野村総合研究所(NRI)が、1997年から3年おきに実施している「生活者1万人アンケート」。日本人の価値観や消費行動などを理解する上で欠かせないデータとなっています。林裕之は2015年からこの調査に関わり、現在はリーダーとして調査活動に従事しています。「仕事を通じて、社会をよりよく変えたい」と林は言います。生活者調査にこだわる理由と、明確な目指す理想が、林にはあります。
生活者調査によって社会の役に立ちたい
以前からマーケティング戦略や生活者研究、データ分析などに興味があり、NRIに入りました。私が入社した年の夏は、ちょうど「生活者1万人アンケート調査」が実施されるタイミングでした。1997年からNRIが続けてきた大規模な調査であること、R&Dとして自社でお金かけて実施していることを知って、非常に驚いたのを覚えています。私もこの活動に関わりたいと思い、当時からの担当者であった松下東子さん に頼みチームに加えてもらいました。2018年からは調査の取りまとめ役として動いています。
「生活者1万人アンケート調査」では、生活者の行動様式や価値観、生活への満足度が、その時々でどう変わり、どのような特徴が表れているのかを調べます。生活者の動きや価値観の傾向がわかれば、それを企業活動や社会の施策に生かすことができます。私たちが調査・分析してわかったことが世の中に広まり、よりよいサービス・商品や社会の仕組みづくりの一助となるなら、とても嬉しいし、調査を続ける甲斐があります。
企業活動を促す説得力や、政策づくりの根拠に
最近の調査の結果から、今後の企業活動や政策に生かせる点も見えてきました。 たとえば、デジタルサービスを利用している人と利用していない人を比較すると、利用している人の方が生活満足度が高い傾向が明らかになっています。デジタルサービスを利用する人は、サービス利用のために個人情報を登録することへの抵抗が低く、さらに、コロナ禍においてはサービス利用の価値を、利便性だけでなく、非接触であることの安心安全面にも置いていることがわかりました。企業ではデジタル化の推進の一つとして、バーチャルな接客対応の必要性があげられています。しかし、対面を重視してきた企業ほど、なかなかデジタル化に踏み切れないことがあります。ところが、生活者側はコロナ禍における自粛生活をきっかけにデジタル化を受け入れる機運になっており、また、デジタル活用の価値を安心安全の面にも置いている。こうした調査結果が、企業のデジタル化推進への説得力となり、生活者の実状に沿うサービスを生み出すインプットになるのではと思います。
企業活動だけでなく、国の政策にも当てはまります。国民全体のスマホ保有率は上がっていますが、高齢者はスマホを保有していても活用できていない状況が明らかになっています。情報リテラシーのギャップが広がっているのです。コロナ禍において日本は、国としてDX推進をうたっています。しかしそのためには、日本人全体のデジタル化の底上げが必要だと思います。調査によって、こうした見落とされる部分を明らかにして、社会の政策に生かしてもらいたいと思っています。
社会への恩返しという使命
自分が携わる仕事を通じて社会をよりよくしたいという気持ちが、私には人一倍強くあります。子供の頃は科学者になることを夢見て、大学では核融合開発につながるプラズマ物理の研究に没頭しました。その後、マーケティングや生活者研究に興味を持った理由は、人々のためになるサービスを企業が展開できれば、人々の生活も社会もよくなると考えるようになったからです。
私は大学時代の4年間を公益財団法人松尾育英会にお世話になりました。松尾育英会はこの社会をよりよくする人材を育てる目的で運営されている団体で、入学金、学費、寮費、食費などの費用を無償で支給するかわりに、創立者・松尾國三氏の「受けた恩は社会に還元せよ」との言葉に基づき、大学卒業後は社会に対して貢献することを約束しています。私の場合、もちろん研究者になってもよかったのですが、核融合の研究は成果を出すのに、50年、100年の年数がかかります。私が生きている間に、この分野で社会に実益をもたらすのは難しいと感じ、もっと目に見えるかたちで社会の役に立ちたいと悩んでいたときに、マーケティングの世界を知りました。人々のためになるサービスを企業が展開するお手伝いができれば、社会をよりよくすることにつながる、そのためには生活者を理解することが大切と考えるようになりました。
日本のインフラデータとしての活用を
私がNRIで生活者調査に関わり、この成果を社会に還元することは、これまでお世話になった方々に対する自分なりの恩返しだと思っています。引き続き調査と情報発信を広く続けていきたいと思っています。 最近は、NRIの調査に対して企業や官公庁からの注目度が高く、「生活者1万人アンケート調査を活用して〇〇の分析をしてほしい」など、個別のご依頼をいただくことも増えてきました。しかし個々にお応えすると、お客さまに大きなコスト負担がかかってしまいます。そこで「生活者1万人アンケート調査」のデータを、お客さまにもっと低価格で、広く活用いただけるように、2022年からダッシュボードの提供サービスを開始しました。お客さまはダッシュボード上で、これまでのデータ推移を多様なセグメントで切って、変化を見ることができます。
今後は、中小企業や大学など教育機関が「生活者1万人アンケート調査」のデータを、気軽に利用できるくらい全国に浸透させたいと思っています。国勢調査のように、公共データと同じくらいに位置づけられ、活用してもらうことが理想です。NRIが多大なお金をかけて長年実施してきた「生活者1万人アンケート調査」は、日本人を理解するうえで非常に貴重なインフラデータだと思っています。この調査に関わり、その成果を社会に還元することが、私にとっては学生時代からの使命である社会への恩返しになると思っています。
マーケティングサイエンスコンサルティング部
林 裕之
Profile
- 外資系コンサルティングファームを経て、2015年にNRIに入社。同年から「生活者1万人アンケート調査」に関わり、2018年より取りまとめ役に。子供の頃の夢は科学者になることで、大学ではプラズマ物理を研究。しかし、マーケティングや生活者研究に興味を持つようになり、コンサルティング業界に進んだ。今の仕事を通じて社会に恩返しをすることが、日々の原動力となっている。
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