
ICT・コンテンツ産業コンサルティング部 岸 浩稔、木村 賢次、中山 太一郎、齋藤 孝太、山岸 京介、只腰 千真
野村総合研究所(NRI)では、2000年から毎年、ICT・メディア市場の構造変化を展望し、次のビジネスモデルの可能性を洞察する『ITナビゲーター』を刊行しています。
25冊目となる2026年版では、「テレコム」「メディアビジネス」「コンテンツビジネス」「エマージングテクノロジー」「AI・データガバナンス」の5分野を軸に、2030年代を見据えた産業と社会の変化を考察しました。
ICT・コンテンツ産業コンサルティング部の木村賢次、中山太一郎、山岸京介、齋藤孝太、岸浩稔、只腰千真がその要点を紹介します。
テレコム ~通信事業者の事業領域の変化~ 木村 賢次
この状況で重要なのは、「全部の領域で戦う」発想からの転換です。どこを競争領域として磨き込み、どこを共創領域として効率化するのかを戦略的に切り分けない限り、コストは積み上がり、差別化の焦点もぼやけます。特にネットワークやプラットフォームといった基盤領域では、個別最適で戦い続けるよりも、共同で整備し投資効率を高める方向性が現実的といえます。
一方で競争の主戦場は顧客接点へと移っていきます。端末と回線の分離や中古端末の普及により来店行動も変わる中、チャネル設計やアプリ、決済・ポイント経済圏といった「日常接点」をどう作るかが問われます。店舗運営やコールセンターも、人材制約が強まる中で、AIアバターやリモート接客を活用しつつ、品質を保ちながらの効率化が必要です。基盤は共創、顧客接点は競争が持続的成長の土台になります。
メディアビジネス ~AI検索との競争と協調~ 中山 太一郎
ただし、AIがすべてを代替するわけではありません。調査結果からも、概要理解やちょっとした調べ物、比較といった「効率的な情報収集」はAI利用意向が強い一方で、一般の人の体験や感情、現場の生の声、インタビュー、専門家・記者による独自の解釈といった要素は、引き続き記事として読みたいニーズが残っています。ここに、メディアが守るべき領域があります。
だからこそ論点は「AIと戦うか」ではなく、「AI時代に価値ある情報がどう変わるか」、その変化を踏まえて「どうビジネスモデルを変えるか」です。PVを狙った見出しや要点整理型の情報は相対的に価値が下がる一方、AIが導出しにくい独自視点、リアリティ、文脈、関係者の声、一次情報に基づく検証といった価値は重要性を増します。メディアには、こうした価値に注力し、AI活用を前提とした新たな収益モデルを構築していく姿勢が求められます。
コンテンツビジネス ~グローバルのトップライン拡大と推し消費~ 山岸 京介、齋藤 孝太
そのために重要なのが、コンテンツIPを経営戦略として構造化して捉えることです。国内中心で培ってきた勘や経験だけでは、海外市場ではズレが生じます。IPごとの収益性や成長性を海外も含めて可視化し、ポートフォリオとして整理した上で、どのIPに投資し、どこにリソースを振るのかを判断することが重要です。そのためには、経営と現場が同じ視点を持ち、戦略を回していくことが不可欠になります。
あわせて、国・地域ごとに異なるカスタマージャーニーの理解も欠かせません。流入チャネルやファン化の導線は日本と大きく異なります。インフルエンサーを起点に発売前から熱量が高まるケースもあります。推し消費も一時的なブームではなく、ファン心理に根差した持続的な消費行動として定着しています。このため、今後は、付加価値ベースでのマーケティングや価格設計を含め、ファンとともにIPを育てる視点が、グローバル成長を支える重要な軸になります。
エマージングテクノロジー ~イノベーションに向けた産業政策~ 岸 浩稔
そこで鍵になるのが、国際競争を見据えた産業政策です。産業政策の本質は、競争を止めることではなく、競争が成立する土台や環境を整えることにあります。特に重要なのが標準化です。APIやデータ連携規格のように、土台が揃わなければ産業が立ち上がらないような領域では、標準化政策のもとで、関連する企業が協調してプラットフォームを構築し、その上でサービスやデータ活用といった個々の価値創出の部分で競争する。この切り分けを意識的に行う必要があります。
スマートフォンのエコシステムは、その好例です。標準化された基盤の上で多様なプレイヤーが競争し、結果として巨大なエコシステムが形成されました。今後はこの考え方を、製造業や社会インフラ、DXの領域へと広げていくことが求められます。どこを協調領域とし、どこを競争領域とするのか。その設計こそが、次のイノベーションを左右すると考えています。
AI・データガバナンス ~AI時代のプライバシー保護~ 只腰 千真
このため、AI時代のプライバシー保護では、リスクベースの考え方が不可欠になります。どのデータ活用が、どの程度のリスクを生むのかを見極め、その大きさに応じて対応を変えていく必要があります。AIの出力は確率・統計的で完全に制御できないからこそ、事前にリスクを特定・評価し、管理する姿勢が求められます。受動的なチェックではなく、能動的なリスクマネジメントへの転換が重要です。
個人情報保護法の3年ごと見直しを含む規制動向も、データ利活用を前提としつつ、企業の自主的なリスクマネジメントを求める方向に進んでいます。その土台となるのがデータガバナンスです。自社にどのようなデータがあり、どこで、どの目的で使われているのかを可視化して守りと攻めを両立させる、そしてプライバシー保護をデータ活用のブレーキではなく、土台として位置づけることが、AI時代の競争力につながります。
プロフィール
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岸 浩稔のポートレート 岸 浩稔
ICT・コンテンツ産業コンサルティング部 プリンシパル
東京大学大学院工学系研究科社会基盤学専攻 博士課程修了。博士(工学)。
テレコム・メディア領域を中心にテクノロジー起点のイノベーション創出に係る事業戦略・実行支援に従事。「49%の労働人口がAI・ロボットによって技術的に代替可能」の研究を担当し、テクノロジーが及ぼす未来像の洞察、DX時代の人材と組織の姿の検討を進めている。他に、データドリブンマーケティングの推進、地球観測や測位データといった地理空間情報活用における市場機会探索、スタートアップ連携によるオープンイノベーション支援について、官民の検討に参画。技術革新に伴う市場・業界の変化を捉えた事業創造を推進している。 -
木村 賢次のポートレート 木村 賢次
コンサルティング事業本部
ICT・コンテンツ産業コンサルティング部2007年、京都大学工学部物理工学科卒業後、NRIに入社。
一貫して情報通信やハイテク、放送分野の新規事業の調査、事業戦略、マーケティングを経験。
現在は、大手通信キャリアのアライアンス担当出向を経て、web3.0サービスやFinTechサービス、IoTプラットフォームの事業化支援、データドリブン経営支援に従事。 -
中山 太一郎のポートレート 中山 太一郎
コンサルティング事業本部 ICT・コンテンツ産業コンサルティング部
2008年にNRIに入社。
精密機器業界における事業戦略立案、マーケティング戦略立案、営業改革、新規事業支援、M&A支援などの案件、コンサルティング事業本部の採用責任者を経て、現在はメディア・コンテンツ業界における経営管理、事業戦略立案、マーケティング戦略立案、業務改革、実行支援、中央官庁におけるメディア業界の政策検討支援などの案件に従事。 -
齋藤 孝太のポートレート 齋藤 孝太
ICT・コンテンツ産業コンサルティング部
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山岸 京介のポートレート 山岸 京介
ICT・コンテンツ産業コンサルティング部
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只腰 千真のポートレート 只腰 千真
ICT・コンテンツ産業コンサルティング部
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