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【COVID-19】「一律給付」と「ベーシック・インカム」:『みんなにお金を配ったら』

2020/04/17

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4月16日、政府からCOVID-19に対する経済対策として国民全員への10万円の一律給付を行う方針が発表された。イギリスなどでも休業者や失業者への現金給付策が実施される予定である。実はCOVID-19の感染爆発が起きる前から「住民全員に毎月一定額の現金を無条件かつ一律に給付する」というアイデアがあった。それが「ユニバーサル・ベーシック・インカム(Universal Basic Income:UBI)」である。ここ数年、UBIはそれまでの「荒唐無稽な夢物語」「無責任な放漫財政政策」といった立場を脱し、より具体的かつ現実的な政策として議論されるようになっている。今回のCOVID-19の感染爆発は、もしかしたらUBIが現実の政策として実施されるきっかけになるかもしれない。

■みんなにお金を配ったら

[著]アニー・ローリー
[翻訳]上原裕美子
[発行日]2019年10月1日発行
[出版社]みすず書房
[定価]3,000円+税

COVID-19がもたらした「売上」の蒸発

COVID-19が猛威を奮っている。このウイルスのたちの悪いところは潜伏期間が比較的長く、また症状が現れる前に他者への強力な感染力を持つという点である。そのため、対人接触を伴う経済活動を抑制せざるをえず、主にサービス業を中心に売上が急減している。

この売上の急減が特殊なのは、供給能力が失われたわけでもなく、また需要意欲が変化したわけでもないところだ。例えば自然災害などで生産設備や商業設備が破壊されたのであれば、供給能力が失われたため売上が消滅するのは仕方がない。また、なんらかの事情で将来不安が増せば企業や家計が支出を控えるので、これも売上の減少につながるのもうなずける。しかし、今回のCOVID-19はそのような変化が起きたわけではなく、ただ「他人と接触する」ことが抑制されたため、売上が「蒸発」してしまった。この経済ショックへの対応は非常に難しい。消費を刺激するような経済対策(例えば旅行への助成金や外食向けのクーポンなど)は対人接触を増やしかねないため、感染拡大期には絶対にやってはいけない対策だ。このあたりの議論は以下の論考も参照してほしい。

しかし、売上が「蒸発」してしまった産業に従事する人たちは現在非常な苦境に陥っている。彼ら彼女らは突然収入の道が絶たれてしまったのである。この状態を放置すれば大量の失業者と生活困窮者を生みだすことになる。そして、その人達は失業保険か生活保護などの社会福祉に頼らざるをえなくなる。

さらに深刻なのは、このCOVID-19が終息したあとのことである。もしこの状態を放置して大量の失業や倒産が発生してしまったら、仮にCOVID-19後に落ち込んだ需要を回復させるために大規模な需要刺激策がとられたとしても、既に閉店してしまった飲食店、廃業してしまった旅館、倒産したタクシー会社などには、この需要刺激策の恩恵が一銭たりとも回ってこないのである。その意味で、今回のCOVID-19のショックに対する経済対策の最大の目標は、仕事や職場や店を失う人たちを最小限に留めることである。そのためには、事業を継続できるような、生活を維持できるような直接的な現金給付を、ウイルスの感染が終息するまで息長く続けることが必要になる。具体的には、なんとか現状を維持できる金額(これが10万円なのかは不明である)を毎月支給することである。

これは実質的には「UBI」なのではないか?

今回のCOVID-19による倒産や失業を最小限に留めるために、イギリスは全休業者の給与の80%を国が支給する(上限は月2,500ポンド、約32万円)。この措置は3月から始まり最低3ヶ月は継続される。またアメリカのシアトル市は市内の大企業の法人税を引き上げ、その財源を元に市内の10万世帯に毎月500ドルを無条件で支給する法案を審議している(当面は4ヶ月間の予定)。

そして、これは実は「住民全員に毎月一定額の現金を無条件かつ一律に給付する」というユニバーサル・ベーシック・インカム(UBI)に限りなく近い政策ではないだろうか。さらにスペインでは4月5日、ナディア・カルビニョ経済大臣が「可能な限り迅速にユニバーサル・ベーシック・インカム(最低所得保障制度)」制度を導入すると発表した。

UBIとは、生活保護や各種の助成金や補助金、年金や医療保険などの現在の社会福祉制度を大幅に簡素化し(もしくはすべて廃止し)、その代わりに住民全員に無条件に毎月一定の現金を支給する制度である。このUBIでは、子供であろうが年寄りであろうが外国籍の住民であろうが、すべての住民に「無条件」で一律の現金を支給するのである。これだけを聞くと確かに「荒唐無稽な夢物語」「無責任な放漫財政政策」にしか聞こえないだろう。しかし、UBIは様々な社会問題を解決できる「究極の政策」ではないかという見方が強まっている。

