&N 未来創発ラボ

野村総合研究所と
今を語り、未来をみつめるメディア

未来創発センター チーフデータサイエンティスト 塩崎 潤一
コンサルティング事業本部 マーケティングサイエンスコンサルティング部 プリンシパル 松下 東子

野村総合研究所(NRI)が1997年から3年ごとに実施してきた「生活者1万人アンケート」は、今年で10回目となります。日本人の価値観や消費行動の実態把握にとどまらず、時系列で変化を捕捉できるため、NRIの未来予測や提言に役立ててきました。初回からこの調査に関わってきたNRIの塩崎潤一と松下東子に生活者1万人アンケートを行ってきた意図や醍醐味について聞きました。

「生活者」の実像に迫る骨太の調査

NRIの「生活者1万人アンケート」は、伝統的な社会調査の方法である訪問留置法(注*)を用いて、日本全体の縮図となるデータを取得しています。「通常のアンケート調査は、商品を売る、政策を浸透させるなど目的に沿って仮説を立てて実施しますが、私たちが構想したのはそうした仮説検証型ではなく、消費者、家族、地域住民など多様な顔を持つ『生活者』の全容をつかむための基幹調査でした」と、塩崎潤一は語ります。

*訪問して調査を依頼し後日、調査票を回収する方法

インターネット調査と違って訪問留置法には莫大な費用と手間がかかるため、最初は社内経営層の説得に苦労したと、塩崎は振り返ります。「当時はインターネット普及前で、データに資産価値があるという考え方は希薄でした。すでに公的統計があるのに、なぜ調査する必要があるのかと言われました。それでも、自社でデータを持つことに意味があると考えており、男女別、世代別など細かい粒度で分析できるように、1万人という規模にもこだわりました。何とか1回目の実施にこぎつけましたが、これほど長く続くとは思っていませんでした」

その後、3年おきに調査を続けることが決定し、2000年以降は時系列で変化を追うことを念頭に置いて質問項目を再設計しました。「めざしたのは、既存調査では断片的にしかわからなかった生活者の実態に迫る骨太な調査です。例えば、核家族化というトレンドがありますが、親と同居していなくても、近所に住んでいれば子育てを手伝ってもらえます。親は近居か遠居かまで細かく質問し、見えない家族関係も補足できるようにしました。調査名を一般的によくある消費者ではなく、『生活者』としたことも、消費行動にとどまらないスコープで行動変容を捉えようとしたNRIのこだわりです」と、松下東子は説明します。「潮流を捉えて萌芽事例の行方を見据える質問を追加したり、一段落ついたものは外したりと、新陳代謝しつつも、質問項目の7~8割は基本的に変えていません」

長期的変化を複層的に読み解くおもしろさ

手間のかかる調査手法ですが、設問にさまざまな工夫をこらすことで苦労だとは感じなかったと塩崎は言い切ります。「調査のタイミングにおいて、メンバーが持っている問題意識を質問票にすることができることにおもしろさを感じていました。スマートフォンの普及、コロナの流行などの大きな変化だけではなく、家族形態・趣味・血液型など、あらゆる要素と価値観の関係を分析したのを思い出します」。人間の価値観はそう簡単に変わりませんが、時折、ガラリと変わる局面があります。「インターネットの普及や震災など、特定の出来事によって何か変わりましたかとわざわざ聞かなくても、過去のデータと比較するだけで変化を捉えられる。それもこの調査の醍醐味です」

「2012年から2015年にかけて情報収集や消費行動が大きく変わりました。最初は集計ミスかと思ったほどです。探っていくと背景には複数の要素がありましたが、特にスマートフォンの普及が情報取得、ものの選び方、コミュニケーション、レジャーなどに大きな影響を与えていました。そうやって時代の変化を複層的に読み解けるのがおもしろいところです」と、松下もこの調査ならではの魅力があると指摘します。「初回調査で20代だった人たちの行動がどう変化しているか、今のZ世代とはどう違うかなど、横にも縦にも追いかけることができます。加齢効果、時代効果、世代効果という観点で、より構造化して変化を捉えられるのは30年近い蓄積データがあるからです」

後世のコンサルタントが使えるデータ資産

回数を重ねて10年以上の変化を把握できるようになった頃から、問い合わせも増え始めました。新聞や雑誌、テレビ局から、消費者動向やZ世代の意識などの取材依頼は年間10件以上寄せられ、クライアントからは「生活者を理解し長い視点でマーケティング戦略立案の基礎となるデータで、3年おきに報告を聞くのを楽しみにしている」とも言われるようになりました。今では生活者の価値観や行動変化を長期で捉えている調査機関として認識されるようになったと、松下は手応えを感じています。「今後も調査方法を変えずに、長期的に日本人を捉まえるメリットを活かした分析や情報発信に力を入れていきたいと思っています」

「方針をぶらさずに定点観測を続けるには価値観の共有が大切ですが、これはそう簡単なことではありません。これまで担当メンバーは少しずつ入れ替わってきましたが、時間をかけて何度か一緒に調査を行い、意義や醍醐味を共有してきたことが、継続性につながっています。今後は海外比較などもやってみたいですね」と、塩崎は分析しています。「調査の実施については賛否両論はありましたが、少なくとも未来のコンサルタントたちが使える知的資本をデータという目に見える形で残せたことは、個人的に誇りに思っています」

若手コンサルタントも分析に参加した2024年の調査も、その結果が近々明らかになります。「国際情勢、物価高、生成AI(人工知能)の急速な普及などにより、何が変わるのか。それとも、大きな変化はみられないのか。分析結果にご期待ください」と、松下は第10回の調査に自信をのぞかせています。

プロフィール

  • 塩崎 潤一のポートレート

    塩崎 潤一

    未来創発センター チーフデータサイエンティスト

    筑波大学社会工学類卒業。野村総合研究所入社。入社以来、マーケティングや生活者の価値観、数理解析などを専門分野としてコンサルティング業務を担当。マーケティングサイエンスコンサルティング部長などを経て、2021年にデータサイエンスラボの初代ラボ長就任。
    主な著書に「データサイエンティスト入門」、「データサイエンティスト基本スキル84」、「まるわかりChatGPT&生成AI」など。
    (社)データサインティスト協会・理事、広島大学「データサイエンティスト養成」非常勤講師(2019年~)、筑波大学「異分野融合型データサイエンティストプログラム」非常勤講師(2023年~)。

  • 松下 東子のポートレート

    松下 東子

    マーケティング戦略コンサルティング部
    兼 未来創発センター 雇用・生活研究室

    

    1996年 野村総合研究所に入社
    一貫して消費者の動向について研究し、企業のマーケティング戦略立案・策定支援、ブランド戦略策定、需要予測、価値観・消費意識に関するコンサルテーションを行う。日本人の意識と行動を実証的に分析・提示する「生活者一万人アンケート調査」(1997年~)を初回の実施から担当。
    共著に『なぜ、日本人は考えずにモノを買いたいのか?』(東洋経済新報社)などがある。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。