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未来創発センター 未来社会・経済研究室 李 智慧


中国の人型ロボット産業が急速に存在感を高めています。その発展を支えているのは、政府による産業育成政策や巨大市場、産業資本による積極的な投資、多様なプレイヤーによる技術開発など、さまざまな要因です。さらに、素早い社会実装を通じて蓄積されたデータがAIモデルを進化させ、その性能向上が新たな社会実装につながるフライホイール効果が、イノベーションを加速させています。ここでは、中国人型ロボット産業の発展を支えるプレイヤーや技術革新の構造、社会実装による産業変革を整理し、日本への示唆を考察します。

世界に先駆けて量産フェーズに移行

中国の人型ロボット産業は、2025年に量産フェーズへと入りました。市場規模は前年比約450%、出荷台数は約7倍へ拡大し、世界全体の8割超を中国が占めるまでになっています。
 
ロボット技術も急速に発展を遂げています。これは、7月上海で開催された世界人工知能大会、8月北京で開催された世界人型ロボット運動会などの事例からうかがえます。世界人型ロボット運動会は、2025年の初開催からわずか1年でロボットの各種性能が大幅に向上し、陸上100メートル走など、数々の人間の世界記録を突破しました。垂直跳びでは、昨年の記録である0.97メートルを大幅に上回る3メートル40センチをたたき出し、人間には到達が困難な高さに達しました。こうした催しは、単なる技術デモンストレーションではなく、中国の人型ロボットが実用段階に入りつつあることを象徴しています。
 
一方で、人型ロボットはまだ発展途上の技術でもあります。特定の作業では高い性能を発揮できる一方、人間のように周囲の状況を理解し、多様な環境で安全かつ柔軟に行動するには、なお多くの課題が残されています。今後ロボット本体だけでなく、ロボットのモデル、学習用データ、開発基盤が競争のカギを握ることとなっています。

技術革新を支える、多様なプレイヤーの存在

AIモデルやOSを開発する企業、ロボット本体およびソフトを一貫して開発する企業、データや開発基盤を提供する企業といった分類で、人型ロボット産業の技術革新をけん引する代表企業を分析します。
 
まず、人型ロボットの「頭脳」を高度化するAIモデルやOSの開発に注力する企業の事例として、LimXはロボットの動作制御とAIを統合したOS「COSA」を、Galbotは物理世界の法則を学習する世界モデル「AstraBrain」を開発し、いずれもオープンソース化を進めています。技術を広く公開することで、多様な開発者や企業が改良に参加できる環境を整え、技術革新のスピードを高めようとしているのです。
 
次に、モデルからハードウェアまでを一体的に開発するフルスタックベンダーは、ロボット本体、AIモデル、学習データおよび開発環境を組み合わせたオープンソースエコシステムを構築し、業界全体の発展をけん引しています。AgiBotは、自社で構築した開発基盤を34の国・地域へ展開し、グローバルなエコシステムを形成しています。また、Unitreeは人型ロボット向けアプリストア「UniStore」を公開し、ロボット向けアプリケーションを世界中の開発者が共有・活用できる環境を整えました。こうした取り組みは、1社だけで技術を囲い込むのではなく、多様なプレイヤーとともに市場を育てる発想に基づいています。
さらに、人型ロボットの進化に欠かせないデータや開発ツールを提供する企業・研究機関も重要な役割を果たしています。北京人型ロボットイノベーションセンターは、オープンソースのデータセットや開発基盤を提供し、産業全体の技術力向上を後押ししています。遠隔操作やモーションキャプチャーなどを活用したデータ収集も進められており、AIモデルの性能向上を支えるリアルデータが着実に蓄積されています。
 
こうした変化は、人型ロボットを単なる自動化機器ではなく、産業全体のデジタル化や高度化を支えるインフラへと押し上げつつあります。人型ロボットの実用化に向けて、物理世界で動くための物理法則の学習が不可欠です。そのため、工場や店舗、家庭などの現実世界で、ロボットが実際に行動することによって生まれるデータが重要になります。中国では、AI・ロボットを実社会へ導入して得られる「実データ」が多いため、モデルの改善サイクルを短期間で素早く回せます。一度このサイクルが回り始めると、成長は自己強化的に加速します。このように、データがモデルの進化を促し、それが次の進化を生む「データのフライホイール(図)」こそが、中国の人型ロボット産業の競争力を生み出す原動力と言えるでしょう。

異業種参入で加速する人型ロボット産業

2025年の世界の人型ロボット関連資金調達は約215件と前年の2倍以上に増え、調達額も約1兆3,500億円へと急拡大しました。件数では中国が世界の約9割を占めていますが、注目すべきは、その資金の多くをメガテック企業やメーカーといった産業資本が担っていることです。政府主導の産業育成というイメージが強い中国ですが、人型ロボット分野では、美団やアリババなどのメガテック企業、シャオミやCATLなどのメーカーが、自社事業との相乗効果を見込みながら積極的な投資および参入を進めています。

