
野村総合研究所タイ 三宅 洋一郎、小林 俊也
マーケティング戦略コンサルティング部 松下 東子
野村総合研究所(NRI)は、2023年秋と2024年秋の2回に分けて世界20都市でのべ1万人の消費者に対するアンケート調査を実施し、世界各都市の消費者から見た日本のイメージを比較分析しました。加えて、ASEAN地域では、2014年から約10年間の蓄積を踏まえ、同地域の消費者から見た日本のイメージ変容についても分析しました。その結果、世界の消費者は日本とは全く異なる購買価値観を持っていることが示されました。この記事ではこれらの分析結果を報告すると共に、日系企業がどのように世界の消費者と向き合っていくべきかを提言します。本テーマに詳しい野村総合研究所タイの三宅 洋一郎、小林 俊也、マーケティング戦略コンサルティング部の松下 東子に聞きました。
「信頼」「安心」の日本ブランドはまだまだ健在
世界20都市で比較分析を行った結果、日本は他都市から良い影響を与えている国だと思われており、特にASEAN地域において日本の影響が強いことがわかりました。さらにASEAN以外でも、日本製品に対するイメージは「信頼」「安心」が高くなりました。
一方で、ASEAN消費者の日本へのブランドイメージは約10年間で中国・韓国に追い上げられている状況です。また、欧米には「高級感」「華やか」、韓国には「おしゃれ」「若々しい」で後れを取っていることがわかりました。イメージ低下の要因は、若年層に対して日本ブランドを訴求しきれていないことです。韓国は20代を中心とした若年層から好印象を持たれているのに対し、日本は50歳以上の高年層からの印象は良いものの、若年層からの印象は相対的に低くなっています。
日本人自身が考えるイメージと、海外の人のイメージは異なることにも留意が必要です。日本人は自国のブランドが今時の時流についていけていないと卑下する傾向が強いですが、実際に世界各国からはそこまでひどくは思われていないのです。
顕示的消費が多いインド、固執的消費が多い日本
消費価値観は4つに分類されます。
1つ目は、なじみの店・商品を買う「固執的消費」です。20都市平均構成比22%を占め、「いつものお店でいつもの買い物が安心」と考えます。
2つ目は、人に羨望されるものを買う「顕示的消費」です。20都市平均構成比30%を占め、「富を顕示するような消費」を好みます。
3つ目は、とにかく安いものを買う「安さ追求消費」です。20都市平均構成比27%を占め、「安くてコスパが良いのが一番」と考えます。
4つ目は、高くても良いものを買う「品質重視消費」です。20都市平均構成比20%を占め、「経済的余裕をもって品質を追求」することを重視します。
インドでは圧倒的多数が「顕示的消費」で、シンガポール・マレーシア・タイ・アメリカでも高い割合となりました。日本では「固執的消費」が顕著に多くなりました。「顕示的消費」は30代以下の年齢が若い消費者に多く見られ、所得水準別では世帯年収25万ドル以上の消費者の半数以上が占めるなど、高所得者の割合が多いことがわかりました。日本では、高所得者層ほど「品質重視消費」の傾向が強いと感じられますが、世界的な視点から見ると富裕層ほど「顕示的消費」の傾向が顕著です。世界の富裕層は、高品質なものより自慢できるものを求めているのです。日本の感覚で判断すると、富裕層の志向を見誤る可能性があります。
トレンドシーカーが多いアメリカ、コンサバが多い日本
1つ目は、他の人に先駆けて新しい商品やサービスを試し、積極的に情報発信する「トレンドシーカー」です。20都市平均構成比19%を占めます。
2つ目は、他の人に先駆けて新しい商品やサービスを試すものの、情報の共有は様子を見てからという「マイブーマー」です。20都市平均構成比8%を占めます。
3つ目は、少し様子を見てから試しますが、まだあまり知られていない情報を積極的に拡散する「トレンドライダー」です。20都市平均構成比30%を占めます。
4つ目は、新しい商品やサービスのトライアルも情報の共有も遅めで消極的な「コンサバ」です。20都市平均構成比43%を占めます。
