&N 未来創発ラボ

野村総合研究所と
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マーケティング戦略コンサルティング部 林 裕之
経営コンサルティング部 藤坂 さくら
 

生成AIの進化と普及が加速する中、各国におけるAIの利用状況や受け止め方には大きな違いが見られます。一般に、日本はAI活用が遅れていると指摘されることが少なくありません。しかし、その実態を詳細に見ていくと、単なる「遅れ」とは異なる、日本特有の状態であることが明らかになってきました。
野村総合研究所(NRI)が2025年9月に日本・アメリカ・中国・ドイツの4か国で実施した「AI利用に関する国際比較調査」では、生活者における生成AIの利用状況や受容性について多角的な分析を行いました。ここではその結果をもとに、日本の現在地を捉えるとともに、今後のAI浸透の可能性について考察します。

AI利用実態にみる日本の現在地

まず、生成AIの利用状況を国別に比較すると、日本は他国に比べて利用が進んでいない状況が明らかになりました。月に数回以上AIを利用している割合は、中国が86.3%と突出して高く、アメリカやドイツも60%近くに達しています。一方、日本は34.9%にとどまっており、利用の広がりという点では大きな差が見られます。
 
また、有料のAIサービスを利用している割合についても、日本は15.5%と低水準です。アメリカが40.2%、ドイツが33.9%、中国が66.0%であることを踏まえると、日本ではAIに対する金銭的な投資も限定的であることが分かります。
 
この背景には、各国の制度や市場環境の違いも影響しています。例えば中国では、国内企業が提供するAIサービスの機能制約の影響もあり、有料サービスの利用が実質的な前提となっている側面があります。一方で、日本では無料で利用可能なサービスも多く、「まず試す」という行動が必ずしも継続利用や有料サービスの利用につながっていない状況が見られます。

「信頼しているのに使わない」という日本の特徴

本調査では、AIに対する信頼度と利用状況を掛け合わせることで、生活者をいくつかのタイプに分類しています。その中で、日本に特徴的なのが「AIを信頼しているが利用していない層」の存在です。この「信頼×非利用層」は、日本において多数派を占めています。AIに対して期待や関心はあるものの、実際の利用には踏み出していない、いわば“様子見”の状態にある層です。


一方、アメリカやドイツでは、AIに対して必ずしも高い信頼を持っていなくても、実利的な観点から利用する層が一定数存在します。また中国では、国家戦略やプラットフォームの普及を背景に、AIが日常生活や産業活動に深く組み込まれており、「使うかどうか」を選ぶ段階を超えているともいえます。
 
このように各国を比較すると、「信頼」と「利用」の関係性の持ち方に違いがあることが分かります。すなわち、アメリカやドイツでは必ずしも信頼が高くなくても利用が先行し、中国では社会的なインフラとして利用が定着しています。それに対し、日本では信頼はあるものの利用に結びついていないという特徴が見られます。
 
こうした違いを踏まえると、日本の生活者はAIに対して慎重である一方、必ずしも否定的ではないという点が浮かび上がります。むしろ、期待はしているが「使うきっかけがない」「使う必然性を感じていない」といった状態にあると考えられます。

受容性にみる「使えば広がる」構造

さらに興味深いのは、AIがもたらす未来に対する受容性の分析結果です。日本の生活者は、生活の利便性が向上するようなAI活用には比較的前向きである一方、バーチャル空間での購買やAIとの対話といった領域には慎重な姿勢を示しています。すなわち、「役に立つかどうか」は重視するが、「人との関係性」や「リアルな体験」に関わる領域では慎重になるという傾向が見られます。
 
こうした全体傾向に加えて、本調査では、AIの利用状況によって受容性にどのような違いが生じるのかについても分析を行っています。ここでは、AIの利用頻度に応じて生活者を分類し、それぞれの受容性を比較しています。
 
その結果、日用品の購入代行や情報収集の高度化など、日常生活の延長線上にある機能は、AIを日常的に利用している層ほど高い受容性を示すことが分かりました。これは、抽象的な未来像よりも、具体的な利便性がイメージできる領域のほうが受け入れられやすいことを示しています。

さらに、AIの利用頻度が高い人ほど、AIがもたらす未来に対する受容度も高いという傾向が確認されています。これは、AIに対する評価が、実際の利用体験を通じて形成されていることを意味します。言い換えれば、「使うことで理解が深まり、その結果として受容性が高まる」という循環が存在しているのです。

日本におけるAI浸透の条件

ここまでの分析を踏まえると、日本におけるAI普及の課題は、「信頼の欠如」ではなく「利用のきっかけの不足」にあるといえます。
 
すでに日本の生活者はAIに対して一定の期待を持っています。したがって重要なのは、日常生活の中で自然にAIを使い始める機会をいかに創出するかです。
 
そのためには、業務効率化や情報検索といった分かりやすい用途に加え、個人の生活シーンに寄り添ったサービス設計が求められます。例えば、購買支援、健康管理、学習支援など、生活の質を直接的に高める領域での活用が鍵となります。
 
また、UIや体験設計の工夫によって、「使ってみたら便利だった」という初期体験をいかに提供できるかも重要です。この最初の一歩が、その後の継続利用と受容性の拡大を左右すると考えられます。

「遅れ」ではなく「ポテンシャル」としての日本

本調査から見えてきた日本の姿は、「AI活用が遅れている国」という単純なものではありません。むしろ、信頼という土台をすでに持ちながら、利用への一歩を踏み出していない「潜在層が厚い市場」と捉えられます。
 
これは見方を変えれば、大きなポテンシャルを意味します。利用のきっかけさえ適切に設計されれば、日本におけるAI活用は一気に広がる可能性を秘めているからです。
 
今後重要となるのは、AIの高度な機能そのものではなく、生活者が自然に使い始められる体験をいかに提供できるかです。日常の中での小さな成功体験の積み重ねが、理解と信頼をさらに深め、利用の拡大につながっていくと考えられます。
 
その先に見えてくるのは、単なる効率化にとどまらない、生活や働き方そのものの変化です。AIが定型業務や人間では処理しきれない情報処理を担うことで、人は例外対応や本質的な判断により多くの時間を割けるようになります。
 
これに伴い、就業に対する価値観も変化し、人にしかできない判断や創造、他者との関係性構築といった要素の重要性が一層高まっていくでしょう。また、顧客接点でも、情報提供や手続きといった機能はAIに委ねられ、人が担う役割はより高付加価値な領域へとシフトしていくでしょう。日本は今、こうした変化へと向かう転換点に立っています。

プロフィール

  • 林 裕之のポートレート

    林 裕之

    マーケティング戦略コンサルティング部

    

    外資系コンサルティングファームを経て、2015年にNRIに入社。同年から「生活者1万人アンケート調査」に関わり、2018年より取りまとめ役に。
    子供の頃の夢は科学者になることで、大学ではプラズマ物理を研究。しかし、マーケティングや生活者研究に興味を持つようになり、コンサルティング業界に進んだ。
    今の仕事を通じて社会に恩返しをすることが、日々の原動力となっている。

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    藤坂 さくら

    経営コンサルティング部

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