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年末年始のおすすめリスト

2019/12/24

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今年の年末年始は比較的長い休みになる方が多いようだ。というわけで今回はちょっとじっくりと腰をすえて読んでみたい本を選んでいる。ジャンルは「デジタル時代の経済学」「プラットフォーム」「暗号通貨」の3つだ。ただ、そもそも積ん読が多いのにとお嘆きの方も多いだろう。そういう方のために、それぞれのテーマでカバレッジが近い新書(とそれに類するもの)も選んでみた。それでは良いお年を。

デジタル時代の経済学

■ 良き社会のための経済学

良き社会のための経済学

[著]ジャン・ティロール
[訳]村井 章子
[発行日]2018年8月25日発行
[出版社]日本経済新聞出版社
[定価]4,200円+税

ジャン・ティロール「良き社会のための経済学」は、2014年度ノーベル経済学賞を受賞したジャン・ティロールの一般読者向けの経済学の啓蒙書だ。ティロール教授は、経済学の幅広い分野で重要な業績を数々残している。そもそも「幅広い分野で」という点で、現在の専門特化しがちな学術研究の常識をあっさりと凌駕している現代の「知の巨人」の一人である。その研究領域の幅広さを具体的に挙げれば、産業組織論、規制政策、組織論、ゲーム理論、ファイナンス、マクロ経済学、心理経済学などである。

その中でも比較的初期の重要な研究業績となっている「産業組織論(1988年)」は、その英タイトルである「The Theory of Industrial Organization」の「Industrial Organization」の頭文字をとった「IO理論」という一大人気研究分野となっている。この産業組織論でティロール教授は、企業の意思決定の分析に際してそれまであまり用いられることのなかったゲーム理論や情報経済学などの視点を取り込むことで、M&Aの意思決定過程や効果的な企業統治のあり方などをモデル化することに成功した。

また、ノーベル経済学賞の受賞理由となった研究である「市場の力や規制についての分析」の分野では、市場における独占や寡占に対して国・政府はどのような規制を行えば(もしくは行わなければ)、消費者の利益を保護できるのかという問題に精密な数理モデルを構築することに成功した。これは現在の巨大ITプラットフォーム規制議論にも通じる論点である。

さて、同書はかなり大部な本だが、内容は一般読者向けということもあって、扱うテーマに、「そもそも社会に経済学/経済学者が貢献できることはなにか」という論点が含まれている点が特徴的である。昨今、日本ではとかく経済学者への風当たりが強いが、ティロール教授の説明を読めば、少し納得できる点が見つかるかもしれない。

また、同書の第V部「産業の課題」では、真正面からデジタル技術が経済・社会・政治に与える影響と、その影響を良い方向に向かわせるための規制・制度設計が丁寧に語られている。DXに関心があり、経済学についてもそれなりの知識のある方なら、まずはこの第V部から読み始めるといいかもしれない。文章は平易で、数式は出てこない。

■ 現代経済学 ゲーム理論・行動経済学・制度論

現代経済学 ゲーム理論・行動経済学・制度論

[著]瀧澤 弘和
[発行日]2018年8月17日発行
[出版社]中央公論新社
[定価]880円+税

瀧澤弘和「現代経済学 ゲーム理論・行動経済学・制度論」は、20世紀半ば以降に急速に多様化していった経済学の現時点での見取り図を読者に提供することを目的としている。

ここでいう経済学の多様化にはいくつかの側面がある。一つは「経済学の分析対象の広がり」である。「古典」経済学の分析対象は主に「市場メカニズム」に限定されていた。いわゆる「需要供給曲線」のアレである。しかし、ゲーム理論の導入や、プリンシパル・エージェント理論におけるインセンティブ理論の導入などによって、企業といった組織や、規制や法律といった制度といったものまで分析対象に含めることができるようになった。

