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Appleと任天堂(後編):「岩田さん」、「任天堂 “驚き”を生む方程式」

2019/11/29

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AppleのiPhone開発の歴史をめぐる「ザ・ワン・デバイス」に続く後編である。今回は後編として任天堂を取り上げる。後編では任天堂の岩田聡元社長の発言をまとめた「岩田さん 岩田聡はこんなことを話していた。」と、事実関係の補完として井上理「任天堂 “驚き”を生む方程式」を元に、任天堂の強さの秘密と、さらにAppleとの比較も考えてみたい。というわけで、見出しの構成は前編のAppleと揃えてある。適宜前編を参照してほしい。

  • 本文中敬称略
  • なお、引用出典は「岩田さん 岩田聡はこんなことを話していた。」を「岩田」、「任天堂 “驚き”を生む方程式」は「任天堂」と表記している。

[著]ほぼ日刊イトイ新聞
[発行日]2019年7月30日発行
[出版社]ほぼ日
[定価]1,700円+税

[著]井上 理
[発行日] 2009年5月13日発行
[出版社]日本経済新聞出版社
[定価]1,700円+税

【製品コンセプト】論理的に導き出されるコンセプトとその徹底

岩田が任天堂の社長に就任したのは2002年のことである。当時は2000年に発売されたソニーのPS2が絶好調の時期であり、さらにその三年後の2005年にはIT業界の巨人であるマイクロソフトがXbox360を発売する。据え置きゲーム機市場が三つ巴の大競争時代に突入するタイミングで岩田は任天堂の社長に就任した。

そのような環境下で岩田は全く別の問題意識を持っていた。それは「ゲーム人口の減少」である。PS2やXboxは高性能なハードウェアを備え、ゲームコンテンツはそのハード能力を活かすために流麗なグラフィック、また長大かつ重厚なシナリオを持つ大型タイトルが増えていた。しかしマーケットの中身を見ると、ゲームをする人口が明らかに若年層の一部に限られていることに岩田は気づく。それまでファミコンなどでゲームを楽しんでいた層は、時間のかかる重厚長大なゲームから離れていき、ハードウェアの高性能化に伴う操作の複雑化もその傾向に拍車をかけていた。

岩田はそこで全く方向性の違うコンセプトを導き出す。それは「家庭・家族に溶け込めるゲーム機」というコンセプトである。もっと露骨に言えば「お母さんが怒らないゲーム機(岩田は「お母さん至上主義」と呼んだ)」というコンセプトだ。岩田は「親がゲームを『一日一時間』と決めたら、ゲームを始めて一時間後に、本当に電源が切れてしまうという仕様(岩田 pp.145-146)」を提案して開発陣を驚かせる(実際は「ゲームを遊んだ時間のログを残す」ということで決着した)。「お母さんを怒らせない」というコンセプトを具現化するためには、ゲーム屋らしくない発想・考え方を厭わない岩田の姿勢がよく分かるエピソードだ。

実際のWiiの製品としての特徴を挙げてみよう。

  • 小さいサイズ:リビングにあっても邪魔にならない
  • 低消費電力化:チップの設計を高集積化・小型化することで消費電力を減らし、さらに排熱を抑えることで待機時には冷却ファンを止めること(静音化)を可能にした(家族が寝静まった夜中に冷却ファンのブンブン回る音がするゲーム機は、お母さんが電源を切ってしまうだろう)
  • 下位互換性:過去のゲーム機のソフトが遊べるように下位互換性を確保した。そのため古いハードは整理することができた(テレビの前に何台もゲーム機を置かなくていいようになる)
  • Wiiリモコン:それまでのゲーム機本体にケーブルでつながるボタン一杯のコントローラをやめ、ワイヤレスでシンプルなコントローラを採用
  • Wiiチャンネル:ゲームコンテンツのみでなくTVの操作やネット接続などを表示・操作できるコンソール画面の採用。これにより「Wii経由でリビングにいる家族のおおよそのニーズ」が満たせるようになった

どれも、家庭(特にお母さん)に「敵視」されない工夫が詰まっている。発売当初、同時期の競合ゲーム機と比較してあまり高くないハードウェア性能が疑問視されたのだが、ふたを開けるとWiiは空前の販売台数を記録した。また、「Wiiフィット」というエクササイズゲームの発売により、中高年層といった新たなゲームマーケットを拡大したことも大きい。見事に当初の戦略目標であった「ゲーム人口の拡大」を達成したのである。

これ以降、ダブルディスプレイを備えた携帯ゲーム機であるニンテンドー3DS、また着脱式のコントローラを備え、全く新たな操作インタフェースを実現したニンテンドースイッチなどのヒットを生み出したのも、このような「論理的なコンセプト」の成果と言える。

一方で、岩田はそれまでの「ゲーム」のコンセプトをひっくり返すようなソフトも生み出している。上で上げた「Wiiフィット」もその一つだが、もう一つは「脳トレ」である。正式名称は「脳を鍛える大人のDSトレーニング」である。このソフトは若年層に偏っていたゲームユーザを中高年にまで拡大する起爆剤となった。実際、発売した年の敬老の日の週に脳トレの販売本数は発売初週を超えたのである。

