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「価格」とDX(2):「無料」という価格―『FREE』ほか

2020/02/21

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2009年、Wired誌編集長のクリス・アンダーソンの『FREE フリー〈無料〉からお金を生みだす新戦略』が出版された。情報通信の発達によりサービスの限界費用が限りなくゼロに近づくことで「フリーミアム」という新たなビジネスモデルが生まれつつあるという先駆的な考察は大きな議論を呼んだ。ところが「フリーミアム」というコンセプトは、その後様々な批判を受け、またフリーミアムを模したビジネスモデルの失敗も重なり現在ではあまり聞かれなくなった。しかし「無料」でのWebサービスはすでにわれわれの日常にすっかり定着している。今回は「無料」という「価格」について再考してみたい。

■FREE

[著]クリス・アンダーソン
[監修・解説]小林弘人
[訳]高橋則明
[発行日]2009年11月26日
[出版社]NHK出版
[定価]1,800円+税

「無料」のビジネスモデルの4形態

実は「無料」というビジネスモデル自体はインターネット出現以前からすでに存在していた。身の回りを見ても、実は以前から無料で享受できているモノやサービスはありふれている。今僕の机の周りを見渡しても無料のものは数多い。卓上カレンダー、ロゴ入りのメモパッドやクリアファイル、某企業の季刊誌などなど。実はこれらの無料で得たものは一つの大きなビジネスモデルで説明できる。それは「内部相互補助」と呼ばれるものだ。単純に言えば、あるサービスは無料(もしくは原価割れ)で提供し、その他のサービスでは利益を得る価格で販売することで、トータルではプラスになるように販売する形態だ。世の中の大半の無料のモノやサービスは、いわゆる広告費という予算から出てきており、その広告費は実際のモノやサービスの価格の中に「原価」として含まれている。そして、『FREE』ではこの内部相互補助を4つの形態に分類し、その中の一つに「フリーミアム」を位置づけている。それぞれを改めて見ていきたい。

①直接的内部相互補助

出所:『FREE』pp.35-41をもとにNRI作成

いわゆる安いもので顧客をひきつけ、その後利益率の高いものを買ってもらうビジネスモデルである。抱き合わせ販売(バンドリング)などもここに含まれる。

②三者間市場

出所:『FREE』pp.35-41をもとにNRI作成

これはテレビ放送をイメージしてもらうのが一番手っ取り早い。視聴者(消費者)はタダでコンテンツ(番組)を視聴できるが、コンテンツには広告が含まれている。コンテンツを制作するためのコストは広告主が負担する。一方、広告主はコンテンツ制作費を含めた価格で製品を消費者に売ることで、コンテンツ制作費をカバーする。
そして、実はこの三者間市場というビジネスモデルこそが、現在のwebでの無料サービスの多くをカバーしているビジネスモデルである。Googleの様々なサービスや、FacebookなどのSNSなどは広告費を主な収益源としており、この三者間市場を形成することでビジネスを成立させている。

③フリーミアム

出所:『FREE』pp.35-41をもとにNRI作成

さて、「フリーミアム」である。これは一部の消費者による有料での製品購入の収益によって、他の大多数の消費者に対して無料でモノやサービスを提供するというモデルである。でもこれは従来からある試供品を配ってビジネスにつなげる形態と変わりがないようにみえる。その点についてアンダーソンは、従来の直接的内部相互補助との違いは、デジタル製品では「もうひとつ製品を作る」ための費用、いわゆる「限界費用」が限りなくゼロに近いため、従来の物理的な試供品よりもはるかに大量かつ広範囲に「試供品」が提供できる点が最大の違いだと言う。そして、限界費用が限りなく低いため、有料で利用する顧客が全体の5%程度いればビジネスが成立すると唱えたのである。

④非貨幣市場

出所:『FREE』pp.35-41をもとにNRI作成

最後が非貨幣市場である。これはちょっとわかりにくいが、ようは金銭的なやり取りを行わずにモノやサービスがやり取りされる市場を指している。代表的なものでは「贈与経済」がこのような市場に当てはまる。Webの世界でいえばWikipediaを編集する人たちはこのような非貨幣市場で活動していることになる(最近は運営費のコストを賄うために寄付を募ったりしているが)。この非貨幣市場でモノやサービスを提供する動機として、一つは利他主義があるだろうし、もう一つは注目や評判といった無形の「報酬」が挙げられるだろう。

そしてデジタル時代の非貨幣市場が生みだした厄介な市場が「海賊版」市場である。いわゆる不正コピーは、アナログ時代からずっと存在してきたが、デジタル時代になるとコピーをしても品質が劣化しないため、不正コピーが流通することはコンテンツ産業にとって重大な脅威になった。

以上が、『FREE』による内部相互補助の4つの形態の分類である。

「③フリーミアム」の評価

■通信産業の経済学 R1

[著]実積寿也
[発行日]2019年10月
[出版社]九州大学出版会
[定価]3,400円+税

『FREE』で提唱され一世を風靡した「フリーミアム」だが、実際はどうだったのだろうか。ここで経済学者に登場してもらおう。最初に確認しておくが、多くの経済学者は「完全な無料市場などないよね(いわゆる「ノーフリーランチ定理」)という点では一致している。その上で実積寿也中央大学教授は、クリス・アンダーソンが唱えた「フリーミアム」について妥当な点と欠陥を次のように指摘している。