そしてもう一つの側面として、上とも多少関係するが「経済学の分析手法の広がり」もある。最も重要な手法の広がりは「実験」を行えるようになったことだろう。それまでの経済学は過去の現実社会で生じた現象を限られたデータから分析する手法が一般的だった(というかそれしか手段がなかった、とも言える)。しかし、実験経済学や行動経済学といった分野では、環境をコントロールした上で、プレーヤーはどのような行動を選択するのかを「実験」によって確かめることができるようになったのである。前にも書いた今年のノーベル経済学賞の受賞分野である「RCT:ランダム化比較試験」も、この「実験」の一手法である。

そして最後に「経済学における『合理性』の見直し」である。それまでの経済学は、すべての市場参加者は「自らの選好を正確に把握しており、将来の正しい見通しを持ち、常に適切な意思決定を行える存在」と仮定されていた(いわゆる「ホモ・エコノミクス」)。しかし、これも実験経済学や神経経済学などの実証によって、人間にはある種の生得的なバイアス(認知の歪み)が存在し、一定の制約のもとで意思決定を行っていることが明らかになっている。この「限定合理性」もまた、現代の経済学の多様性に一役買っている。

本書はこのような現在の経済学の多様性がどのように生まれてきたのかを、時系列で解説してくれる。ちなみに私自身は1996年に経済学部を離れてしまったので、ゲーム理論くらいまではギリギリ教わったが、その後の展開は主に本でしか読んでいない。そのようなぼんくらな経済学徒である私でも、それぞれの段階での経済学の革新がどのような背景で生じ、どのような影響を与え、その後の発展にどのように寄与したのかがストンと腹に落ちた。

そして最も重要なことは、今後、デジタル時代といわれるこの先に、経済学がどのように社会に貢献できるのかという視点が得られることだ。経済学は社会現象を記述するモデルの体系であると同時に、社会の制度や規範に影響を与えるメカニズムの一部でもある。デジタル化によって膨大なデータが利用可能になる時代、モデルの正しい使い方と、アウトプットを公正に活用できるメカニズムを備えるためにも、経済学を学ぶことは一つの近道だと思う。

プラットフォーム

■ the four GAFA 四騎士が創り変えた世界

the four GAFA 四騎士が創り変えた世界

[著]スコット・ギャロウェイ
[訳]渡会 圭子
[発行日]2018年7月27日発行
[出版社]東洋経済新報社
[定価]1,800円+税

スコット・ギャロウエイ「the four GAFA 四騎士が創り変えた世界」は、いわゆるGoogle、Apple、Facebook、Amazonの4大巨大ITプラットフォーマーの隆盛を経営学の観点から論じた本である。邦訳が出たのは去年だが今読んでも意味がある本である。

この本の最大の特徴は、GAFAそれぞれを人間のある部分と対応させて、そのビジネスモデルを直接的に言い表している点だ。曰く、「Google は知性」「Amazon は消費」「Facebook は愛」「Apple は性」。それぞれがなぜそこに対応付けられているのかは本書をお読みいただきたい。なるほど!と膝を打つはずである。

そしてもう一つの本書の特徴が、これらの巨大ITプラットフォーマー(本書では「騎士」と呼ぶ)の共通点を整理している点である。同書内では「時価総額1兆ドルを超える騎士」の8つの共通点を挙げ、「Tアルゴリズム」と名付けている。項目だけ挙げておく。

Tアルゴリズム

  1. 製品の差別化
  2. ビジョナリーキャピタル(安い資本)
  3. グローバル化
  4. 親しみやすさ(Likability)
  5. 垂直統合
  6. AI
  7. 従業員が成長できる環境
  8. 立地・地域性

本書は軽妙な語り口で、想像以上にスイスイ読める。

さてスコット・ギャロウエイ「the four GAFA 四騎士が創り変えた世界」を紹介したが、これだけ読んで「GAFAすごい!かっこいい!日本死ぬ!」となってしまうのは避けたい。というわけで、解毒剤?をご紹介しておく。

