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見えてきたトランプ金融制度改革の射程

2017/04/24

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2017年4月21日、米国のドナルド・トランプ大統領は、税制改革に関する大統領令(Presidential Executive Order)とスティーブン・ムニューシン財務長官に宛てた二つの大統領覚書(Presidential Memorandum)に署名した。今回の覚書は、今年2月3日に署名された大統領令が指示した金融制度改革について、より具体的な内容を示したものである(注)。現時点では、2月の大統領令で提出が求められた財務省による報告書はまだ作成・公表されていないが、今回の覚書によって、これまで期待ばかりが先行してきたようにも感じられるトランプ政権による金融制度改革の射程が、より明確になってきたといえるだろう。

今回出された金融制度改革に関する覚書の一つは金融安定監督評議会(FSOC)に関するものであり、もう一つは金融機関の整然清算権限(Order Liquidation Authority)に関するものである。いずれも2010年に制定されたドッド=フランク法(ウォール街改革・消費者保護法)によって導入された制度の再検討を求めている。

第一の覚書が取り上げたFSOCは、ドッド=フランク法によって創設された、財務長官を議長とする各金融規制当局のトップによる合議制機関である。覚書は、FSOCに与えられている権限のうち、金融システムの安定性に影響を及ぼすために連邦準備制度理事会(FRB)が監督すべきノンバンク金融会社を特定する権限やいわゆるシステム上重要な金融機関などを特定する権限に焦点をあてる。

具体的には、財務長官に対して、FSOCによる上述の特定に係る手続が十分に透明であるか、調査対象となった金融機関等に法の適正手続を保障しているか、市場参加者に対して対象機関は連邦政府によって経営破綻から護られているという印象を与えないか等の様々な観点から現行制度を再検討し、180日以内に大統領に対して報告書を提出するよう求めている。

また覚書は、上述の報告書においてドッド=フランク法に定められたFSOCによる特定の手続の改善が可能かどうか、そのために必要な法改正について報告するよう求めている。また、これらの手続に関連するFSOCの活動が2月の大統領令に示された金融システム規制の中核的な原則(Core Principles)に合致したものであるかどうかを検討し、必要に応じて原則に合致させるための改善策を提案することも求めている。財務長官に対しては、これらの検討や報告が完了するまでの間、FSOCによる緊急性のないFRB監督ノンバンク金融会社の決定やシステム上重要な金融市場公益企業等の指定に賛成票を投じてはならないとも命じている。

第二の覚書は、ドッド=フランク法第2編に定められた整然清算権限に焦点をあてる。これは破綻すれば金融システムの安定性に影響を及ぼすような金融機関の経営者がモラル・ハザードに陥らないよう金融機関の清算にあたっての公的資金注入を否定し、株主や債権者の負担による破綻処理と経営者の退陣を求める制度であり、財務長官の決定に基づいてFDICが破綻金融機関の管財人となって整然清算手続きを遂行するものとされている。

しかし、大統領覚書は、ドッド=フランク法が整然清算にあたって管理費用の支払いや財務長官に対して発行されるFDIC債の元利金の支払い及びFDICの権限行使に要する資金を賄うために整然清算基金(Orderly Liquidation Fund)を創設したことを問題視する。同法は財務長官、すなわち連邦政府が引き受けるFDIC債の元利金支払いに充てる資金を賄うために破綻処理の対象となった金融機関以外の金融機関に対して賦課金を課す制度を設けているが、そうした制度の下でも、納税者に負担が及ぶ可能性があるというのである。覚書は、このことが金融機関の経営者及び債権者や株主による過剰なリスク・テイクを助長する危険性があると指摘している。

こうした問題意識に基づき、覚書は、財務長官に対して整然清算権限についての見直しを行った上で、180日以内に大統領に報告するよう求めている。そして、この見直しにおいては、金融機関の破綻が金融システムの安定性に及ぼす影響や現行制度が2月の大統領令に示された中核的な原則に合致するものであるかどうか、整然清算手続きの実施が連邦政府の財政負担につながるかどうか、こうした制度の存在が金融機関による過剰なリスク・テイクを助長したり市場参加者に一部の金融機関は「大きすぎて潰せない(too big to fail)」ものと信じさせたりしないのか、金融機関を破産法の一般的な制度に則って破綻処理する方が望ましい制度ではないのか、といった観点からの検討を行うよう求めている。

