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アーバンイノベーションコンサルティング部 持丸 伸吾、矢崎 圭、伊藤 伸之輔、細井 隼、松永 光広、川原 拓人


インバウンドの拡大が続き、2030年に向けた訪日需要のさらなる増加が現実味を帯びる中、日本の交通ネットワークは大きな転換点に立っています。羽田空港や福岡空港などの混雑する国際空港(以降、混雑空港)ではピーク時間帯の発着余力が限界に近づく一方、国内線は需要構造や収益環境の変化に直面しています。供給制約において構造転換を進行する中で、量的拡大を支えるには、従来の延長線上にない対応が求められます。本稿では、航空と鉄道の役割の再設計、そして発着枠の戦略的最適化という観点から、交通ネットワーク再編の方向性を示します。

インバウンド6,000万人時代に立ち塞がる空港の供給制約問題~空港の「時間値」は限界状態が続く~

訪日外国人旅行者数は、コロナ禍からの急速な回復を経て、2025年には4,000万人を超える水準に達しました。消費額も拡大を続けており、2030年に6,000万人・15兆円という政府目標は現実味を帯びています。インバウンドは、日本にとって重要な外貨獲得産業となりつつあります。

より大きな課題は需要側ではなく、受入れ側にあります。特に羽田や福岡などの混雑空港では、発着需要が特定の時間帯に集中しており、ピーク時間帯の処理能力、いわゆる「時間値」はすでに限界に近い状態が続いています。年間発着枠に一定の余裕があったとしても、需要が集中するピーク時間帯に空きがなければ、新規就航や増便は困難です。

成田空港では第3滑走路の整備が進められていますが、ターミナル拡張は段階的に進む計画であり、6,000万人時代の到来と完全な機能強化との間には時期的なギャップが生じます。今後インバウンドがさらに拡大すれば、首都圏をはじめとした主要空港では、ピーク時間帯を中心に供給制約が顕在化する可能性が高いと考えられます。

国内線ネットワークの構造転換

一方で、国内線を取り巻く事業環境は厳しさを増しています。日本の国内航空需要は人口減少や高齢化の影響もあり、世界全体と比べて伸び悩んでいます。燃料費や整備費、人件費の上昇、円安の進行などによりコストは増加する一方、旅客単価(イールド)は長期的に低下傾向にあり、収益性の確保は容易ではありません。

とりわけ新幹線などの鉄道と競合する区間では、航空運賃が距離に見合った水準を下回る傾向が見られます。路線距離が700~800kmを下回る区間では、鉄道の分担率が高く、頻度や料金面でも鉄道が優位に立つケースが多くなっています。

欧州では、こうした近距離路線を高速鉄道へ転換する動きが進んでいます。フランスでは、気候変動対応を目的に、一定条件を満たす高速鉄道で代替可能な区間の国内線が運航禁止となりました。航空と鉄道を競合関係としてではなく、補完関係として再設計する発想が広がっています。

日本国内でも、こうした環境変化を背景に、航空会社間でのコードシェア拡大や共同運航、路線の効率化といった協調の動きが進みつつあります。個社単位での競争から、ネットワーク全体の最適化へと軸足を移す取り組みはすでに始まっています。

それでもなお、国内線を前提とした現在の発着枠配分が将来にわたり最適であるとは限りません。インバウンド拡大と国内線の構造的課題という二つの潮流を並行して対応するためには、交通ネットワーク全体を再設計する視点が不可欠です。

提言① 航空・鉄道を「競合」から「補完」へ

第一の提言は、航空と鉄道を「競合」から「補完」へと転換することです。近距離区間で高速鉄道が代替可能な路線は、段階的に鉄道への機能転換を進め、航空は長距離国内線や国際線、乗継路線などに経営資源を集中することが考えられます。

単に路線を減らすという発想ではなく、交通モードを超えて全体最適を図るという視点が重要です。例えば、高速鉄道区間にもエアラインの便名を付与し、航空・鉄道間でコードシェア的な連携を実現すれば、利用者は一体的なチケットで移動できるようになります。マイレージやポイント制度の連携を進めれば、よりシームレスな移動体験の提供も可能です。

発着枠が限られる中でも、航空と鉄道を一つのネットワークとして設計することで、実質的な交通容量の拡大と利便性向上を同時に実現できます。そのためには、国家的な交通ネットワークとしての再定義が求められます。

提言② 混雑空港における発着枠の戦略的最適化

第二の提言は、混雑空港における発着枠を戦略的に最適化することです。羽田や福岡では、発着回数のうち国内線が占める割合が依然として高い状況にあります。インバウンド拡大を踏まえれば、国内線で使用されている一部の発着枠を国際線へ転用することには一定の合理性があります。

ただし、単純な国際線への転用には、以下の理由から慎重な検討が必要です。収益性が低い路線であっても、公共交通としての機能維持や災害時の冗長性確保という社会的役割があります。また、国際線の増枠は二国間航空協定の枠組みに基づくため、相手国航空会社にも一定の就航機会が配分され、本邦航空会社のシェアが相対的に低下する可能性があります。さらに、国際線需要は景気や国際情勢の影響を受けやすく、ボラティリティが高いというリスクもあります。

発着枠の再配分を一律に進めるのではなく、代替交通の有無や乗継需要への寄与度、公共的な役割などを総合的に勘案しながら、段階的かつ機動的に実施する必要があります。

交通ネットワーク再定義の必要性

インバウンドの拡大局面は、単なる量的増加の段階を超えつつあります。厳しい状況にある国内線と拡大する国際線、そして混雑空港の供給制約という構造変化の中で、交通ネットワークのあり方そのものを見直す必要があります。

国内線の協調・連携強化、航空・鉄道の補完的設計、そして混雑空港における発着枠の最適化。これらを個別にではなく、全体戦略として捉えることが、受入れ機能の高度化と交通の持続可能性を両立させるうえで重要になります。

日本は、観光立国を掲げる以上、交通インフラの整合的な再設計は避けて通れません。空港整備や制度改革には一定の時間を要することから、将来の需要動向を見据えながら、段階的かつ柔軟に対応していくことが求められます。

交通ネットワークの再編は、一度の施策で完結するものではありません。中長期的な視点に立ち、持続可能な形へと着実に移行していくことが、今後の課題となります。

プロフィール

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    持丸 伸吾

    コンサルティング事業本部 アーバンイノベーションコンサルティング部

    1995年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻修了後、野村総合研究所入社。
    官公庁の民活検討調査、地方公共団体の都市計画マスタープラン、観光振興計画などの策定業務、民間企業の新規事業評価立ち上げ支援業務、PPP・PFI事業のアドバイザリー業務などを経て、インフラ・不動産の開発・運営、旅行・観光振興にかかわるデジタルの活用や新規事業の実行支援等に従事。

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