「情報法制研究」第4号(2018年11月)
実積 寿也/中川 郁夫/山下 克司/川田 大輔 /兼保 圭介/吉岡 弘隆/大原 通郎
(情報法制学会通信政策セミナー報告書)「GAFA ビジネスの分析」(1)

「情報法制研究」第5号(2019年5月)
実積 寿也/中川 郁夫/山下 克司 /川田 大輔/兼保 圭介/吉岡 弘隆 /大原 通郎/田中 大智/田中 幸弘
情報法制学会通信政策セミナー報告書「GAFA ビジネスの分析」 (2・完)

2つ合わせるとそれなりのボリュームなのだが、「GAFA」の記述をそれぞれの専門家が検証しており、「GAFA」を読んでなくてもある程度楽しめてしまうほどである。web上での公開はそのうち終了してしまう可能性があるので、関心のある方はお早めに。

暗号通貨

■ ビットコインはチグリス川を漂う マネーテクノロジーの未来史

ビットコインはチグリス川を漂う マネーテクノロジーの未来史

[著]デイヴィッド・バーチ
[訳]松本 裕
[発行日]2018年5月17日発行
[出版社]みすず書房
[定価]3,400円+税

デイヴィッド・バーチ「ビットコインはチグリス川を漂う マネーテクノロジーの未来史」は、タイトルに「ビットコイン」とあるので仮想通貨(という言い方は最近しませんが)の本と勘違いされやすいかもしれないが、本書は決済にかかわる通貨システムの通史であり、技術革新の解説書であり、また未来に必要とされる「通貨」システムの予測図である。

著者のデイヴィッド・バーチは、冒頭「マネーはテクノロジーだ」と喝破する。マネーはその時代におけるテクノロジーの発展を柔軟に取り入れ、人々の経済活動(欲望とも呼ぶ)を拡大させるための重要なメディアとして常に進化してきた。その意味で、バーチは現在の暗号通貨は実は最新のマネーではない、とも言う。実体を持たない電子的な情報としてのマネーは、1971年のニクソンショックの時点で既に生まれていたというのだ。著者のマネーに対する洞察は読者の常識を軽々と超えていく。

著者は、現在の電子マネー(いわゆるキャッシュレス)や暗号通貨は、来たるべき次世代のマネーの最終形態ではないと述べる。未来のマネーの詳細は本書を読んでいただきたいが、ここでは「匿名性」という点に関して、「未来のマネー」が備えるべき要件を簡単に紹介しておきたい。

そもそも現金は匿名性が高いことがメリットでもあり、デメリットでもある。一方、最近中国をはじめとした中央銀行によるデジタル通貨には、この匿名性が消失してしまうのではないかという懸念が強い。一方、暗号通貨の中には確信犯的に追跡性をなくして、匿名性を高めるものも出てきている。著者は、「匿名性をコントロールできるマネー」が必要だと主張する。例えば、プライバシーに関わる取引では高い匿名性を確保できる機能を持つマネーが必要である。ただし犯罪や脱税に使用されないよう、取引の総額などは記録されるマネー。また友人間やコミュニティ内での取引といった、我々の社会的関係の中で使われるマネーには自らのアイデンティティと結びついたマネーが望ましい。例えば学校に寄付金を収めた場合、それが誰からのものかが明確になっているようなマネー。そしてこれらの中間に企業や店舗との取引に使うマネーがある。このマネーは、「私はおたくのリピーターである」ことさえ分かるようになっていればいいマネーであり、私が誰かは知らせなくていいマネーである。このように、匿名性一つとってもマネーの在り様はもっと多様であるべきであり、しかも技術的には可能である点を著者は強調する。

日本では○○ペイの乱立で多少うんざりさせられているが、私は個人的に購買履歴を無制限に収集する「マネー」だけではいずれたちいかなくなるだろうと考えている。上で述べたような新たな「マネー」が登場してくれることを願うが、今のままでは結局「現金」の立場を延命させるだけにならないだろうかと危惧している。

