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日本企業の人的資本経営への取組みの現状と課題

経営DXコンサルティング部 松岡 佐知、細川 幸稔

2022/12/14

2022年8月に内閣官房の非財務情報可視化研究会から人的資本可視化指針が公表され、2022年11月に金融庁から公表された「企業内容等の開示に関する内閣府令」等の改正案では、人的資本、多様性に関する開示を求めている。改正後の「企業内容等の開示に関する内閣府令」等の規定は、令和5年3月31日以後に終了する事業年度に係る有価証券報告書等から適用を予定している。このような動向を踏まえると、上場企業にとって投資家を含めた多様なステークホルダーを意識した人的資本の情報開示が避けて通れない課題となっています。野村総合研究所(NRI)の松岡佐知と細川幸稔に、企業の現状や必要な対応について聞きました。

どこから着手し、どこまで開示すべきか?

2022年8月に内閣官房の非財務情報可視化研究会から発表された人的資本可視化指針では、人的資本の情報開示において、経営戦略と人材戦略を連動させ、各社の「独自性」と「比較可能性」の観点から人的資本を可視化させねばならないとしています。指針では、豊富な事例や国際的ガイドライン掲載の指標一覧など参考情報が示されました。しかし、指針という位置づけからも「言われた通り実施すればよい」というわかりやすい正解が示された形ではなかったため、戸惑う企業も少なくありません。他方、同月に経済産業省主導で設立された人的資本経営コンソーシアムには300社近くが参加。開示の進め方など具体策を議論するほか、情報交換の場としても期待されています。 情報開示をめぐって特に多くの企業を悩ませているのが、経営戦略と人材戦略を連動させたストーリー作りです。松岡の考える投資家目線から見たあるべき姿は、経営戦略に沿って今後中長期的に実現したい事業ポートフォリオを明らかにした上で、この事業構造転換を実現するために求められる人材ポートフォリオを明らかにし、育成や採用などを通じて求める人材を確保する方策を示すことです。人材ポートフォリオ分析では、専門性やスキルなどを含めて、求める人材の要件や必要な人数を明確にします。 人材戦略をいかに事業戦略と結びつけられるか、というのは人事専門家の間でも長く課題となっているテーマで、様々な要因から取り組みが進んでいません。実際のところ、事業と人事の両方に専門性を持つ人材が少ない、標準的な手順が存在せず個社別の対応が必要(これは指針も述べていること)、検討に時間と工数がかかること、等が理由です。

一方、企業にとって検討しやすいのは、比較可能な定量指標です。人的資本可視化指針も国際的ガイドラインの参照を薦めており、中でも人的資本の情報開示に関する国際標準ガイドライン「ISO30414」等は参考になります。ただし、どこまでシステム投資をして自動化やデータ取得を行うか。特に、連結対象会社の多いグループ企業では、どの範囲まで対象に含めるかで、投資額が桁違いに膨らむこともあります。「ストーリーづくりや指標選定の際に、どこから着手すればよいのか、会社としてどこまで注力して推進するべきか。この2点を明確にしきれていない企業が多いようです」と、細川は指摘します。

4つのアプローチで取り組みを考える

先行企業を分析すると、情報開示に向けたアプローチは大きく4つに整理できます。①経営理念、ミッション、ビジョン、パーパス(存在意義)を軸に求める人材像を定義し、人事施策を打ち出す。②中長期戦略に沿って要員計画を立案し、人材獲得施策を説明する。③ボトムアップで現状の人事問題を抽出し、解決策を積み上げて開示する。④CHO(最高人事責任者)職などを設置し、人事系ツールやデータ基盤に投資するなど、体制構築やシステム整備を通じて本気で取り組む姿勢を示す。先行企業はこのうち1つに絞り込むというよりも、どれかを起点にいくつか組み合わせて取り組んでいます。

「産業構造」と「ビジネス上の優先課題」の2軸で自社の状況を分析すると、どこを起点に取り組めばよいかが考えやすくなると、細川は説明します。「たとえば、事業運営における人件費率の高い産業で、事業ポートフォリオやビジネスモデルの見直しが急務という企業は②や④を進めることが考えられます。今後5~10年は既存のビジネスモデルで通用する企業で人事・人材面での重要課題が顕在化している企業は、③の職場環境の改善から始めてもよいでしょう。資本集約型産業で、人的資源の影響が比較的小さい場合、まず④に取り組み、CHO主導で戦略面の土台作りをしてから、②、③、①などの方向を考えていく。このように、自社の置かれた状況に応じて、情報開示に向けた進め方は異なると思います。」

横並びではなく、自社にとってのWHYを明確にしたストーリーを打ち出す

金融庁が公表した「企業内容等の開示に関する内閣府令」等の改正案では、人的資本、多様性に関する開示を求めています。「上場企業は遅かれ早かれ対応させざるを得ませんが、他社と横並びで、同じようなデータを開示しておけばいいという考え方では、投資家から評価されません。要求されているのは、企業が投資家に対して、自社の人的資本経営についてどのようなストーリーを語るか、です。自社の経営戦略に連動した人事戦略を示し、何をどう開示するのかを、自分たちで考えていく必要があります」と、松岡は開示指標の種類や数を競うよりも、経営戦略を実行する人材をどのように確保するのか、を説得力あるストーリーで語ること、中期経営計画に描いた成長戦略は画餅でないことと伝えること、なぜその情報を開示したのか、その数値は自社の戦略・成長にとってどのような意味があるのかを説明すること、「自社にとってのWHYを明確にしたストーリー」を打ち出すことの重要性を指摘します。

「DX(デジタルトランスフォーメーション)や脱炭素の取り組みは投資をすれば短期間で成果を出すことも可能ですが、人的資源のマネジメントや変革にはコストも時間もかかる上、誰もが情報発信できる時代にあっては嘘もつけません。人事部だけで対応できる問題ではなく、経営層を巻き込んだ議論が不可欠です」とも、松岡は強調します。同様に細川も「人的資本開示を進める上で、人的資本開示に関する社内理解を促進することも重要。」と指摘します。「社内理解を促進するには、株主や機関投資家が人的資本に期待する事項や自社にとって重要な海外市場での人的資本開示の動向を経営が把握する場を設けるとともに、”経営戦略を実現する上で人的資本をどのように活用するか、その進捗を可視化するにはどのような指標を設定し、モニタリングすべきか”を経営で議論する場を設けていただきたいと思います。」

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