪み、誤った施策判断を招きます。また、トラブル発生時には場当たり的な対応に終始してしまいます。例えば、データ廃棄の責任範囲が明確でない場合、利用者から個人情報の廃棄依頼が来た際に、廃棄漏れが発生したり、スムーズな廃棄が困難になったりします。
③データ利活用のニーズやユースケースが不明瞭なままカタログを導入している例
本来は、データ活用者、データサイエンティスト、データエンジニア等のカタログへのニーズやユースケースを収集し、必要なメタデータを洗い出して整理したうえで、あるべきカタログの姿を定義し、カタログツールを選定・導入すべきです。
しかし、目的や管理すべきメタデータが曖昧なまま、データカタログ等の導入だけが先行すると、ユーザー部門の利便性や実業務のニーズと乖離してしまいます。
その結果、カタログのゴーストタウン化現象(ツールが活用されなくなり、メタデータの品質管理も形骸化している現象)が生じてしまいます。
④データマネジメント活動の効果測定がなされず予算や活動が縮小する例
本来は、データマネジメント運用開始後、活動の成果や改善効果を測定する指標(KPI)や、利用部門のニーズ変化を継続的に把握する仕組みを整備すべきです。
しかし、こうした効果測定の仕組みが整備されていないケースが多く見られます。その結果、データ品質の改善状況や、データ流通量・利活用件数の増加といった、本来可視化できるはずの効果が把握されないまま運用が続いてしまいます。
効果が数値や具体的な業務改善事例として示されない状態では、「この活動によって何が良くなったのか」「なぜ継続的にコストや工数をかける必要があるのか」といった社内からの問いに対して、十分な説明ができません。特に、経営層や予算決裁者に対しては、データマネジメント活動が事業成果や意思決定の高度化にどのように貢献しているかを示せないため、投資対効果が不明瞭な活動と見なされ、予算や活動が縮小してしまいます。
データマネジメントのロードマップ
NRIでは、データマネジメント活動の成熟段階を4段階に整理し、それぞれの段階で何を検討・整備すべきかをロードマップとして体系化しています。
このロードマップは、ガバナンス(守りのルールやプロセス)だけでなく、目指すべきデータ活用の姿からデータマネジメントのあるべき姿を逆算して整理するといった「攻め」と「守り」の両面を持ったNRI独自ロードマップとなっています。多くの企業では、活用を意識せずにルールが厳しくなった結果、現場でデータ活用が進まない、あるいは構築したデータ基盤が使われないという問題が発生しています。NRIのロードマップでは、こうした失敗を未然に防ぐよう設計されています。
このロードマップを活用することで、前章で紹介したよくある失敗例を防ぎ、段階に応じた適切な対策を講じることが可能です。これから新たにデータマネジメントの検討を始める場合は、ロードマップに沿って一つずつ活動を進めていくことで、着実に適切なデータマネジメントを実現できます。一方、すでに取り組みを始めているものの検討が思うように進まない場合は、ロードマップをチェックリストとして活用することで、これまでの検討の実施状況を確認し、自社の現在地を把握できます。各段階の検討にあたっての留意点について解説します。

①立ち上げ期:全社的な方向性の策定
立ち上げ期は、企業のDXビジョンやIT中長期計画と整合を取りながら、全社のデータマネジメントの対象範囲や目的・ゴールを明らかにし、ゴールから逆算した中長期的な計画を策定する段階です。
データマネジメントは導入してもすぐにデータ活用の成果につながりづらい活動のためです。そのため、今あるデータを使いデータ活用をすることで足元の成果を求めることも重要ですが、全社のデータマネジメントの目的・目指す姿を明らかにすることで、中長期的な視点で合意形成を取ることがデータマネジメントの活動では、重要です。また、社内外のデータや利害関係者が多岐にわたり、活動の合意形成の難易度も高いことから、目的や目指す姿から経営層レベルで合意し、全社で方向付けをすることで、後のステップで関係者の協力を得やすくなります。社内で本活動を進める場合は、本ステップ1歩目として、現時点での関係者とデータマネジメント活動を実施することで得られるデータ活用の効果やその効果を得るために社内データがどんな状態にあるべきかといった整理から検討すると合意形成もしやすくなります。
②試行・導入期:基本的なルールとプロセスの整備
試行・導入期は、立ち上げ期で定めた方向性に基づいて、全社のデータや基盤・ツールを正しく利用するための最低限のルールとプロセスを整備する段階です。
データマネジメントで実施すべきことは非常に多岐にわたります(NRIでは12の機能に整理)。すべてを一度に実施するのは困難であり、一度に大きな投資をしてもすぐに効果が出づらいリスクがあります。また、ルール整備に時間をかけすぎると、実際の運用開始が遅れ、現場のニーズとの乖離が生じる恐れがあります。そのため、完璧を求めるよりも、まずは最低限のルール・プロセスを構築し、実際に運用を開始することに重点を置き、小さく始めて実運用の中で改善していくアプローチが重要です。
まずはデータ収集、提供、廃棄といった最低限のデータライフサイクルマネジメント(データ流通管理)から始め、段階的にルール・プロセスを整備していきます。この段階では、データ収集を試行的に行いながら、個社ごとに必要なルール・プロセスを段階的に整備し、データ基盤に求めるニーズを集めていきます。
