【COVID-19】テレワークの勘どころ:『小さなチーム、大きな仕事』ほか
COVID-19(いわゆる新型コロナウイルス)が猛威を奮っている。この危機をきっかけにテレワーク・リモートワークを導入した企業も多いだろう。しかしテレワークでの仕事の進め方と、それまでのフェイス・トゥ・フェイスの仕事のやり方には大きな違いがあるのではないだろうか。本書は世界中でオープンソースのweb開発フレームワーク「Ruby on Rails」を世に送り出した37signals(現basecamp)の仕事の進め方のエッセンスである。同社はアメリカ、ヨーロッパにまたがる8つの都市に16人の従業員が分散している組織のまま、自社のビジネスを進化させてきた。そこには「大企業」や「起業家」とは異なる仕事の考え方がある。
■小さなチーム、大きな仕事
[著]ジェイソン・フリード、デイヴィッド・ハイネマイヤー・ハンソン
[翻訳]黒沢 健二、松永 肇一、美谷 広海、祐佳 ヤング
[発行日]2016年12月8日発行
[出版社]早川書房
[定価]640円+税
デジタル時代の仕事の本質を考える
本書は2012年に出版された『小さなチーム、大きな仕事[完全版]―37シグナルズ成功の法則』(早川書房)の文庫版である(文庫化されたのは2016年)。内容は変わってないはずなので、手に入りやすいこちらを。
本書はオープンソースの世界で高い評価を得ている組織の仕事の進め方(というかビジネスというものについての考え方、と言ったほうがいいかも)が、短いメッセージとその解説という形でまとめられたものだ。それぞれのメッセージ+解説は2ページ程度であり、どこからでも読める。また各メッセージにはその意図を図式化したイラストが添えられている。このイラストを眺めて見るだけでも楽しい。
本書の内容を一行で要約すれば次のようになるだろう。
「自分たちがやりたいことをやりやすい方法でやればいいだけ」
では、個人的に好きなメッセージを以下列挙したい。今の状況もちょっと意識して選んでみた。
箴言リスト:プロジェクト編
「計画は予想にすぎない
「計画」ではなく「予想」と呼べば見える世界が変わってくるかもしれない。「計画」とはなにか既に物事が確定しているような印象を与える言葉だ。しかし、将来のことなど誰にもわからない。そして、計画の最大の問題は、「計画は、過去に未来の操縦をさせる(p.24)」ことである。「現在」こそが常に最新かつ最も意思決定に適しているタイミングである。
制約を受け入れる
創作家はよく「制約があればこそクリエイティビティが生まれる」という。予算、期日、場所、人数、技術などの制約があればこそ、その中でなんとかするという創造性が発揮される。幸いなことに(?)、日本の多くの組織はこの手の制約には事欠かない。人も金も時間も足りないプロジェクトであふれかえっている。逆にリソースが十分なプロジェクトなど見たことがないほどだ。それなのになぜ日本の企業で創造性は発揮されてないのだろうか?
答えはシンプルだ。上が、組織が、出てきた創造性をつぶしているからだ。「そんなの前例にない」「コンプラ上無理」「社内を通せない」と言っている限り、創造性は生まれてもすぐに死ぬ。
書類上の合意は幻想
契約書の話ではない。よくある製品コンセプト最終案、新規事業提案書といった「実際のモノではない文書上のアイデア」のことである。これは最近のスクラムやDevOpsなどの開発手法でも言われることだが、まずは動くもの(もしくは目に見えて触れたり試したりできるもの)を作ることがすべてのスタートとすることが多い。しかしなぜか多くの大企業ではパワーポイントに動きもしない「画面イメージ」を見せられる。いや、それブラウザで動いてる体でみせてよ。
箴言リスト:テレワーク編
やることを減らす
本書ではレストランの例が挙げられている。「キッチン・ナイトメア」というアメリカの番組がある。この番組は有名シェフが苦境にあるレストランを立て直す過程を放送するものだ。大抵の失敗レストランに共通点がある。メニューの種類が多すぎるのだ。30種類以上の料理が並ぶメニューをまずは10種類くらいに減らすことから立て直しは始まる。自分の得意なこと、食べてほしいものに集約することでメニューの訴求度は劇的に高まる。
やめたほうがいいことを考える
これも上と同様だが、もう一歩踏み込んでいる。ここでは「やめたほうがいいこと」をあぶり出すための質問リストがある。テレワークで書類作業やテレビ会議を頻繁にやっているなら一旦立ち止まって以下の質問を考えてみるのもいいかもしれない。
・なぜ行うのか?
