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アーバンイノベーションコンサルティング部 小林 一幸、矢崎 圭、伊藤 将希、川手 魁、細井 隼


人口減少により、旅客需要の減少や担い手不足が問題視される中で、これまで旅客専用とされてきた車両を活用して貨物を輸送する「貨客混載」の取組が広がっています。新幹線においてもコロナ禍での旅客の落ち込みをきっかけに、荷物を輸送する事業が本格検討され始めました。しかし、国内物流においては、トラック、在来線、船舶、航空といった輸送モードで物流網が既に構築され、新幹線物流のメリットや事業の成立可能性は、依然として検証が必要です。野村総合研究所(NRI)は、新幹線貨物の潜在需要量を独自に推計するとともに、利用者にとっての具体的な活用シーンの調査を実施しました。その結果、1日あたり約900トン(新幹線1便あたり1~2両)程度の潜在需要が存在し、事業として十分に成立する可能性があることがわかりました。新幹線物流の拡大は、持続可能な物流構築のみならず、即日配送エリアの拡大、輸出量の拡大、緊急輸送サプライチェーンの効率化にも寄与すると考えられます。本テーマに詳しいアーバンイノベーションコンサルティング部の小林 一幸、矢崎 圭、伊藤 将希、川手 魁、細井 隼に新幹線活用の可能性について聞きました。

注目される新幹線物流の可能性

新幹線で貨物を輸送する新幹線物流は、2017年にJR東日本が地方の産品を鮮度の良い状態で輸送し都市部で販売する地域創生活動の一環としてトライアル的にスタートしました。そして、コロナ禍で新幹線の旅客需要が劇的に落ち込んだことをきっかけに、他のJR各社でも本格検討されるようになりました。
将来的な運輸業界のトレンドを展望すると、国内人口が2008年以降減少局面にあり旅客輸送需要の減少や担い手不足が今後さらに顕在化していく中で、新幹線という重厚長大なインフラが物流においても大きな役割を担うことが期待されています。
大都市を結び、駅の周辺地域で日本の人口の約8割をカバーする新幹線は、貨物輸送に最適なネットワークです。過密路線である東海道新幹線でも平均座席利用率はコロナ禍前で7割弱であり、座席ベースで3割程度と十分な空きスペースもあります。先述の通り、コロナ禍以降車両の空きスペースを活用した物流事業が各社で展開されており、2024年6月時点で、JR北海道・JR東日本・JR東海・JR九州が新幹線による小口荷物輸送サービスを行っています。小口荷物輸送に加えて多量の貨物を一度に輸送する取り組みも実証され、JR九州は2023年2月に、旅客車両1両分を貨物用として運行する同社初のトライアルを実施しました。また、JR東日本は2023年8月に、新幹線車両基地を活用し、800箱の貨物を上越新幹線で輸送する実証実験を行っています。
 
新幹線が輸送ポテンシャルを最大限に発揮した場合、現在の貨物輸送需要を十分にカバーできるのでしょうか。新幹線による速達輸送の潜在需要を推計した結果、新幹線路線全体で1日に貨物量約900トン(大型トラック約140台分)の潜在輸送需要があることがわかりました。このうち太平洋ベルトと重なる東海道・山陽新幹線区間では1便当たり2車両程度、その他の区間では最大1車両程度の貨物輸送需要が見込まれています。
旅客の座席利用率を踏まえると、各路線では貨物積載スペースとして1便当たり1~3車両程度を供給可能です。これを貨物需要量と比較すると、新幹線全路線において現行の車両供給で貨物の潜在需要量を十分に輸送可能であることがわかりました。

旅客利用と輸送利用の両立が大きな課題に

新幹線物流は物流サービスとしてまだ十分に浸透しているとは言えません。現在の新幹線物流には業務面で主に3つの課題があり、これらが事業拡大のボトルネックになっています。
 