UBIによって解決が期待される社会問題

『みんなにお金を配ったら』では、UBIは大きく3つの分野の問題を解決できるのではないかという議論を紹介している。1つ目は「AIなどのテクノロジーによる雇用喪失や低賃金労働」、2つ目は「貧困」、そして3つ目は「人種差別・男女格差・移民問題」である。それぞれをもう少し詳しく見てみよう。

■AIによる雇用喪失と仕事の質の低下

近年のAIの進化は凄まじい。進化したAIが人間の仕事を奪うというシナリオは、現在では「起きるのか否か」ではなく、「いつ起きるのか」「どこまで人間を置き換えるのか」というものに変わりつつある。

しかし、AIが置き換えるであろう仕事は当初の想定とはかなり異なってきているようだ。ディープラーニング(深層学習)が話題になり始めた頃、置き換えられる仕事は「単純労働」が想定されていた。例えば銀行の事務員や工場労働者などである。しかし、近年の深層学習が獲得した「技能」は、実は高度な(そして高給な)専門家の仕事を置き換えるのではないかと言われている。例えば胸部レントゲン写真の読影を行う放射線科医、企業活動の不正を防ぐコンプライアンス監査人、翻訳家や通訳といった「高度な知識と経験が必要とされる仕事」のほうがAIによって代替されるかもしれない。

するとなにが起きるだろうか。それは「仕事の質の低下」「低賃金労働の増加」である。実は「単純労働」には多くの物理的な作業が含まれている。そしてその物理的な作業は、人間にとっては簡単な作業だが、AIにとっては難しい作業であることが多い。例えば、ビルの清掃を一つとっても、人間並に融通がきいて効率的に作業ができるロボットはまだ存在しない。介護なども人間にしかできない仕事の代表例である。

しかしAIが普及した時代には、人間がやったほうが効率的な仕事、それは実は「人間にとっては低技能で退屈な仕事」になってしまう可能性がある。すでに兆候はある。例えばファーストフード店の厨房はAIによって最適化された調理スケジュールによって管理され、人間はマニュアルに従ってひっきりなしに鳴る「ピーピー」というアラーム音に囲まれて、厨房機器の前で延々と単純作業を続けている。AIが高度化した社会では、実はわれわれの多くは「AIによって最適化された作業をこなす安価な労働力」の立場に追いやられてしまうかもしれないのである。そして、この労働はおそらく低賃金だろう。そして儲かるのは経営者とAIを作るエンジニアだけである。

しかし、仮にUBIがあったらどうだろう。我々はそのような単純で退屈で低賃金の仕事につかなくても生活できる。企業はもっと高い賃金を示さないと労働者が雇えなくなる(代わりにロボットを使う企業には「どうぞお好きに」といえばいい)。UBIがあれば、われわれは自分の関心や興味に沿ったもっと楽しい日常を過ごせばいいのである。

■貧困が消滅する

UBIは発展途上国、特に最貧国に劇的な変化をもたらすだろう。現在、貧困自体は着実に減ってはきてはいるものの、まだ何億人という貧しい人々(一日あたり2ドル以下で暮らす人たち)が存在する。しかしこの人たちに毎月500ドルを支給すればどうなるだろうか。なんと貧困は消滅してしまうのである。

これまでも国際機関やNPO・NGOによって様々な貧困削減プログラムが実施されてきたし、今も実施されている。しかし、実は最も効果的な貧困削減プログラムは、対象となる貧困層に直接現金を給付すること、それも継続的に支給することがもっとも効果的だという研究結果が示されている。現金はなんにでも変えられる。その人のニーズを最も適切に叶える手段は現金が最強だ。住む家に使うこともできるし、食料を買うこともできる。子供の学費にあてることもできれば、将来の投資に備えて貯蓄をすることもできる。現金こそが貧困からの脱出のために最も効果的な支援なのである。

これは実は先進国にもあてはまる議論である。日本でも生活保護が支給されているが、仮にこの生活保護が現物支給だったらおそらく日本の生活保護世帯の生活レベルは確実に低下するだろう。同書では「現物支給の悲喜劇」として、欧米の靴メーカーの慈善プログラムを紹介している。この靴メーカーによる慈善プログラムは、対象の靴が一足売れるごとに発展途上国に一足靴を寄付するというものだ。このプログラムは人気を集め、大量の靴が途上国に寄付された。しかし皮肉なことに、大量に寄付された靴によって発展途上国の零細靴メーカーや靴屋が軒並み倒産した。そして電気も水もない村に靴だけは大量に積み上がっているという笑えない光景を生み出してしまった。

貧困削減プログラムではなく、UBIを導入すれば貧困は消滅するのである。

■UBIによって女性の「無償労働」が可視化される

以前からあるGDP(国内総生産)の欠陥の一つに、家事や育児といった「労働」は無給であるがゆえに統計には含まれていないという点がある。そしてこれらの「無償労働」の大半はほとんどの国で女性が担ってきた。

この「無償労働」の経済的価値は少なく見積もっても全世界で10兆ドルは下回らないと推計されている。UBIはこれらの「無償労働」に(正当な対価としては少なすぎる可能性は高いが)報いることができる。UBIによって、「お金を稼ぐことだけが仕事」であるという誤った労働観は大きく是正されることになるだろう。