「トレンドシーカー」の割合は、地域ではアメリカ、インド、マレーシアで多く、年代別では30代以下の若年層で高くなりました。所得水準別では年収10万ドルを超えると「トレンドシーカー」の割合が増加し、影響力の強い消費者が若者に多い傾向はグローバルでも共通しています。Z世代のような影響力のある消費者をいかに獲得するかが、マーケットにおけるゲームチェンジの鍵となるでしょう。消費価値観とイノベータ度・情報発信度の掛け算で分類しても同様の傾向が見られました。
「マイブーマー」はムンバイやデリーなどのインドの大都市で見られ、「トレンドライダー」はバンコクやチェンマイなどタイの都市部に、多く存在することがわかりました。
日本の消費者は「コンサバ」の割合が高く、低価格・コスパ志向で流行にもそこまで興味のない保守的な傾向があります。しかしインドでは圧倒的多数が「顕示的消費」を行い、積極的に新しいものを試して発信する人が多く見られました。ASEAN地域もインドよりは保守的ですが、面白い情報を見つけて積極的に拡散する人が多いのが特徴です。アメリカやイギリスは、インド、ASEAN、日本の中間でした。日本の当たり前が世界の当たり前ではないということに注意が必要です。

世界の消費者に向けたマーケティングの在り方とは
富裕層である「顕示的消費」層は、日本企業にとって魅力的な市場です。また日本企業の信頼性を高く評価する「品質重視消費」層も、ターゲットとして適しています。さらに、新しいものに敏感で情報の拡散力が高い「トレンドシーカー」も、自社のファンとして重要な支持層となり得ます。こうした価値観を持つ消費者が多い国や都市に焦点を合わせることは大切ですが、1つの国だけではマーケット規模は限定的です。そのため、各都市の先進層(新しい商品・サービスをいち早く受け入れる消費者)を早期に取り込み、商品やサービスを広範囲に展開することが求められます。
先進層は、日本に対して「クリエイティブ」「個性的」「知的」などのイメージをアメリカや韓国よりも強く持っています。日本には、アニメ・漫画という文化的資源があります。世界的にも日本のアニメ・漫画を好むと回答した人々は多く、この層は日本へのイメージも良い傾向がありました。これはあくまでも相関関係に過ぎませんが、アニメ・漫画が日本のイメージを良くしている可能性は高いと言えそうです。
コンテンツなどにより作られた「個性的」「知的」などのクリエイティブイメージと従来の「信頼」「安心」などの高品質イメージを融合させることにより、日本でも世界の人々へ訴求する革新的な商品やサービスの提供が可能です。実際に高品質×クリエイティブで、ネットでの拡散を促し、世界でのヒットを促している商品もたくさん存在します。日本企業には、従来の強みである高品質をベースにしつつも過去の成功体験に固執することなく、世界中の消費者を魅了するようなクリエイティブな商品やサービスを提供することが期待されます。
プロフィール
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三宅 洋一郎のポートレート 三宅 洋一郎
野村総合研究所タイ
社長
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小林 俊也のポートレート 小林 俊也
野村総合研究所タイ
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松下 東子のポートレート 松下 東子
マーケティング戦略コンサルティング部
兼 未来創発センター 雇用・生活研究室1996年 野村総合研究所に入社
一貫して消費者の動向について研究し、企業のマーケティング戦略立案・策定支援、ブランド戦略策定、需要予測、価値観・消費意識に関するコンサルテーションを行う。日本人の意識と行動を実証的に分析・提示する「生活者一万人アンケート調査」(1997年~)を初回の実施から担当。
共著に『なぜ、日本人は考えずにモノを買いたいのか?』(東洋経済新報社)などがある。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。