1つめは、荷役の非効率です。旅客向けとしての歴史が長い新幹線は、貨物輸送用として最適化されていない面もあります。そのため、輸送台車の積替えなどの手間が発生する、旅客優先通路を搬送するため混雑時に作業待ちが発生するといった非効率が生じています。
この課題を解決するには、物流を前提とした荷役オペレーションの見直しが必要です。例えば発車駅での荷降ろしやホームへの搬送に台車を使えば、作業人数を減らせます。また旅客用エレベーターを使用せずに貨物専用エレベーターの物流導線を設けることで、旅客利用時の待機時間を短縮できるでしょう。新幹線への積込みでは、物流に特化した輸送機材を利用することで、工程を省略することが可能です。着駅では搬送・積込工程や担当人員を分けることで、時間ロスを削減できます。
 
2つめは、駅や車両が旅客向けに設計されていることです。特に座席などの車内スペースは旅客優先で割り当てられるため、輸送用途への最適化が難しい面があります。貨物の輸送に欠かせない制振や温度管理、トラッキングなどの手法が未確立であるという課題もあります。
対策としては、必要な輸送スペースを確保するため、貨客の繁閑差を踏まえたスペース最適配分を行う必要があります。厳密な温度管理が必要な医薬品・医療機器や生鮮品、緊急性の高い貨物や高付加価値貨物などは、保冷ボックスや充電式コンテナなどの温度管理機器や、荷物の情報を常時把握可能な荷物トラッキングシステムを導入することで、安全かつ確実に輸送できます。
 
3つめは、駅と発着先の間の配送手段が不足していることです。現在の新幹線物流の多くは駅間の輸送にとどまっており、荷物の集荷から配達までを一貫して行うトラック輸送と比べて利便性が劣ります。この課題を解決するには、トラック輸送集荷・配送サービスと連携し、鉄道会社と物流事業者が協力して、荷物の出発地から最終目的地までの輸送を一括して担う仕組みを作る必要があります。

新幹線が変える物流の未来

新幹線が物流サービスとして定着すると、社会にどのような変化が起きるのでしょうか。まず考えられるのが、生鮮品などの提供範囲の拡大です。新幹線物流網の広がりによって即日配達が可能なエリアが拡大すれば、生産者や小売事業者は新たな市場にアプローチできます。
その結果、国内市場の活性化や、航空との複合輸送による農水産品の付加価値向上・輸出拡大も期待できるでしょう。すでにJR九州では、新幹線と航空を接続し国産品を輸出する取り組みが進んでいます。2023年度には、鹿児島県産品を九州新幹線・福岡空港を経由して輸出するトライアルを実施しました。
製造事業者や物流事業者にとっては、速達性・定時性が担保される輸送手段を確保できるという利点もあります。こうした輸送リードタイムの短縮は、国内の広域な商圏をカバーする輸配送拠点の効率化にもつながります。また、新幹線輸送は環境負荷が少ない輸送手段としても注目されています。鉄道のCO2排出量はトラックの10分の1の水準です。
 
このように新幹線は速達性や定時性を強みとする新たな物流網として位置づく可能性を秘めています。この新たな物流網は、国内物流の持続性強化にとどまらず、地方産品の販路拡大や輸出付加価値額の向上といった国内経済の活性化にもつながります。鉄道会社と物流会社が協力して課題を解決し、新幹線輸送をさらに拡大していくことが期待されます。

プロフィール

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    小林 一幸

    コンサルティング事業本部 アーバンイノベーションコンサルティング部

    筑波大学大学院環境科学研究科修了後、2005年に野村総合研究所に入社。
    行政などの公的組織の改革・民営化支援、インフラ企業の改革支援などを経て、現在は主に運輸・物流企業の事業戦略や経営改革、製造業等の企業の物流やサプライチェーンマネジメント改革支援などの案件に従事。物流の専門家として、人手不足やデジタル化対応した次世代の物流のあり方を検討する社内R&D活動もリードしている。

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