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「価格」とDX(3):プラットフォームに見る「非対称価格」―『プラットフォームの経済学』ほか

2020/03/05

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前回(「価格」とDX(2):「無料」という価格)では「フリーミアム」を取り上げ、このビジネスモデルのコンセプトと現実での行き詰まりを見た。しかし、現在プラットフォームと呼ばれるビジネスモデル(GoogleやFacebookなど)で無料サービスが多数提供されている。これらの無料サービスは「フリーミアム」とどう異なるのだろうか? この違いを今回は以前も取り上げた『プラットフォームの経済学』をテキストに考えてみたい。キーワードは「補完財」「両面市場」「間接ネットワーク効果」「(交差)価格弾力性」、そして「非対称価格」である。ちょっと(普段以上に)理屈っぽいが、どうかお付き合いいただきたい。

■プラットフォームの経済学

[著]:アンドリュー・マカフィー、エリック・ブリニョルフソン
[訳]村井章子
[発行日]2018年3月27日
[出版社]日経BP
[定価]2,600円+税

準備運動1:「補完財」とは

経済学では一般的に市場で取引される財の「価格」と「数量」に注目する。そして単一の財ではなく、複数の財が市場でどういう挙動をするのかを分析することも多い。その中で2つの財の関係を分析する一つの尺度として、一方の財の価格が上昇したときに、もう一方の財の需要が増えるのか減るのかという尺度で財の性質を分類する考え方がある。

具体的に見てみよう。似たような商品、例えばここではコーヒーと紅茶を考えてみる。コーヒーと紅茶はおそらく午後のティータイムの主役であろう。では、仮にコーヒーの価格が上昇した場合、コーヒーと紅茶の需要はどう変化するだろうか? 経済学では、「コーヒーと紅茶は似たような需要に対応している」と考えるので、コーヒーの価格が上昇すればコーヒーの需要は減少するだろう。そして、紅茶の価格はコーヒーの価格上昇時点では変わっていないと仮定すれば、その代わりに紅茶の需要が増えるだろうと予想する。

このように、ある商品Aの価格が上昇すればその商品の需要が減り、一方の商品Bの需要が増える財を「代替財」と呼ぶ。つまり、コーヒーの代わりに紅茶を飲む人が増えるというわかりやすい理屈だ。逆に、コーヒーの価格が低下すれば今度は逆のことが起きる。紅茶の需要が減り、コーヒーの需要が増えるだろう。つまり、コーヒーと紅茶は「代替」可能なのである。そして、このような2つの財の間では一方の需要ともう一方の需要には逆相関の関係がある。

では次にコーヒーとコーヒーミルクの関係を考えてみる。ここでコーヒーの価格が低下するとどうなるだろうか? まず単純にコーヒー自体の需要は増えるだろう。そしてコーヒーの需要が増えた場合、コーヒーミルクの需要も増えるのである。なぜならコーヒーの需要とコーヒーミルクの需要は正の相関関係にあるからである。そして、このような一方の財の需要増加(価格低下)が、もう一方の財の需要増加をもたらすような財を「補完財」と呼ぶ。先程の「代替財」の説明を用いるなら、「補完財」では一方の需要と他方の需要の間に「正の相関関係」があるのである(蛇足だが、相関がまったくない財のことを「独立財」と呼ぶ)。

準備運動2:「両面市場」と「間接ネットワーク効果」

(この先の準備運動2は「プラットフォーム読み比べ」を読んでもらってもいい)。

まずプラットフォームとは何かという話である。ここではプラットフォームとは「売り手」と「買い手」という異なった市場をつなぐ存在と定義したい。この「売り手」と「買い手」という2つの性質の異なる市場を相手にしているのがプラットフォームである。このように性質の異なる市場を相手にしている場合、対象とする市場を「両面市場(二面市場)」と呼ぶ。そしてこれは前回『FREE』で分類した内部相互補助市場のうちの「②第三者市場」のことを指している(図1)。

このような「買い手」と「売り手」といった市場をつなぐ場合、双方の市場の間で相互作用が起きる。それが「間接ネットワーク効果」である。例えば、テレビ番組を考えてみる。この市場の「買い手」は視聴者の市場である。もう一方の「売り手」市場は、コンテンツとなるテレビ番組を制作し、そこに広告を組み込む「広告主」である。この場合、「売り手」である広告主は潜在的な買い手である視聴者の数(端的にいえば視聴率)を気にするだろう。一方で、「買い手」である視聴者は話題の番組は職場の話題にもなるから見逃したくないと思うかもしれない。このように、両面市場では一方の市場での「人気(需要)」が、もう一方の市場(この場合では「広告枠」という市場)に作用する。見る人(買い手)が増えれば、広告費(売り手)も増えるという関係が成立するのである。このような異なる市場間での相乗効果を「間接ネットワーク効果」と呼ぶ(図2)。

準備運動3:「価格弾力性」

さて、最後の準備運動として「価格弾力性」を説明する。これは価格が変化したときに需要がどの程度変化するのかを見るための指標だ。価格が上昇した場合、その財の需要が大きく減る場合「価格弾力性が大きい」といい、価格が上昇しても需要の低下が少ない場合「価格弾力性は小さい」という。通常は財の価格が1%上昇したときの需要の変化を%で指標化したものが用いられる。

さて価格弾力性が高い場合、その商品の値上げは需要の大幅な減少を引き起こすので、値上げは慎重にならざるをえない。一方で価格弾力性が低いのであれば、必要な値上げを行うことにあまり抵抗はないだろう。