■ 暗号通貨VS.国家 ビットコインは終わらない

暗号通貨VS.国家 ビットコインは終わらない

[著]坂井 豊貴
[発行日]2019年2月6日発行
[出版社]SBクリエイティブ
[定価]800円+税

坂井豊貴「暗号通貨VS.国家 ビットコインは終わらない」は、これまたタイトルにビットコインが入っているので、仮想通貨の話かよーと思ったら、こちらは本当に暗号通貨の話です。

本書は慶応大学の気鋭の経済学者である坂井教授の暗号通貨本である。「気鋭」という冠が付くのは、坂井教授の専門領域が、ミクロ経済学の最もホットな領域のひとつである「マーケットデザイン」であることに由来する。

坂井教授のこれまでの著作を見てみると、「多数決を疑う 社会的選択理論とは何か(岩波新書)」、「マーケットデザイン: 最先端の実用的な経済学(ちくま新書)」、「社会的選択理論への招待 : 投票と多数決の科学(日本評論社)」といったものが挙げられる。坂井教授は、社会的課題への解決において、「多数決」という社会的な意思決定システムの、数学的メカニズムの解明や、「多数決」以外のオルタナティブな選択システムの可能性や応用を探ってきた専門家であることが分かる。

このようなバックグラウンドを持つ著者による「不特定多数が参加・維持するネットワーク」としてのビットコイン、より一般的には「暗号通貨」を取り上げる本であるので、そこに含まれる知見は、いわゆる「仮想通貨交換所の経営者」とも「テック系暗号エンジニア」とも異なるものが含まれていることを期待するのは当然だろう。

経済学では「通貨」というものを、その機能や在り方について研究する分野が存在する。一方で、多くの経済モデルでは「通貨」の存在を積極的に無視してモデルを構築することもある。経済モデルにおいての「通貨」の無視は、ある意味、物理学での「摩擦はないものとする」という仮定によくなぞらえられる。これはこれでモデルとしての純度は高まるわけだが、しかし現実には通貨が存在し、流通し、また「貨幣錯覚」というような現実の経済行動に影響を与えている限りにおいて、理想状態のモデルとは異なり、現実世界では「通貨」は何がしかの影響を経済に与えていることも事実である。このような経済学の背景をきちんと踏まえた議論が展開されることがこの本の魅力のひとつである。

また、昨今の「仮想通貨は終わった。これからはブロックチェーンだ」という議論にも著者は与しないことを明言している。ブロックチェーンは確かに興味深い技術ではあるが、著者は「ブロックチェーンに最も適した実用化は通貨だ」とし、他の「仮想通貨オワコン論者」とは一線を画す。そして、著者が自負するように、本書でのブロックチェーンの解説は非常にきちんとしている。数理的な理解をベースに、ブロックチェーンの維持のためにどのようなインセンティブ構造が内包されているのか、またそのインセンティブ構造の有用性と課題にまできちんと言及している点、他の技術系ブロックチェーン解説本とは議論の射程が段違いに長い。

タイトルに「vs. 国家」とあることも重要だ。暗号通貨は、国家という構造を規定しない自由なコミュニティにより維持・運営されている。そして、この対立構造に関して、経済学者は他の分野よりも一日の長があると著者は胸を張る。なぜなら、経済学では「通貨の発行権は国家のみに存在する」というドグマを明確に否定する議論が既に存在するからだ。それもハイエクやフリードマンといったノーベル経済学賞レベルの学者による議論である。著者は「通貨」というものの理論的な可能性を既存の枠組みにとらわれずに論じて見せてくれるのである。「ビットコインはチグリス川を漂う」と合わせて読めれば理想的である。

執筆者情報

  • 柏木 亮二

    金融イノベーション研究部

    上級研究員

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