&N 未来創発ラボ

野村総合研究所と
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未来創発センター 地域創生・環境研究室 浅野 憲周、坂口 剛


気候変動による激甚災害が頻発し、私たちの暮らしはこれまで以上に大きな脅威にさらされています。自然災害は決して遠い出来事ではなく、いつ、どこで、誰の身にも降りかかる現実です。野村総合研究所(NRI)で防災関連の活動をしてきた浅野憲周と、能登半島地震の被災地で復興計画策定を支援した坂口剛に、いま私たちが直面する災害との向き合い方について聞きました。

失われた生活の知恵

――日本の防災において、直面している最も大きな課題は何でしょうか。

浅野 : 喫緊の課題は2つあります。近代化に伴う土地利用の問題と、住民の防災意識の低下です。江戸時代まで、私たちは災害が起りそうな地形や地勢を避けて暮らしてきました。ところが、近代化によって堤防、埋立地、造成地などが増えて、以前は住まなかった場所に産業や人口が集中するようになり、災害時の被害拡大に繋がっています。
それと同時に、堤防等の防護施設で守られている安心感からか、住民の防災意識が低下しています。一例として、関東や東北に甚大な被害をもたらした2019年の大型台風では、河川氾濫の危険地域で避難指示情報が出されているのを知りながら避難しなかった住民が8割にのぼりました。災害リスクを見える化して普段から理解するとともに、危険回避に関する生活の知恵を取り戻す必要があります。

デジタル活用で育てる考える力と行動力のある防災意識

――地域の防災意識を高める上で、デジタル技術はどのような役割を果たしていますか。

浅野 : たとえば、山形県鶴岡市はデジタル技術を活用し、市民の生活向上や地域経済の自立を目指しています。その一環で、防災関連の取り組みも行っており、注意報が発せられたときに個人に求められる防災行動を時系列で整理する「マイ・タイムライン作成ツール」などを導入しています。ただ導入するだけでは活用されないため、小・中学校で出前授業を実施し、防災ツールを使った行動計画作りを体験してもらっています。それを家に持ち帰って家族と考えたり、低学年や他校に広めたりしようとしています。

――次世代への防災教育が持つ意義はどこにあると感じていますか。

浅野 : 今はSNSを通じて被災時に誤情報が飛び交う時代です。正確な情報を判断する力を養うためにも、日ごろから自分で考え、行動する習慣を持つことが重要です。単なる知識の伝達ではなく、実際に行動を通じて防災意識を身に付ける仕組みづくりが不可欠です。

不透明な状況を打開する4つの視点

――防災は地域づくりを考えるうえで非常に重要と考えられます。能登半島地震の被災地での復興計画づくりにおいて、自身の経験をどのように活かして臨まれましたか。

坂口 : 私は能登半島地震から復興支援に関わる一方で、それまでは地域の創業支援や事業開発に携わってきました。被災後は、地域の将来を見通すことは簡単ではなく、これは先行きが不透明であったコロナ禍とかなり類似した状況にあったと感じています。コロナ禍で多くの企業経営者と対話してきましたが、コロナ禍で業績を伸ばした経営者には、主体性・創造性・機能補完・圧倒的なスピードという4つのキーワードが共通にありました。この4つは復興計画の策定において重要な指針となりました。具体的には、住民が主体的に計画策定に関わり、創意工夫したプロジェクトを立案し、デジタルの視点も取り入れながら、新しい挑戦を早く実行することを重視しました。実際に、復興計画の策定を待たずに着手した取り組みも数多くあります。それもこのスピード感を意識したからです。

――住民参加を促進するため、具体的にどのような取り組みを行いましたか。

坂口 : 復興計画策定に当たって、外部の人間が他の地域の成功事例などを持ち出して、「これをやりましょう」と、べき論で語っても当事者である住民の共感は得られません。住民の声を聞き出し、計画に反映させることがすべての出発点です。さらに、住民が自分事化し、復興に向けて1歩踏み出そうと思ってもらえることをめざしました。たとえば、住民の声を起点にするために、中学生にも協力してもらいアンケートの回収率向上を図りました。また、住民参加型の会議では、話しやすい雰囲気をつくり、自ら意見を述べて意思決定を演出することにも注力しました。そこから防災に関する提案も生み出されました。

災害を超えて安心して暮らせる未来へ

――災害リスクが高まるなか、私たちが取るべき具体的な一歩は何だと考えますか。

浅野 : これからは地震や気候変動によって大規模被害が頻発する大変な時代になるかもしれませんが、日本には自然災害を何度も乗り越えてきた歴史があります。1959年の伊勢湾台風以降、1995年の阪神淡路大震災まで、大規模な人的被害を伴う自然災害が発生しない、戦後の災害空白期がありました。この期間、土地利用の偏りや防災意識の希薄化といった課題が顕在化しましたが、国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、100年後には日本の人口が3,400万人~4,900万人、江戸時代末期と同程度に減少すると予測されています。こうした変化も踏まえて、地形や地勢、災害リスクを把握して、自然と共生しながら減災や復興の備えを着実に進めることで、現在の状況にあった、「しなやか」な暮らし方を取り戻せるはずです。

坂口 : 防災や災害復興をはじめ、先行きが不透明な時代には、外的な状況が変わっても柔軟に対応できる弾力性、元の姿にも戻れる復元力を兼ね備えた「レジリエンス」が地域には必要になります。活動の優先順位やその実行体制も状況に応じて適宜見直し、常にレジリエンスを実践的に発揮していくことが鍵だと考えます。

プロフィール

  • 浅野 憲周のポートレート

    浅野 憲周

    地域創生・環境研究室

    チーフエキスパート

    東京工業大学大学院総合理工学研究科社会開発工学専修にて修士課程を修了。野村総合研究所入社。入社以来、防災・危機管理、地方創生、自治体DX推進などを専門分野としてコンサルティング業務を担当。2019年12月から「鶴岡市におけるDXによる構造改革推進プロジェクト」に参画し、現在、鶴岡市SDGs戦略推進アドバイザーとして、鶴岡市のデジタル政策及びSDGs政策推進に携わる。
    一橋大学国際・公共政策大学院客員教授、内閣府「災害政策体系のあり方に関する研究会」委員、鶴岡市都市計画審議会委員など歴任
  • 坂口 剛のポートレート

    坂口 剛

    地域創生・環境研究室

    チーフエキスパート

    大阪大学大学院修了後、野村総合研究所入社。入社以来、コンサルティングの現場にて、省庁の政策立案支援、民間企業の事業開発、地域における起業・創業支援に従事。専門は、クリエイティブ産業を中心とした事業の高付加価値化。出身地である熊本県にて、くまモンとのコラボ事業「くまラボ」フェローとして活動する他、埼玉県、大分県、沖縄県にて地域クリエイターとの共創事業に取り組む

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。