
レガシーシステムを刷新しても「はたして企業経営に効果をもたらしたのか」と自問する経営層が少なくありません。システム刷新はあくまで出発点であり、その先のデータ活用や業務変革を伴って初めて企業価値の向上につながるからです。本稿では、日本企業のIT活用に関するアンケート調査や、レガシーシステム刷新を企業価値向上につなげた企業の事例をもとに、経営と業務の変革に向けたデータ活用成功のポイントを解説します。
(1)レガシーシステム刷新だけでは価値創出は起きない
経済産業省が2018年に公表したDXレポートで「2025年の崖」が指摘されて以降、多くの企業のIT部門がレガシーシステムの刷新に取り組んできました。NRIが実施した「ユーザー企業のIT活用実態調査(2025年)」によると、レガシーシステムが存在する企業の割合は依然として約半数に上るものの、2021年度調査と比較してアプリケーション系で18.4ポイント、基盤系で13.7ポイント減少しており、脱レガシーの取り組みが一定程度進展していることが分かります。(図1)
図1. レガシーシステムの残存状況

残存率:情報システムにレガシーシステムが存在している企業の割合
n=311(2025年度:全回答企業数から該当設問への無回答企業を除く有効回答企業数)
NRI「IT活用実態調査2025」より引用
しかし、レガシーシステムの刷新を完遂したIT部門が次に経営層から突き付けられる問いは「投資に見合うリターンを得ることができたのか?」というものです。
「老朽化リスクの解消」や「保守コストの削減」に意識が集中し、システム刷新を"ゴール"と捉えてしまうIT部門が少なくありません。しかし、システム刷新はスタートラインに過ぎず、その後の「データ活用」と「業務変革」が伴わなければ企業価値向上にはつながりません。
ERPやSaaSへの移行などによるデータ基盤の整備により、部門サブシステムをまたいでデータが統合され全社横断でのデータ活用が可能になりますが、これを企業価値向上という成果に結びつけるには、データ品質の向上→意思決定の変革→業務プロセスの変革→企業価値の向上というステップを設計し、実行することが不可欠です。
(2)データ品質を起点とした4段階モデル
レガシーシステム刷新を企業価値向上につなげるには、以下の4段階を踏む必要があります。
Step 1|データ品質の向上
システム刷新とあわせて、データ品質の向上と維持のための業務再設計が重要です。たとえば、業界標準のERPを導入しても、従来の業務プロセスを踏襲したり、現場の負荷増を避けようとデータの入力を省略したりするようだと、次のステップで求められる意思決定の質の向上に必要なデータを得ることができません。
Step 2|意思決定の変革
システム刷新により整備されたデータに基づき経営・業務の意思決定のあり方を見直します。それぞれの部門運営に最適化された管理指標から、経営目標に紐づいた全社共通の指標体系へと改め、各部門の意思決定が同じ方向を向くように調整することが重要です。
Step 3|業務プロセスの変革
Step1で得られたデータとStep2で見直した意思決定のあり方に基づき、業務を継続的に最適化していきます。これは単なる業務効率化ではなく、データに基づいて合理的な意思決定を行うよう業務を変革することを意味します。
データに基づく意思決定が浸透していくと、経営目標達成に向けてビジネスの優先順位も見直され、その効果が認識されることでデータの精度と鮮度を維持・向上させる動きを生み、そのデータがさらなる意思決定の質の向上につながります。このサイクルを継続的に回していくことが、Step 4の企業価値の向上につながる土台となります。そして、こうしたサイクルを組織全体で回し続けるには、データを重視する組織風土の醸成が欠かせません。
Step 4|企業価値の向上
Step 1~3の取り組みにより、データに基づく意思決定と、それを継続的に回し続ける業務プロセスのサイクルが確立されます。このサイクルを通じて収益性の向上やコスト構造の最適化といった企業価値の向上に繋げていくことが可能になります。
システム刷新はあくまでそのための前提(Step 0)であり、それに続く4段階の取り組みを積み重ねることで、初めて企業価値向上が得られるということです。
(3)レガシーシステム刷新を契機とした企業価値向上の事例
レガシーシステム刷新を契機とした経営・業務の変革により、3年間で経常利益を3倍強に高めた企業があります。この企業は、30年以上運用してきたレガシーシステムを業界標準のERPで刷新することを決定しました。刷新の狙いには、技術的負債、つまり老朽化し保守が困難になったシステムの更改に加え、データを活用した意思決定の最適化、部門間連携の強化、さらには経営環境の変化への対応という経営面での課題解決がありました。
社長のスポンサーシップおよび事業部門担当役員をプロジェクトオーナーとした体制の下、ビジネスとITの両方での実務経験を積んだプロジェクトマネージャーが経営層および事業部門との意思疎通を図りつつ、業務プロセス改革を行いながらERPの導入を進めていきました。
■システム刷新とデータ品質向上のための取り組み
ERPによるシステム刷新を決定したこの企業は、まず自社のあるべき業務プロセスとERPが前提としている業務システム機能を比較し(Fit&Gap分析)、自社の競争優位に関わる機能以外はERPの標準機能を活用することを基本方針としました。また、システム刷新と同時期に国際会計基準(IFRS)の適用を決定し、会計士の助言も得ながら業務の見直しを行いました。この「極力ERPの標準機能を活用する」「会計士の助言も得ながら業務を再設計する」2つの活動を通じてERPの標準的なデータ構造を活かした精度と鮮度の高いデータを得るための基盤が整いました。
