&N 未来創発ラボ

野村総合研究所と
今を語り、未来をみつめるメディア

FJアーバンオペレーションズ 原田 昌和氏、毛利 聡氏
エフ・ジェイエンターテインメントワークス 宮脇 彩花氏
野村総合研究所 サービスデザインコンサルティング部 丹下 雄太、塚原 千紘


「福岡をおもしろく」を掲げる福岡地所グループ傘下のFJアーバンオペレーションズ(以下、FJUO)は2025年秋から、インバウンドや地元住民向けに福岡の魅力を伝える体験型デジタルマーケティングを実施してきました。地域での偶然の出会いやその街に対して改めて気づく安心感――体験者が夢中になる情緒的価値をどう生み出したのか。企画段階から伴走した野村総合研究所(NRI)のシステムコンサルタントとともに探ります。

顧客理解を深めて解像度を上げる

福岡地所は、オフィスビルやキャナルシティ博多などの商業施設、ホテル、物流施設などの都市開発を担い、FJUOはそれらの事業会社を束ね、価値を最大化する中間持株会社です。2025年にシナジーを効かせたデジタルマーケティングを展開するために事業横断型プロジェクトチームを立ち上げました。「通常のデジタルマーケティングでは、データ取得・分析することで施策を最適化し、顧客の囲い込みを図ります。しかし、私たち福岡地所グループが重視するのは、顧客を数字として捉えるのではなく、顧客理解を深めて顧客になりきる『顧客憑依(ひょうい)』による価値提供です」と、本プロジェクトを統括したFJUOの原田昌和氏は説明します。「そのために定量データに加え、顧客インタビューなどの定性データでインサイトを導き出すことを重視しています。そのうえで、それぞれのデータを踏まえて施策を立案し、結果を検証し、施策を修正するサイクルを回すことを目指しました」

プロジェクトでは、3年間のロードマップを描いた後、インバウンドターゲット、国内の足元商圏ターゲットに対してそれぞれ施策を行いました。インバウンドターゲットの施策として2025年9月から約半年間、インバウンド向けデジタルスタンプラリーを実施しました。FJUO運営のホテルや商業施設では多くの海外観光客が利用しますが、既存データは免税品購買状況などに限られ、施設を利用する目的や時間帯など、行動実態にまで迫れません。今回のデジタルスタンプラリーでは、特定スポットにチェックインしてスタンプを収集し、一定数に達すると買物券がもらえる仕組みで、解像度高く顧客を捉えようと試みました。最低3カ所でインセンティブが獲得できるところ、10カ所以上めぐる参加者も現れ、免税データでは見えなかった顧客行動を解像度高く把握することに成功しました。

「観光客が福岡に求めるイメージはグルメと買い物がメインです。太宰府天満宮などの定番観光地に加え、豊かな自然や独自性のある建造物など新たな魅力を知ってもらおうと30カ所を選定しました」と地域連携活動を担ったエフ・ジェイエンターテインメントワークスの宮脇彩花氏は振り返ります。「事後に参加者の国籍を分析すると、アメリカが第3位。フランスやイタリアも上位でした。免税品のデータではアジアが9割、欧米は1割以下なので、予想外の結果でしたし、アンケート調査でもさまざまな意見が発見できました。これらは、福岡の魅力を再発見するきっかけとなりました」

サブセグメントに着目して企画を修正

国内の足元商圏ターゲットの施策としては2025年10月には商業施設「木の葉モール橋本」で地元ファミリー層向けに「お出かけ先ガチャ」を実施。子ども連れの外出先選びに悩みがあるのでは、という仮説に基づき、LINEミニアプリで「ガチャ」を回すと、提携するアウトドアや温泉施設などを紹介し、クーポンで送客する仕組みとしました。

「来場者100人以上に直接話を聞いたところ、インタビューに協力的な方が多く、お客様の熱量や期待を感じました」と語るFJUOの毛利聡氏は、顧客行動の解像度が高まったことを実感しています。「たとえば、一口に未就学児といっても、両親の意思決定の方法やタイミングに違いがありました。0~3歳児は体調次第で当日に行き先を決めますが、4~6歳児は活動量が増えるので1~2週間前から計画を立てる傾向がありました。さらに今回の施策では、参加者が、“自分はこの場所の一員である”という帰属意識と安心感を抱き、『木の葉モール橋本』という地域の中心的施設に強い親しみと所属感を持っていることが分かりました」。そこで、第2弾では、第1弾の成果をもとにPDCAサイクルを回すことで、クーポンの利用期限や年齢に応じたガチャの行き先を見直すことができました。

「福岡はコンパクトシティでテストマーケティングがしやすく、FJUOは機動的に動ける規模感なので、今後もいろいろなことができそうだと感じました。ただし、提供側目線ではなく、お客様の体験価値向上の取り組みであることは絶対にぶらさないつもりです」と、原田氏は今回のプロジェクトを振り返ります。

生成AIを活かした顧客体験デザイン

2つの施策に共通するのは「偶然の出会い」を設計した点だと、NRIの塚原千紘は指摘します。「デジタル顧客体験をつくる際に、すべて最適化されたデジタルに変えれば、結果がついてくるわけではありません。偶然性やワクワク感といった情緒的な体験やアナログの良さをなくさないことが重要です。そうした要素をデジタルでの効率化とうまく組み合わせて設計することがポイントになります」

「生成AIの普及で、顧客はAIに相談すれば最短距離で、想定していた情報や商品に到達できます。だからこそ企業は最適化だけでは届かない『情緒的価値』をどう提供するかを問われています。今回のプロジェクトから得られた、『偶然性・感動』や、『所属意識・安心感』といった情緒的価値の設計は、その答えの一端になる」と、NRIの丹下雄太は考えています。「所属意識は顧客がコミュニティや施設に帰属していると感じること、安心感はその中で心理的に安全で心地よく過ごせる感覚を指します。これらはAIでは提供しにくい、人間ならではの価値です。生成AIなどのデジタルテクノロジーを単なる最適化と効率化のツールで終わらせずに、進化していくAIの恩恵を活かした顧客体験のデザインに一層取り組んでいきたいと思います」

プロフィール

  • 丹下 雄太のポートレート

    丹下 雄太

    サービスデザインコンサルティング部

    

    2015年に京都大学大学院情報学研究科修士課程修了後、同年野村総合研究所入社。
    入社後は顧客接点高度化・データ活用のためのシステム・業務改革コンサルティングに従事。
    2017年にDeep Learning基礎講座(NEDO/AIRC=東京大学人工知能先端技術人材育成講座)を修了、2018年に米国サンフランシスコイノベーション研修を修了後、現在はデジタルを活用した事業変革・新事業創造に従事。

  • 塚原 千紘のポートレート

    塚原 千紘

    サービスデザインコンサルティング部

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。