「暮らしや子育て」と「仕事やキャリア」。どちらか一方ではなく、どちらにも意欲的に取り組みたい「フルキャリ」をはじめとして、新しい働き方や暮らし方を世の中に提案してきた武田佳奈。独自の調査を行い、統計データや内外の事例研究などを通じてファクトを積み上げ、問題解決に向けた提言を行う際に、何を重視してきたのでしょうか。
研究成果を提示するだけで終わらせたくない
大学時代は人間の脳の情報処理機能について研究していました。企業との共同研究も行っていたのですが、研究成果に基づけば正しい提案でも、企業は必ずしも採用してくれないという壁に直面しました。研究成果を発表して終わるのではなく、どうすれば提案を受け入れ実現につなげることができるのか。それには、慣習や制度、さらには人々の認識や世論といったより大きな枠組みから変えていく必要があるのではないかと考え、公共系のシンクタンク機能を持つ野村総合研究所に研究員として入社しました。
入社以来10数年間、官公庁向けの政策立案支援や実行支援の仕事を担当し、その後、民間企業の事業戦略立案や新規事業創造支援などの仕事に従事しました。
もともと人間がどのように情報を処理し、意思決定や行動を起こすのかに興味があったので、業界や分野をあまり意識することなく、その都度、お客様や生活者・消費者は何を考えているのか、どういう事実を積み上げ、どう説明すれば必要な意思決定や変化を促せるかに拘って仕事をしてきました。
多様な立場を意識し、結果を重視した提言スタイルへ転換
このように多様な分野の案件を担当していた上に、育児休暇を取得して仕事を中断したこともあって、「これが自分の専門分野」と胸を張って言えるものをいつまで経っても確立できず悩んでいた私にとって、転機となったのは女性活躍推進法が成立した2015年です。お客様である企業においても女性活躍に取り組まざるをえなくなり、NRIとしてもこの分野でお客様の課題解決を支援する必要が出てきました。当時の部長から「やってみないか」と声をかけられたのです。
ただ、子育てをしながら働く女性という対象イメージは、あまりにも自分と重なりすぎていたため、どれほど真摯に研究や提言を行っても、当事者が自分のメリットのために自己主張しているだけだと受け止められてしまうのではないかと危惧しました。しかし部長から、だからこそ、「あなたが納得のいくものを探すことができれば、それが結果的にお客様の役に立つことになる」と助言され、それならば、自分なりの解を探してみようと思ったのです。
この仕事に臨むときに意識したのが、自分の意見が女性や働く母親の意見に偏っていないか、部下を抱えるマネジャーや経営者の立場でも物事が見えているかと、常に自問自答することでした。その結果、時にはマネジャーや経営者に対して、時には働く女性に対して厳しい指摘をせざるをえないこともありました。それぞれから否定的な意見を突き付けられ、落ち込んだり葛藤を感じたりしました。それでも、最終的に経営層の意思決定につながり、求める形に近い環境が実現されることが、結果的に双方の利益になるという気持ちを強く持ち、提案を続けています。誰かの心を動かしたり、行動する背中を支えられるように、研究結果や提案を伝えるときに使う一言一句の選択、伝えたいメッセージの順番、話し方などにも最新の注意を払うようにしています。
独自性や新規性よりも、誰かの背中を押す力になりたい
現在は、女性に限らず働く人全般を対象に、マクロとミクロの両方の視点から雇用者・被雇用者の課題を解決するための調査や提言などを行っています。働き方が変わりつつある今、どのように現役世代が働きやすくなるか、どのように評価や処遇を変え、今後の働き手をどのように確保するかは、企業にとって重要なテーマとなっています。その中で、社会的意義を訴えるだけでなく、それが経営上のメリットにつながることを明確に説明していくことが自分のミッションだと思っています。
NRIの各種刊行物やウェブサイトでの情報発信がきっかけとなって、メディアの取材を受けたり、書籍の出版や講演依頼などもこなす機会が増えてきました。NRIのお客様などの勉強会、講演会、経営者とのディスカッション、パネルディスカッションなどでも話をさせていただくのですが、実は大勢の前で話すのは苦手です。大勢の方の視線を受けて、だんだん声が小さくなり、早く終わらせたいと思ったことは数え切れません。ですが、「話を聞けて良かった」という感想や「提案を聞いて、大変だけど変えていきたいがどうしたらよいか」という相談を受ける中で、少しずつ自信をつけてきました。
調査結果から得られる示唆や提言には、必ずしも独自性や新規性がなくてもいいと私は考えています。みんなが知っていること、当たり前のことでも、NRIが言っているからと、お客様が耳を傾け、行動を起こそうと考えるようになる。何よりも意思決定者の背中を押す力になれることが重要です。
誰かの役に立つという専門性で貢献する
最近になって、自分のキャリア感が少し変わってきたように思います。当初もがいていたのは、自分には得意なものがない、専門性がない、キャリアと言えるものがないと思っていたからです。しかし、得意不得意とは関係なく、自分が誰かの役に立てることはあります。その期待に応えようと活動していることそのものが私の専門性なのではと考えるようになってからは、少し気持ちが楽になりました。
日本は今、少子化、人口減少、それに伴う労働力不足によって、経済や社会保障をどのように維持していくかといった問題を抱えています。私は、これらの問題をできるだけ次の世代に残したくないと強く思っています。
特に今回のコロナ禍は、社会に大いなる不安感と不透明感を蔓延させていますが、他方で何年もできなかった改革を実現させる大きな機会でもあります。単なる一時的なブームや表面的な変更に留めないためにも、人々の行動や心理など根源的な要素にも着目し、変えるべきものは大胆に変えて、社会と企業と一人一人の生活者が持つそれぞれの課題の解決に着実に結びつけるべきです。これからも、NRIと私ならではの立場を活かしながら、さまざまな情報や視点を提案し、国や企業の方々の意思決定と実行に役立つようなご支援をしていければと思っています。

未来創発センター グローバル産業・経営研究室
武田 佳奈
Profile
- 入社以来10数年間、官公庁向けの政策立案支援や実行支援の仕事を担当し、その後、民間企業の事業戦略立案や新規事業創造支援などの仕事に従事。
現在は、働く人全般を対象に、マクロとミクロの両方の視点から雇用者・被雇用者の課題を解決するための調査や提言などを行っている。
未来へのヒントが見つかるイノベーションマガジン
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