この段階を適切に実施することで、必要な基盤の姿や現場のデータ利活用に即したデータマネジメントのルール・プロセス整備が可能になります。その結果、次の段階でデータ活用の範囲を拡大できる土台が整います。
③機能拡充・成長期:データ活用の拡大とガバナンスの拡充
機能拡充・成長期は、横断的なデータ活用企画やデータ活用の民主化(より多くの社員がデータを活用できる環境づくり)を推進し、それに伴ってデータガバナンスの範囲も拡充する段階です。
試行・導入期で最低限のルール・プロセスが整備されたことで、データ活用の範囲を拡大できる土台が整います。利用者が拡大するとデータマネジメントのガバナンス範囲も広くなるため、この段階でガバナンス機能の拡充が必要になります。
データ活用の文化醸成や利活用推進等の機能を拡充していきながら、収集データの拡充、利活用者の拡大(データサイエンティストだけでなく、一般社員にも普及させる)を進めます。具体的には、カタログ導入などの部門を超えたデータ共有の仕組みづくりや全社的なセキュリティポリシーの整備などが含まれます。また、試行・導入期に設定した廃棄ルールの実行フェーズにも入ります。
試行・導入期に整備した最低限のルール・プロセスを土台として、横断的なデータ連携や分析、そしてガバナンスを利かせた形でのデータ活用の民主化を進めることが可能になります。その結果、「一部の専門部署だけがデータを扱う状態」から脱却し、全社的にデータを共有・活用する文化が醸成されます。
④成熟・高度化期:継続的改善と高度化の実現
成熟・高度化期は、ある程度のデータマネジメント機能が網羅されており、データマネジメントのKPI(データ収集依頼から提供までのリードタイム、データ品質、データ活用テーマ数、利用者数等)が設定され、それを基に改善サイクル(PDCA)が継続的に回っている段階です。
データマネジメント活動を継続的に価値あるものとして維持するには、活動の効果を定量的に示し、ビジネス環境や技術トレンドの変化に対応し続ける必要があります。この段階では、自律的な改善サイクルの確立が重要になります。
データマネジメントのKPIや利用者のニーズ・課題(例えば、集計表のキーがバラバラかつ各部で集計結果が異なるといったデータ一貫性の課題等)をモニタリングし、改善活動を回します。技術トレンドや利用者ニーズを踏まえたデータ環境、データ基盤の改善も継続的に行われます。PDCAを回す中で技術的なシーズも把握し、生成AIやMDM(マスターデータマネジメント:顧客情報や商品情報などの基幹データを一元管理する手法)等の最新技術をデータマネジメント業務に取り入れていきます。例えば、データカタログのメタデータ抽出を生成AIに代替させたり、根本的なデータ品質課題にアプローチするためにMDMを検討したりします。
データマネジメントのKPIを設定し、PDCAサイクルを回すことで、データ品質や活用状況を定量的に把握しながら、継続的な改善を実施できます。最終的には、技術トレンドやビジネス環境の変化にも柔軟に対応できる自律的なデータマネジメント組織が形成され、データが企業競争力の源泉として機能する状態を実現できます。
おわりに
データマネジメントは、目の前の課題に対する場当たり的な対応を積み重ねるだけでは、本質的な効果を得ることはできません。本記事で紹介したロードマップを活用して自社の現在地と成熟度を正しく把握し、段階を踏んで着実に取り組むことが成功への近道です。
また、データマネジメントを推進する際には、単独で進めるのではなく、整備されたデータを活用して成果を生み出す取り組みや、それを支えるデータ基盤のあり方と一体的に検討することが重要です。こうした統合的なアプローチにより、個別の活動がバラバラにならず、全社的なデータ活用の成果と投資対効果を最大化することができます。
NRIでは、各社の検討状況や課題に合わせたロードマップの策定支援から、具体的な実行支援まで幅広く対応しています。自社の現在地を正しく把握し、効果的なデータマネジメントを推進したいとお考えの方は、ぜひお気軽にご相談ください。
プロフィール
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大蔵 惣一朗のポートレート 大蔵 惣一朗
サービスデザインコンサルティング部
2019年 プラントエンジニアリング会社に入社。データハブ開発やデータを活用したプロジェクト管理業務の経験を経て、2023年にNRI入社。専門は、データ基盤を中心としたシステム化構想・計画、データ利活用・データマネジメント支援などコンサルティング業務に従事。一般社団法人 データマネジメント協会日本支部 理事。
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川口 正太郎のポートレート 川口 正太郎
サービスデザインコンサルティング部
2018年NRIに入社。専門は、データ利活用組織の立上げ・運用支援、データマネジメント機能の立上げ導入支援、 データ活用の人材育成に従事。
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傅 櫻のポートレート 傅 櫻
サービスデザインコンサルティング部
2018年NRIに入社。専門は、データを活用した事業・マーケティング戦略策定、業務変革、および、それらの実行支援。データ基盤含むシステム化構想、データマネジメント支援業務にも従事。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。