妥当な点

  • 行動経済学で実証されたように、消費者は「無料」に対して「低価格」以上の劇的な反応を示す。そのため「無料」というシグナルは強力な力を持つ。

    参考)行動経済学と無料の威力:日本経済新聞(2017年11月24日)

  • その商品やサービスを実際に使ってみないと品質がわからないような場合、当初の利用を無料にすることで消費者に利用してもらう機会を増やすことは有効である(このような実際に利用して初めて価値が認知されるような財を「経験財」と呼ぶ)。
  • デジタルの世界では限界費用が限りなく低くなることは事実であり、大量の無料配布自体は不可能ではない。

フリーミアムの欠陥

  • 製品の生産には「変動費用」と「固定費用」が必要だが、「変動費用」部分が限りなく低くなっても「固定費」を賄えなければビジネスは存続できない。
  • つまり有料で購入した顧客が固定費をカバーできる規模で集まらなかった場合はビジネスとして存続できない。
  • 実際、「無料」でサービスを提供しているビジネスモデルは「②三者間市場」がほとんどであり、純粋な意味での「③フリーミアム」モデルは稀である。。

さらに京都大学の依田高典教授は、以下のコラムで「フリーミアム」のビジネスモデルを次のように総括している。

アンダーソンが見逃したものがある。コンテンツやサービスの開発・製造にかかる固定費用である。価値のあるものを作るのに、費用はかかるのだ。限界費用がゼロだからといって、価格をゼロにしてしまえば、企業は大赤字になって、早晩潰れてしまうだろう。どこかのタイミングで、企業は固定費用を価格に上乗せしなければならないのだが、元々、ユーザーはコンテンツやサービスを無料だと思い込んでいるのだから、有料化した途端、蜘蛛の子を散らしたように去ってしまうだろう。だからといって、5%の有料ユーザーだけに、固定費用を押しつけてしまえば、極めて高価になってしまう。(中略) 無料ビジネスで、ユーザーを獲得するのは簡単である。しかし、それだけでは、フリーミアムのビジネスとしての成功は覚束ない。結局のところ、アンダーソンは、その後のストーリーを説明することに成功しなかった。
出所)書斎の窓 2018年7月号 行動経済学を読む③ 無料という甘い罠 依田高典
http://www.yuhikaku.co.jp/static/shosai_mado/html/1807/07.html

無念。

「無料」の見果てぬ夢

さて、『FREE』で提唱されたフリーミアムだが、その後の現実社会を見ていくと、実際に増えたのは「②三者間市場」だった。これは先程も挙げたGoogleやFacebookの成功を見れば一目瞭然だろう。つまり、それまでのメディアビジネス同様、無料サービスで利用者を大量に確保し、その利用者に向けた広告ビジネスを主な収益源とするモデルが爆発的に成長したのである。

たしかにわれわれはSNSやGメールを一見「無料」で利用しているように見えるが、実はわれわれは目に見えないコストを払っている。一つのコストは「広告を見る時間」である。YouTubeなどではコンテンツ視聴の合間にちょこちょこと広告が流される。この広告を外すこともできるが、それには有料プランへの加入が必要だ。そしてもう一つのコストが「個人情報」である。広告を収益源とした三者間市場では、広告主が求めるのは高い広告効果である(広告の効率性ともいえる)。利用者がどのようなサービスに興味を持っているかを推測し、そのニーズに応じた広告を配信することで、広告主にとってはそのサービスの価値が高まる。そのため、広告の効率性を高めるためには個人情報の収集が有効となる。しかし、実はわれわれは自分たちの「個人情報」がどれくらいの価値を持つのかよくわかっていない。本当は「無料」で利用しているサービスをはるかに超える価値があるものをわたしてしまっている可能性は否定できない。

さらにもう一つ、個人情報のコストという意味では情報漏えいが起きた場合の損失が考えられる。しかしこれについても明確な基準はない。一つの参考として、過去に起きた情報漏えい事件の補償額をまとめた研究がある。

パーソナルデータの経済学的課題 ―経済的価値の認識に関する一考察―

[著]高口鉄平 静岡大学学術院 情報学領域 准教授
[発行]『情報法制研究』第4号 (2018年11月)

この論文によれば、日本における過去15年間の主な情報漏えい事件の補償額は一人あたりおおよそ500~1,000円程度となっている。しかし、本当にこれが個人情報の価値なのかと言われると微妙である。しかし少なくともわれわれの個人情報も全くの「無料」ではないことは確かなようである。

ただとにかく、「無料」で何かが提供されるビジネスモデルは未だ実現されておらず、その意味で「ノーフリーランチ」は引き続き命脈を保っている。

さて本来であればさらに「サブスクリプション」を取り上げる予定だったのだが、長くなってしまったので次回以降に回すこととする。そして、ちょっと気が変わったので、今回登場した「②三者間市場」を次回のテーマとしたい。キーワードは「非対称価格」である。

執筆者情報

  • 柏木 亮二

    金融イノベーション研究部

    上級研究員

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