【UIへのこだわり】「お客さんが不愉快になったら負け」

岩田は常々「ゲームは日常生活には必要のないものだ」という身もふたもないことをよく言っていた。さらに任天堂のビジネスは「自分たちがつくるものに対して、最初、お客さんは、たいして興味がないどころか、まったく興味がない(岩田、p.52)」という地点からスタートするものであることを強調していた。その意味で、「いいものを作れば売れる」というプロダクトアウトの発想を岩田はしない。任天堂には「役に立たないモノに人は我慢しない。説明書は読まない。わからなければ全部作り手のせい(任天堂、p.172)」という哲学が徹底されている。製品自体は「いいもの」であることは前提条件で、その上でその製品の良さを「いかにうまくユーザに伝えるか、そして驚かせることができるか」を徹底的に磨く。

その「不愉快な思いをさせないUI」の一つの象徴的な機能がWiiに搭載されたEGP(電子番組ガイド)機能である。家電メーカのデジタルテレビよりも素早く表示され、番組検索の操作も直感的で快適である。岩田はWiiのEGPについて、「ユーザインタフェースの反応のスピードや、操作の快適さは、ゲーム屋が鍛えられている部分なんですね。お客さんが不愉快になったら負け、わかってもらえなかったら負けということに鍛えられてきた。僕らは、そこはわりと任天堂の強みだと思っていて、その強みがテレビ番組表に生かされると、こうなるんです」(任天堂、p,171)と述べている。そのうえで「家電屋さんはインタフェースという部分でなにかをサボっている。でも僕らは、一番そこを真摯に考え、一番厳しい環境で戦ってきましたから(任天堂、p.173)」と自信を見せている。

また、現在爆発的ヒットとなっているニンテンドースイッチのフィットネスアプリ「リングフィットアドベンチャー」では、分離できるコントローラを、一つは足につけ、もう一つは付属のリングに装着し、全身でゲームキャラクターを操作するという今まで見たこともないUIを生み出した。フィットネスとRPGを組み合わせるというコンセプトの斬新さもすごいが、実際にプレイしたユーザから「まじで筋肉痛になる」「ボス戦に勝つためにジムで体を鍛えようと思う」といった単なる「フィットネスゲーム」を超えたハマる体験を生み出している。

岩田はWiiの開発時にある意味で「ハードウェアの性能競争」という路線からあえて外れた。そのことに関して、岩田は「重要なのは次世代の技術ではなく、次世代のゲーム体験でありパワーが大切なのではない(任天堂、p.48)」と言っている。技術のロードマップを外れるというのは、ハードウェアを作って売るビジネスを行っている企業にとっては非常に勇気のいる決断である。そこが任天堂の本当の意味での強みかもしれない。

【技術は積み重ね】「枯れた技術の水平思考」と積み重ね

任天堂は岩田のもと最先端技術のみを追い求める企業戦略とは一線を画すようになったが、決して技術に無頓着になったということではない。実際、任天堂の研究開発費は潤沢で、直近の2019年3月期の研究開発費は約700億円、営業利益に対する比率は約28%にのぼる。また、任天堂の研究開発では社内稟議などであまりうるさいことは言われない。「任天堂は稟議を通すためのプレゼンテーションや交渉、社内調整など煩わしい作業を、余り要求しない会社(任天堂、p.161)」なのだという。

そして任天堂には「枯れた技術の水平思考」という技術活用のDNAがある。この「枯れた技術の水平思考」というのは、任天堂がゲームビジネスに進出するきっかけをつくった製品開発部門の初代トップである横井軍平の残した哲学である。「枯れた技術」とは、既に技術的に普及期に入り、様々な用途で利用されている汎用技術を指す。それらの汎用技術を用いることで新たな利用(=ゲーム体験)を作り出すこと、そのための発想の転換を「水平思考」と呼ぶ。

任天堂の「枯れた技術の水平思考」の初期の最大のヒットは、すでに電卓で「枯れた技術」となっていた液晶ディスプレイとLSIを利用した「ゲーム&ウオッチ」である。ゲーム&ウオッチは一種類のゲームしかできないゲーム機器にもかかわらず、累計で4,800万台以上売れた。このような「枯れた技術」の応用はその後のハードウェア開発でも生かされている。例えば、Wiiのコントローラである「Wiiリモコン」は、テレビに映し出されるゲーム画面を、リモコンをポインタとすることで自由に操作できる機能が組み込まれている。今でなら例えば3次元加速度センサを利用すればこのような操作インタフェースを組み込むことは可能だが、Wiiリモコンのポインタの原理は、テレビ画面の上部につける赤外線LEDとリモコン側のCMOSセンサという2つの「枯れた技術」によって実現されている(詳細は「任天堂」pp.190-191)。この赤外線モーションセンサは、Wiiリモコンによる新たなゲームの遊び方を広げる重要な役割を担った。