■管理指標体系の見直しと「データに基づく意思決定」の全社浸透
この企業が次に取り組んだのは管理指標の見直しでした。各部門に最適化された個別管理指標(「売上」や「原価」など)で業務意思決定を行っていた状況から、企業全体の「利益」を意識させるよう管理指標体系を再設計しました。
販売部門は「売上」だけでなく、製品単位で売価と原価の差額である「利益」を意識した商談を行うようになり、生産部門は工場全体の原価低減だけではなく、利益の最大化を意識した製品単位での原価管理に取り組むようになりました。
管理指標体系の見直しは、利益管理部門とIT部門の中間管理職層が1年近く試行錯誤を行って全社導入に至っています。「企業価値向上」と「あるべき業務への変革」の2つの観点からシステム刷新により整備されたデータ基盤を用いて新たな指標体系案と実際の指標値を毎月開催される経営会議で提案・報告し、経営層からのフィードバックを反映させながら、この企業に最適化された独自の指標体系を作り上げていったのです。
さらに、経営層が「データ重視」の意思と姿勢を社内外に発信し続けたことも「データに基づく意思決定」が全社に浸透することを底支えしました。
■全社でデータ活用する組織風土の醸成
経営層による「データ重視」の意思と姿勢は、社員の意識も変えていきました。これまで社内会議で発言に消極的だった若手社員が、データに基づいて自らの意見で提案を積極的に行うようになりました。たとえば、営業会議において、以前であれば声の大きなベテラン社員の勘と経験で取引の優先順位も決められていましたが、データ基盤が整備されたことにより顧客・製品単位の収益性がガラス張りになり、若手社員でも自分が担当する取引の正当性を堂々と主張し、受け入れられるようになったのです。こういった成功体験がモチベーションとなってデータ品質を維持・向上させる業務運用が徹底されるようになりました。一方、収益性の低い顧客には価格交渉を、採算性の低い製品は製造中止といった経済合理性に基づく意思決定が進められました。このような意識と行動の変化が周囲や他部門にも伝播し、全社でデータを活用する組織風土が醸成されていきました。
■レガシーシステム刷新が企業経営にもたらしたもの
ERP導入に端を発したレガシーシステム刷新は「管理指標体系の見直し」という制度改革とデータに基づく意思決定を行う組織風土の浸透と相まって経営と業務の意思決定のあり方に変化をもたらしました。さらには、データに基づいて合理的な意思決定を行うことの意義を知った社員たちがデータの品質を維持・向上させるためにデータ入力・更新を徹底するといった好循環がもたらされました。この企業では、こうした取り組みがレガシーシステム刷新から3年間で経常利益を3倍強に高めた要因のひとつであったと捉えています。また、データ活用とデータ品質の改善サイクルが組織に根付いたことで、持続的な成長に向けた基盤が整ったと評価しています。
本稿の前段で解説した「データ品質を起点とした4段階モデル」と後段で紹介した事例企業での取り組みは、一企業のサクセスストーリーにとどまらない可能性があります。NRIが実施した「ユーザー企業のIT活用実態調査2025」では『組織風土』と『企業業績』の関連を分析しています。その結果(図2)を見ると、組織風土の特性を表す3つの指標のうち、「データと科学を重視」や「全社でデータ・情報を共有」といった組織風土を表す指標(協働・共有志向)が、利益率との間に統計的な関連性があることが示されています。
図2. 組織・風土の特性を表わす3つの指標

NRI「IT活用実態調査2025」より一部加筆・修正
(4)経営・業務変革に向けたデジタルデータ活用の展望
今回は、レガシーシステム刷新を企業価値向上につなげることを、企業組織内の変革の観点から解説しました。真の成果を得るためには、データ品質の向上→意思決定の変革→業務プロセスの変革→企業価値の向上というステップを設計し、それを支えるデータ重視の組織風土を醸成しながら実行していくことが重要です。
今後、顧客体験価値向上・社会課題解決といった企業組織の外に向けた価値創造に挑んでいる企業の事例考察や、AI時代に向けた備えとして、いわゆるAI-readyであるためのデータ戦略・データガバナンスに取り組み始めた企業の事例など、レガシーシステム刷新のさらなる展望について論じていく予定です。
プロフィール
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日向野 哲
関西システムコンサルティング部
兼 TMXコンサルティング部自動車メーカーでのシステム開発経験を経て、2002年に野村総合研究所に入社。主に製造業の情報戦略、システム化構想・計画のシステムコンサルティング業務に従事。専門領域は日系製造業のグローバル展開にともなう経営課題の解決に向けた情報戦略策定とITガバナンス整備の支援。
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横田 侑也のポートレート 横田 侑也
関西システムコンサルティング部
総合コンサルティングファームでのシステム導入経験を経て、2022年に野村総合研究所に入社。複数のシステム刷新プロジェクトのコンサルティング業務にプロジェクトリーダーとして従事。専門分野は、デジタル戦略・IT戦略策定、システム化構想・計画、プロジェクトマネジメント。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。