・どういった問題を解決するのか?
・これは本当に役に立つのか?
・何か価値を加えているか?
・それは行動を変えるのか?
・もっと簡単な方法はないのか?
・かわりに何をすることができるのか?
・本当にその価値があるのか?
邪魔が入る環境では生産性は上がらない
これ、テレワークやった人の多くが実感することだと思う。もし実感できてないのなら、なにかテレワークの環境に問題があると思ったほうがいい(子供がいて…というのはしょうがないよね)。
「もしあなたがいつも残業し、週末も働いているとしたら、それはやるべき仕事が多すぎるからではない。それは仕事を『完了』させていないからだ」(p.105)。実はオフィスというのは邪魔が入りまくる環境だ。仕事を「完了」させるにはひとりきりになる必要がある。せっかくのテレワークだ。ひとりきりになることの重要性を実感したほうがいい。
従業員はガキではない
「テレワークを導入するとサボる社員がでてくるのでは」と心配して、頻繁に連絡を入れさせたり、PCの稼働チェックソフトを導入したりする企業をみかける。しかし従業員は普通に大人である(中にはほんとにどうしようもない人がいることは事実だ。しかしそのような従業員の問題は、マネージャーの仕事ではなく人事部の仕事だ)。ガキ扱いすることによって、従業員は自らの「普通の大人としての責任」や「判断」をやめるようになる。
また、そういう企業に限って、職務や作業定義ができていない印象を受ける。実は「サボる社員」の「サボっている業務」は大抵が無駄な作業だ。監視ソフトを入れる前に、業務を見直すべきだ。
睡眠をとろう
これはもう言うまでもないことだ。通勤時間、飲み会、残業がなくなった今、八時間睡眠を一度実践してみてほしい。驚くほど生産性が上がるはずだ。
続編もあわせてどうぞ
■強いチームはオフィスを捨てる
こちらの『強いチームはオフィスを捨てる』は『小さなチーム、大きな仕事』の続編で、リモートワークとはどういう働き方なのかという問いに答えるものだ。
実は、リモートワークは単に仕事をする場所をオフィスから自宅(とかカフェ)に変えるだけでうまくいくようなものではないことが、この本にははっきりと書かれている(前著にも似たような指摘はいくつか出ている)。まずリモートワークのよくある勘違いとして「メンバーの一部がリモートワークで、他のメンバーはオフィスにいる」という形態があるが、これはリモートワークではない。本当のリモートワークは「チーム全員」がリモートで活動するものなのである。
現在、日本では在宅勤務が要請されているので多くの社員が自宅などで「リモートワーク」をしているだろうが、管理職やそのサポート社員は出社してたりしないだろうか?そしてみんなが参加する朝礼とか進捗報告会議とかをzoomでやってたりしないだろうか。そのような形態では、それまで口頭・現場で行っていた指揮命令が電話やメールに変わったに過ぎない。チーム内のコミュニケーションは相変わらず上意下達の階層構造にとどまっている。
本当の意味でのリモートワークとは、明確な目標とそれに付随する価値観を共有したチームが、自律的・自主的に行う働き方のことであり、場所やツールの問題ではないのである。そしてその観点からすると、実はリモートワークには向いている人とそうでない人がいる。向いている人は主体性があり、コミュニケーション能力があり、学習意欲があり…となるのだが、このような人材が集まっているチームであればリモートワークはうまくいく。しかし、そういう人たちばかりではないのも事実だ。実はリモートワークの導入というのは、人材配置なども含めて考えるべき大きな経営課題なのだ。
その意味で、2013年に当時米Yahoo!のマリッサ・メイヤーCEOが在宅勤務の見直しを行ったことがあることは思い出してみるべきニュースだろう(下記記事参照)。
ヤフーの「在宅勤務禁止令」、本当の狙いは何か|WIRED.jp
リモートワークで達成できるものと、リモートワークで弱まるものは当然ながら存在する(これはオフィス勤務でも生じることだが)。来たるべき真のリモートワーク時代に備えて、読んでおくといい本だ。
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