例えば、スマートフォンメーカーのHONORは、精密製造技術やバッテリー技術などスマートフォン製造で培った技術をロボットへ応用し、わずか1年あまりで、人型ロボットハーフマラソンで先行するロボットメーカーを抑えて優勝を果たしました。また、家電大手の美的集団は、生産現場のさらなる生産性向上・高度化を実現するため、自社で開発した6本腕の人型ロボットを自社工場に導入し、生産ライン切り替えプロセスの効率性を従来比で約30%アップ、設備の設置面積を約40%ダウンさせています。さらに、スマートフォン、EV車、スマート家電を手掛けるシャオミも人型ロボットを自社のEV工場に導入し、「7:2:1」の生産モデル(自動化設備70%、人型ロボット20%、人手10%)の実現を目指しています。

このように、中国では、従来のロボットメーカーや新興ロボット企業だけでなく、家電や自動車などの異業種の企業も人型ロボット産業に積極的に参入しています。社会変革のインフラと位置づけられる人型ロボットを巡るこうした全業種的な取り組みが、イノベーションの加速をもたらしています。

人型ロボットは産業構造そのものを変え始めている

人型ロボットの社会実装が進むことで、変わるのは個々の業務だけではありません。中国では、人型ロボットをAIやIoT、自動運転などのデジタル技術と融合させ、産業全体の変革につなげようとする動きが加速しています。
従来の産業用ロボットは、あらかじめ決められた工程を、正確かつ高速に繰り返すことを得意としてきました。一方、人型ロボットはAIモデルの進化によって、作業環境や対象物の変化に応じて柔軟に判断し、人と協働しながら複数の業務を担うことが期待されています。人手不足への対応だけでなく、多品種少量生産や柔軟な生産体制の実現など、製造現場そのものの在り方を変える可能性を秘めています。
中国有数の電子機器の受託生産企業であるLongcheerでは、AgiBot製の人型ロボットを生産ラインへ導入しています。また、中国郵政もROBOTERA製の人型ロボットを物流現場に導入し、仕分け工程の自動化を推進しています。さらに、Galbotによる無人ロボット店舗の展開など、実用化の事例は枚挙に暇がありません。
 
今後、製造業などにとどまらず、医療、介護など幅広い分野への展開が期待されています。人型ロボットは、単なる業務効率化ツールとしての役割を超え、将来的には新たな事業価値の創出を担う存在へと変貌しつつあります。

日本にも求められる、社会実装を起点とした好循環

では、日本はこの変化にどう向き合うべきでしょうか。人型ロボットが産業構造そのものを変える可能性を持つとすれば、日本にとって重要なのは、この変化を競争力の向上へいかに結び付けるかという視点です。
 
日本には、高品質な部品・素材、改善を重ねた製造技術、産業用ロボットにかかる高度な運用ノウハウなど、人型ロボット産業の発展につながる多くの資源があります。重要なのは、これらを個別の資源として蓄積するだけでなく、データとして収集・活用し、AIモデルの高度化へ結び付けていくことです。
 
また、完成度の高い人型ロボットが上市されるのを待つのではなく、利用企業と開発企業が現場で試行錯誤を重ねながら社会実装を進めることも欠かせません。例えば、三菱電機の中国子会社はスタートアップのLumosと連携し、中国工場の生産ラインへ人型ロボットを導入することで、わずか2カ月弱で、単一工程のタクトタイムを30秒から12秒程度へ短縮しています。現場で得られた知見を次の改善へ活かす取り組みは、日本でも好循環を生み出す一つのモデルになるでしょう。
 
さらに、こうした社会実装を持続的に広げていくためには、オープンソースの開発基盤を積極的に活用するとともに、安全基準や業界標準の整備を並行して進めることも重要です。技術革新と社会実装を両立させる環境づくりが、日本の競争力を左右すると考えられます。
人型ロボットの開発競争は、ロボット単体の性能を競う時代から、計算インフラ、製造サプライチェーン、データやツール等の開発基盤、社会実装を通じて技術を進化させ続ける仕組みまでを含む産業エコシステム全体を競う時代へ移りつつあります。日本でも、優位性を持つ高度な製造開発技術や、安全性・信頼性・効率性を重視する現場の知見を活かしつつ、オープンソースのエコシステムを積極的に活用し、研究開発から現場実装に至るまでのスピードを高める戦略が求められています。

プロフィール

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    李 智慧

    未来社会・経済研究室

    

    中国出身。神戸大学大学院経済学研究科博士前期課程修了後、大手通信会社を経て2002年に野村総合研究所に入社。
    専門はデジタルエコノミー、メガテックのビジネスモデルと戦略、フィンテック、ブロックチェーンやAIなどの先端企業の事例研究など。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。