両面市場の「売り手」と「買い手」は価格弾力性が異なる

さて、ようやくプラットフォームではなぜ一方のサービスは無料で提供できるのかのメカニズムの説明に入る(前置き長くてすいません)。

一般的に両面市場の一方である消費者(いわゆるサービスの利用者)は、そのサービスに対する価格弾力性が非常に大きいことが知られている。例えばGmailが有料になったとしたら、利用者はほかの無料のeメールサービスにすぐに乗り換えるだろう。FacebookやtwitterなどのSNSでも利用に課金されるとなれば利用者はすぐに別の無料のSNSに乗り換えることになる。

一方で、もう片方の広告主のほうはどうだろうか。SNSなどの利用者が多く、それなりの精度でターゲティング広告を打てるのなら(広告効果が広告費を上回る限りではあるが)、多少広告費が上昇しても需要はそこまで落ちないだろう。つまりこちらは価格弾力性が低いのである。

そして、このような価格弾力性が異なる市場の間に間接ネットワーク効果が働く場合、一方の市場に対しては非常に低い価格を提示し、もう一方の市場には相対的に高い価格をつけることでプラットフォームは儲けることができる。一般的に低い価格をつけられる市場は価格弾力性が高い一般ユーザー向けの市場である。低い価格(極端な例では無料)であればユーザー数は増えるだろう。そしてこの低いサービス料で獲得した膨大なユーザー数がいれば、もう一方の広告主もそこに広告を出すメリットが増すのである。これが間接ネットワーク効果であり、そしてこのように市場間で異なる価格が「非対称価格」である。

「無料」アプリやサービスは「補完財」として機能する

そして現在のプラットフォームサービスではわれわれ一般ユーザーは大量の無料のサービスを享受できている。非対称価格の結果といえばそれまでだが、なぜこれほどまでに無料でサービスが享受できているのだろうか。実際、『FREE』で提唱された「フリーミアム」はあまりうまくいかなかったはずである。

それは、実は無料のサービスやアプリはプラットフォームにとって「補完財」として機能するからである。「補完財」の定義を思い出してほしい(準備運動1)。「補完財」は、ある財Aの需要が増えたら、それに伴って需要が増える別の財Bのことだった。この場合、財Aを無料アプリやサービスとすれば、財Bはプラットフォームそのものになる。具体的に見ていこう。

iPhoneは様々なアプリがAppStoreで手に入る。その中には多くの無料アプリが存在する。そしてそれぞれのアプリは実はiPhoneと補完財の関係にある。アプリの需要が増えれば、それはiPhoneの需要増につながるのである。そして、iPhoneが売れてくれれば、今度はアプリの需要も増す。この関係は間接ネットワーク効果を通じてさらに拡大する。

しかしここで一つの疑問が生じる。確かにアプリとプラットフォームが補完財の関係にあったとしても、アプリを開発するための初期投資や固定費はどうやって回収できるのだろうか? 有料プランへの移行ができており、それなりのユーザーが有料プランを選んでくれるのであれば、フリーミアム的なビジネスモデルでもいいかもしれないが、世の中には多くの完全無料アプリも存在する。

『プラットフォームの経済学』では、この「無料アプリ」の持続メカニズムをいくつかのモデルで説明している(pp.242-245)。

  1. フリーミアム:これは先程も言ったように、有料プランへの移行がうまくいったケース。
  2. 広告収入:実はアプリにも広告枠があるものが多い(うざいところに広告が表示されるアプリが多いのにはちょっとうんざりさせられるが)。これも実はアプリと広告主との間に両面市場が形成されていると考えることができる。
  3. 顧客向けサービス:例えば銀行や飲食店などが提供しているアプリである。これは先の『FREE』の言い方を借りれば「①直接的内部相互補助」によってサービスが成立していると考えればいい。企業にとっては新しいチャネルができただけなので、企業の広告宣伝費で賄えばいいのである(図3)。


これ以外にも公共サービスや製品と連動するアプリといった無料で提供するためのモデルが紹介されているが、主なものは上の3つくらいだろう。以上が、プラットフォーム上であれば無料のサービスやアプリが提供され、もう一方の広告市場でプラットフォームが利益を上げる「非対称価格」のメカニズムである。そしてこの非対称価格によるプラットフォームのビジネスモデルを経済学の言葉で言えば「間接ネットワーク効果を内部化することに成功した」となる。

他にも参考となる文献

■良き社会のための経済学

[著]ジャン・ティロール
[訳]村井章子
[発行日]2018年8月28日
[出版社]日本経済新聞出版社
[定価]4,200円+税

本書の14章、15章を読めばここで説明したことのほぼすべてがカバーされていると思う。また、昨今話題になっているデジタルプラットフォーマーに対する規制の議論についても、競争政策上の観点からの方向性が示されているので、そのへんに関心のある方にはぜひとも読むべき本だろう。

■プラットフォーム経済圏 GAFA vs.世界

[著]木内登英
[発行日]2019年5月27日
[出版社]日経BP
[定価]2,200円+税

本書の第2章では、ここで解説したメカニズムが図やグラフで丁寧に解説されている。またここでは触れなかったが「ダイナミックプライシング」などのトピックもカバーされているので一読をおすすめする。


さて、次回は最近注目を集めている「サブスクリプション」という価格戦略を取り上げる。とはいえサブスクリプションというビジネスモデル自体はなんら目新しいものではない。みなさんが利用している携帯電話や購読している新聞、通っているジムなどサブスクリプションサービス自体はありふれたビジネスモデルである。しかし、デジタルサービスにおけるサブスクリプションにはいくつか新しい特徴があるようである。昨今のサブスクの流行を批判的に見つつ、この価格戦略について考えてみたい。

執筆者情報

  • 柏木 亮二

    金融イノベーション研究部

    上級研究員

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