そして、女性が毎月決まった額の現金を手にすることによって改善されるものがもう一つある。それは女性の「自由」である。男尊女卑が強い社会では、家庭内の女性(配偶者、娘など)は圧倒的に不自由である。彼女らは父親や夫に服従を強いられ、経済的・社会的な自由を持てない。しかし、UBIがあればこれらの不自由から逃れるための手段が得られる。学ぶこと、働いて賃金を得ることは社会的地位を改善するための重要な手段である。これらの手段を奪われている女性にとって、UBIは大いなる福音となる。

UBIへの反対論とそれに対する反論

さて、このようにUBIは現代社会が抱える多様な問題、それも先進国に特有の問題も、途上国に特有の問題もどちらも解決できる可能性がある汎用的な社会改善の政策である。しかし、当然ながらUBIに対する根強い反発も存在する。その中でも代表的な批判をいくつか見てみる。そして、これらの批判には強力かつ科学的な反論が既になされていることもあわせて紹介する。

  1. UBIを導入すると勤労意欲が失われる!
    これは先進国、途上国ともに全くの杞憂であることが確かめられている。先進国ではアメリカの先住民コミュニティの実験やカナダの実験などからは、UBIの導入は勤労実態にはほとんど影響を与えないことが判明している。UBI導入後に離職した人の大半は育児や介護に専念するケースが多く、その期間が過ぎれば復職する傾向がある。またイランでの実験では貧困層の減少、不平等の緩和などの効果があったことがわかっている。
    そして発展途上国向けの現金給付による貧困削減プログラムの結果を分析した調査では、19件の現金給付プログラムのすべてで「現金給付によって非道徳的な消費(酒やギャンブル、ドラッグなど)を増やした」という証拠は見られなかった。
  2. UBIは怠け者を生み出し社会の発展を止めてしまう!
    また、UBIはイノベーションの格差を縮小するという効果も見込まれている。現在アメリカにおいて新規事業と雇用創出はベイエリア(シリコンバレー)、ニューヨーク、ボストン、シアトルなどの特定の地域に集中している。そのため優秀な人材が地元にとどまらずにこれらの地域に流出してしまっている。しかしUBIが導入されれば比較的生活費用の安い地方部の魅力が相対的に高まり、主要都市への流出が緩和される効果が期待されている(これは日本の東京一極集中に対しても重要なインプリケーションではないだろうか)。
  3. UBIの財源はどうするんだ!
    この反論は2つの観点から反論されている。一つは、現在の多様で複雑な社会福祉を撤廃し、その予算をUBIに充当すれば十分に財源は確保できるという試算が示されている。またこれに付随して、現在の富裕層に対してより累進的な所得税を課す、キャピタルゲイン課税を強化するといった税制改正によって必要な財源は確保できるという意見もある。
    もう一つの意見は、そもそも政府は財源を確保しなくてもいいというよりラディカルな意見である。これは現代貨幣理論(Modern Monetary Theory:MMT)の主張が典型例だろう。MMTの理論を大胆に要約すれば、インフレ率が過度に上昇しない限り、政府債務の拡大は制限されないという理論である。実際、積極財政派とは対極にいるであろう「ローレンス・サマーズ元財務長官も、鈍い経済成長率が続くならという仮定のもとではあるが、アメリカは適度な財政赤字をずっと続けていくほうがいい(本書、p.191)」と言っている。
  4. 無差別に提供される手厚い福祉政策は大量の移民を呼び込んでしまい、結果的に財政負担が重くなって結局は財政が破綻してしまう!
    これも事実は実は反対で、多くの研究で「先進国における移民は、受給よりも負担のほうが大きい」という結果が出ている。確かに移民者は低所得であることが多いが、彼らも日常の買い物はするわけで、例えば消費税は負担している。一方で彼らは医療保険や年金制度には加入できないケースが大半で、社会福祉を享受する額は自国民よりも圧倒的に少ないことが示されている。

このようにUBIは既に「現実的に導入するならどのような制度設計にするか」を検討できる段階に近づきつつある。今回のCOVID-19ショックがこの動きを加速するとしたら、実は歴史的に大きな転換点がもたらされることになるのかもしれない。それは1929年の大恐慌の悲劇を乗り越えるためにケインズ的財政政策が生み出されたようなものかもしれない。

本書で印象に残るフレーズがある。それは「問題は大きい。ならば、答えもビッグであるはずだ(p.198)」というものである。COVID-19は予想もしていなければ準備もできていない未曾有の危機である。そしてAIの進化に代表されるテクノロジーの急激な発展は人間という存在にどのような影響を与えるのかも重大な問題である。このような大きな問題に対して、ビッグな答えを真面目に考える時期に来ているのではないだろうか。

執筆者情報

  • 柏木 亮二

    金融イノベーション研究部

    上級研究員

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