木内登英の経済の潮流――「世界の中央銀行はコロナ禍が生んだ住宅バブルの崩壊を回避できるか」
先進国の住宅価格は30年来の高い上昇率に
世界各地で住宅価格の異例な高騰が続いています。新型コロナウイルス問題がその背景にあることは、疑いがありません。まず、コロナ対策で積極的な金融緩和策が各国で実施されたことの影響が考えられます。低金利で資金の借り入れがしやすい環境は、個人の住宅購入を後押しします。また投資の期待収益が調達コストと比べて高まることも、借り入れ拡大を伴う形で住宅投資を高めています。
それ以外にも、コロナ禍の下での巣籠り傾向の長期化やリモートワークの広がりによって、都市部で働く人が郊外により広い居住スペースを求めるようになったことも影響しているでしょう。さらに、急速な需要回復を受けた供給不足によって生じている住宅建設の人件費上昇や、木材、鉄、銅などの原材料価格の上昇が、住宅価格を押し上げている面もあります。
OECD(経済協力開発機構)のデータによると、調査対象の40か国中、今年1-3月期に住宅価格が下落した国はわずか3か国しかありませんでした。その比率は、2000年に集計を始めて以来最も低くなっています。他方で、先進国の住宅価格は、1-3月期に前年同期比+9.4%もの上昇となりました。リーマンショック(グローバル金融危機)前のピークの+7%台を既に大きく上回って、30年来の水準にまで達しているのです。
4-6月期以降も上昇率が高まる傾向が続いています。その先頭を走るのは米国です。5月のS&Pコアロジック・ケース・シラー住宅価格指数(主要20都市)は、前年同月比+17%上昇しています。
警戒を強める各国中央銀行
こうした住宅価格の高騰に、各国の中央銀行は警戒を強め始めています。ニュージーランド中央銀行は7月14日に、新型コロナウイルスによる経済混乱を受けて導入した資産買い入れを停止すると発表しました。住宅価格の高騰が、その決定の理由の一つです。
ノルウェー中銀も住宅価格の高騰に警戒を強めており、9月にも金融政策の正常化策を打ち出すとの見方が強まっています。一方、FRB(米連邦準備制度理事会)内では、住宅価格の高騰を警戒して、MBS(住宅モーゲージ担保証券)の買い入れ減額を国債買入れの買入れ減額に先行して実施すべきといった、2段階テーパリング(資産買い入れ減額)論が支持を集め始めています。それ以外にも、BOE(イングランド銀行)や韓国中央銀行など、住宅価格の高騰に警戒を強める中央銀行が急速に増えてきているのが現状です。
中央銀行の頭を悩ませるもう一つの問題に、物価上昇率の上振れがあります。住宅価格の上昇が続けば、消費者物価の中で高い構成比を持つ家賃の上昇に繋がる可能性があります。理論的には、家賃の変化が住宅価格を変動させるのですが、実際には住宅価格の上昇を受けて家賃を引き上げる動きが広がることはしばしばあります。
足元での物価上昇率の上振れは一時的要素によるところが大きいと考えられえられますが、住宅価格の高騰が家賃に転嫁されていけば、物価上昇率の上振れが長期化してしまい、2つの問題が連動して相乗的に悪化するようになることも、中央銀行の中では懸念されているのです。
住宅価格の上昇は既に行き過ぎた可能性も
80年代のバブル期に日本銀行は、「不動産価格の高騰は金融政策で対応するものではない」との認識を持っており、結果的にバブルの生成を見逃してしまいました。行き過ぎた不動産価格がひとたび下落に転じると、それは深刻な銀行の不良債権問題を引き起こし、平成銀行危機へと繋がっていったのです。行き過ぎた住宅価格の下落が深刻な銀行危機を生じさせたのは、リーマンショック時の米国の経験でもあります。こうした経験を踏まえると、各国中央銀行が足元の住宅価格高騰を強く警戒するのは当然のことでしょう。
さらに、金融政策運営上、住宅価格をより重視する仕組みを作ろうとする動きも中央銀行の間には見られています。ニュージーランド中銀は、住宅価格の安定をその使命(マンデート)に加えました。またECB(欧州中央銀行)はEU(欧州連合)の統計部門に対して、住宅価格を消費者物価統計に取り入れることを要請しています。
このように、中央銀行が住宅価格の動きをより重視する傾向を強めていることが、リーマンショック再来のリスクを下げる、との指摘も聞かれます。しかし、コロナ禍やその後の経済情勢については、過去の経験則が成り立たない面も多く、果たして金融政策が先手を打って住宅価格高騰とそれに関わる金融リスクに適切な対応ができるのかどうかはなお不確実です。
住宅価格の上昇は、既にかなり行き過ぎてしまった可能性もあります。それを先行きの経済や金融に大きな問題を起こさずに収束させていけるのかどうか、予断を許さない状況が今後も続きます。
木内登英の近著
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