また、覚書は、財務長官が所要の見直しと報告を行うまでの間、原則として、ドッド=フランク法に基づくFDICを破綻金融機関の管財人として任命とする決定を行ってはならないとする。

2月に出された金融制度改革に関する大統領令は、ドッド=フランク法を初めとする既存の金融規制について、同大統領令によって策定された中核的な原則に合致するものであるかどうかといった観点から、見直しを行った上で120日以内に財務長官が報告するよう求めていた。その報告期限が到来しない段階で、トランプ大統領が、内容が重複している部分もあるような覚書をあえて発出した背景には、オバマケア廃止法案が頓挫したことなどで疑問符が付けられた感のある政権の政策遂行能力の高さとスピード感を改めてアピールしたいという政治的思惑があったのだろう。

今回の覚書のように、法令の具体的条項にまで踏み込んだ指示を出すというやり方が、大統領の政策遂行能力の高さを示したと受け止められるかどうかは定かでない。一方、米国における金融制度改革をめぐる動向を注視してきた筆者の感想は、やはりトランプ政権の発足当初から憶測していた通り、これから着手される金融制度改革は、ウォール街が囃してきたような金融機関の収益力を向上させる大胆な規制緩和にはなりそうもないというものである。

今回の金融制度改革に関する二つの覚書が求める制度見直しの検討は、いずれも大手金融機関が破綻しても納税者によるコスト負担の上で、政府によって救済されるのではないかという憶測や観測の否定を目指すものであり、共通の問題意識に立脚するものだといえる。トランプ氏は、大統領就任以前からドッド=フランク法が「大きすぎて潰せない(too big to fail)」という考え方を容認しており、金融機関のモラル・ハザードを助長し、納税者に不当な負担を強いるものだと繰り返し主張してきたが、今回の二つの覚書の内容は、正にそうした見方に基づいた制度見直しを求めるものとなっている。それは市場が囃してきた「金融規制緩和」、例えば大手金融機関による自己勘定でのトレーディングやヘッジファンド等への投資を制限するボルカー・ルールの撤廃、といったものとは全く逆の方向と言っても過言ではない。

もともとトランプ氏やその周辺の金融規制に対する問題意識は、ドッド=フランク法に象徴される民主党政権下で強化された金融規制によって中小企業者が資金繰り面で苦しめられているといったもので、大手金融機関の収益性を高めるような規制緩和への関心は薄い。選挙戦では銀行・証券分離規制を導入した1933年のグラス=スティーガル法の復活にすら言及していたほどである。

その点に関連しては、今回出された第一の覚書が、一部のノンバンク金融会社をFRBが監督する制度に着目するものであったことが興味深い。覚書自体は、FSOCによる決定プロセスや決定基準の見直しを求めるもので、ノンバンク金融会社をFRBが監督すること自体を問題視するものだとはいえない。

しかし、覚書の背景にある、金融システムの安定性に影響を及ぼす金融機関は納税者の負担によって保護されかねないという問題意識からすれば、そもそもノンバンク金融会社が金融システムの安定性に影響を及ぼすような業務を行わなければ、FRBによる監督も公的資金による破綻時の救済も不要ではないかという発想につながってもそれほど不思議はない。それは、金融システムの安定性を担う預金取扱金融機関(商業銀行)とリスクの高い業務を営む投資銀行(証券会社)の兼業を禁じることで金融システムの安定性確保を図ろうというグラス=スティーガル法の思想とも相通じるものである。今後、大統領選挙期間中にトランプ氏によって語られていた「グラス=スティーガル法の21世紀版」が、制度改革の具体的なアジェンダとして改めて提起される可能性も否定できないだろう。

(注)当コラム「動き出すトランプ大統領の金融制度改革」参照

執筆者情報

  • 大崎貞和

    大崎 貞和

    未来創発センター
    戦略企画室

    未来創発センター 戦略企画室

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