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アーバンイノベーションコンサルティング部 永島 裕理、安藤 太裕、衣松 佳孝


日本の食産業は、人口減少に伴う国内市場の縮小という課題に直面しています。一方で、世界では日本食への関心が高まり、市場は拡大を続けています。
こうした中で注目されるのが、訪日外国人による食体験です。インバウンドは滞在中の飲食消費にとどまらず、日本食の魅力を直接体験する機会を通じて、帰国後の需要を喚起し、海外市場の拡大につながる可能性があります。今回は、訪日外国人の消費動向をもとに、日本食市場拡大の方向性を考察します。

縮小する国内市場と拡大するインバウンド需要

日本の食市場は、人口減少や少子高齢化の進行により、今後は中長期的に縮小していくことが見込まれています。試算によれば、国内の食消費は年間約1.5兆円減少し続ける可能性が指摘されており、国内需要のみを前提とした成長には限界が見え始めています。
 
こうした構造変化を補完し得る存在として、インバウンド需要の注目度が高まっています。訪日外国人による飲食消費は、2024年時点で約1.7兆円と推計されており、コロナ後の訪日客数の回復・拡大を背景に、コロナ禍以前よりも増加しています。さらに、今後の訪日客数の増加や消費単価の上昇を勘案すると、2030年には約4.6兆円規模に達する可能性があり、国内市場において存在感を一層高めていくと見込まれます。
 
また、こうしたインバウンド需要は、単に消費規模の拡大にとどまらず、日本の食市場に新たな広がりをもたらす側面もあります。具体的には、日本食への関心を国内外で高める契機となり、その影響は滞在中の消費にとどまらず、帰国後の需要へとつながっていく点にも特徴があります。

訪日客に体験される日本食の魅力

訪日外国人の飲食消費は、日本の飲食市場において重要な位置づけを有しています。多くの訪日外国人にとって「食」は訪日の主要な目的の一つであり、日本での食体験は観光資源としても機能しているからです。
 
また、訪日外国人の飲食消費の約8割が外食であり、日本の飲食店は日本食の魅力を伝える重要な接点となっています。飲食店での一つひとつの体験が、日本食全体の印象形成に影響を与えています。
 
さらに、訪日回数の増加に伴い、食の志向が変化する点も重要です。初訪日では寿司や天ぷらといった定番料理が選ばれる一方で、リピーターになると、地方の郷土料理やその土地ならではの食材への関心が高まる傾向が見られます。訪日時の食体験は、日本食の多様性や奥行きを段階的に伝えるプロセスとして機能しているのです。

訪日体験が生む帰国後の消費拡大

日本での食体験は、帰国後の日本食消費にも大きな影響を与えます。訪日経験者は、帰国後に日本食を食べる頻度が増える傾向が確認されています。
 
特に、刺身や和牛、うどん・そばなど、訪日前には接触機会が限られていた料理ほど増加幅が大きく、日本での体験が新たな嗜好を醸成していることがうかがえます。実際に味わうことで食べ方や味への理解や感度が深まり、心理的なハードルが下がることが背景にあると考えられます。
 
また、訪日時の食経験は日本食への関心を広げる契機にもなります。訪日をきっかけに日本食レストランを訪れる頻度が増えるだけでなく、日本食品の購入や家庭での再現といった行動へと広がるケースも見られます。こうした変化は、日本食市場の裾野を拡大する要因となります。
 
さらに、欧州など日本食への接触機会が限られている地域では、この効果がより顕著に表れています。訪日後には日本食を食べる頻度が全体的に増加しているほか、刺身や和牛、うどん・そばといった、訪日前には接触機会が限られていた料理において特に増加傾向が見られます。こうした変化は、訪日での経験が強い印象を残し、その後の消費行動を大きく変化させていることを示唆しています。

訪日体験を世界市場へつなぐ成長戦略

インバウンドを起点とした日本食市場の拡大を実現するためには、訪日前・訪日中・帰国後の各段階を一体的に捉えた戦略が不可欠です。
 
まず訪日前の段階では、日本食に関する情報発信の強化が重要となります。料理そのものに加え、食文化や地域ごとの特色といった背景情報や食文化のストーリーを多言語で発信することで、訪日前から関心と期待を高めることができます。こうした取り組みは、訪日動機の形成にもつながります。
 
訪日中においては、食の魅力を体感できる機会の質と多様性を高めることが求められます。寿司やラーメンといった定番料理に加え、地方の郷土料理や季節性のある食文化に触れる機会を増やすことで、日本食の奥行きを伝えることが可能です。また、ハラルやベジタリアン対応など、多様な食文化への配慮も欠かせません。こうした体験は、その後の消費行動に大きな影響を与えるため、一つひとつの接点の質が重要となります。
 
帰国後の段階では、訪日での経験を継続的な消費につなげる仕組みづくりが鍵となります。日本食品の輸出拡大や現地での流通網の整備、ECの活用などを通じて、日本で味わった食を海外でも再現できる環境を整えることが求められます。また、訪日客の嗜好や行動データを活用したマーケティングにより、訪日外国人の関心に応じた情報提供や商品提案を行うことで、日本食への関心や愛着をさらに高めることが期待されます。
 
こうした取り組みにより、訪日での経験は一過性の消費にとどまらず、海外市場における日本食需要の拡大へとつながります。インバウンドを起点に、観光、外食、食品輸出、地域経済が相互に連関することで、日本の食産業全体の成長を支える構造が着実に構築されることが期待されます。
 
人口減少により国内市場の制約が強まる中、訪日で得た食体験を世界大での日本食市場拡大へ繋げる取り組みは、日本食産業の持続的な成長に向けた重要な戦略といえるでしょう。

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