しかし、任天堂は一方でゲームに新たな可能性を与える新たなアイデア・コンセプトはじっくりと時間をかけて育てる一面もある。一つの例が、Wiiで実装されたユーザの似顔絵が3Dモデルとなって実際のゲーム画面に登場する「Mii」という機能である。この機能はWiiが発売される実に20年前にアイデアとして存在していた。ここでも技術の積み重ねは連綿と続いている。

【カリスマ経営者】ファシリテータとしての「社長」

岩田はもともと任天堂の生え抜きではない。任天堂入社前、岩田はHAL研究所というファミコン向けのゲームソフト開発会社を率いていた。その後、先代の任天堂トップである山内社長に見込まれ、任天堂の社長に就任する。

先代社長の山内は、それまでトランプを作っていた任天堂を一躍電子ゲーム機器の会社に変身させた、凄腕のワンマン社長だった。製品開発の方向性や、組織づくりにしても、山内はワンマン社長として大胆な決断を次々と行うことで任天堂の成長を牽引してきた。一方、既にゲームビジネスのトップ企業となっていた任天堂に外から入ってきた岩田は、全く異なるアプローチで任天堂を率いることになる。その一つが、岩田がこだわった「個人面談」の実施である。

この個人面談は、岩田が以前率いていたHAL研究所の経営が傾き、その再建を岩田が社長として取り組んだ時期に最初に行われた。岩田は社員全員と個別に面談を行い、自社の置かれている状況と各社員の現状認識のズレの把握、さらに目指すべき方向性を一致させるための情報発信と共有を行った。この「現状把握と方向性の共有」は任天堂社長に就任した後も「個人面談」を通じて継続されていく。それが、Wiiの開発の際に「ハードウェア性能競争からの離脱」を納得させ、さらに「ゲーム人口の拡大」という新たな戦略へ全社が一丸となって進んでいくパワーの源泉となっている。その意味では、岩田の役割は「組織のファシリテータ」と呼ぶべきものだと言える。

ただ、岩田の経営戦略は徹底してロジカルに考えることからスタートしている。そのため、世間的には評価が固まっていない段階で新たなビジネスモデルを作り上げてしまっていることもある。その一つが今では聞かない日がないくらいのバズワードになっている「プラットフォーム」ビジネスである。

岩田は2008年頃、インタビューに次のように答えている。「どこにでも持って行けて、年齢も性別も関係なく誰でも触れて、無線通信ができて、プログラムが配れて、というような1つのプラットフォームが、こんな規模で普及したのは、おそらく史上初めてだと思うんです(任天堂、p.141)」。2008年は、偶然だがiPhoneの発売と同時期である。

2008年5月、ニンテンドーDSの国内普及台数2,000万台を受けて、任天堂は「ニンテンドースポット」という情報配信サービスを開始した。また、前年からはアメリカのメジャーリーグ球団であるシアトル・マリナーズの本拠地セーフコ・フィールドで、DS向けの情報配信サービス「Nintendo Fan Network」も開始している。

そして、この「プラットフォーム」ビジネスがまさに「プラットフォーム」だったことは、岩田の次の発言で分かる。「別に全部任天堂がやる必要はないんですよ。このハードはこう使うと面白んですよという幾つかの例を、まず最初に具体的に示すこと(中略)。皆さんに、なるほどねと言っていただける例ができたら、たくさんの人が、じゃあこう使ってみようとなって、本当にインフラとして使っていただけるようになるのかなと(任天堂、p.143)」。これこそまさにプラットフォーマーの発想である。

その後、AppleのiPhoneなどにゲーム市場は蚕食される時期を迎えることになるが、岩田のプラットフォーム構想はiPhoneよりも早い時期に現実のものとなっていたのである。

Appleと任天堂の共通点

さて、ここまで任天堂とAppleについて、それぞれの歴史を転換させたハードウェアの開発を通して見てきた。最後に、Appleと任天堂の共通点と相違点を当事者の言葉で語ってもらって終わりとしたい。

「Appleと任天堂に共通点があるとすれば、『シンプルにすることによって魅力を際立たせる』というようなことじゃないかと思います」(岩田社長)(岩田、p.101)

「驚きをもたらすユニークで興味深い商品をたくさん作っているという点で、アップルと共通するところは多い。大変尊敬しているし、評価もしている。個人的にも、ゲームキューブとWiiを持っているよ」(フィル・シラー米アップル上級副社長:当時)(任天堂、p.162)

「明らかに彼ら(Apple:筆者注)はハイテクの会社で、任天堂はエンターテイメントの会社ですから、やはり、優先度の置き方には大きな違いがある。たとえばわたしたちは、あと0.5ミリ薄くできることより、丈夫にすることを、間違いなく、躊躇なく選ぶと思います」(岩田社長)(岩田、p.100)

蛇足だが、筆者はこのクリスマスにでもニンテンドースイッチの「リングフィットアドベンチャー」を買ってみようかと思っている。

執筆者情報

  • 柏木 亮二

    金融イノベーション研究部

    上級研究員

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