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【COVID-19】UBIの財源論:『みんなにお金を配ったら』『普通の人々の戦い』ほか

2020/05/13

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先ごろUBI(ユニバーサル・ベーシック・インカム)について書いたが、やはりというか「財源はどうするんだ」という声があった。興味をもっていただいたのであれば、実際に本を読んでもらうのが一番なのだが、今回はUBIについての書籍からアメリカと日本の財源についての検討部分をいくつか紹介したい。

UBIの財源論の概要

さて今回紹介するUBIの財源論はどれもほぼ同じロジックをたどるので、まずはその流れをざっと説明する。それぞれ次のようなステップに分解できる。

  1. UBI予算総額の推計:国民のどの範囲にいくら給付するかの前提。国民全員が対象か、それとも成人に限るか、金額は一律か、それとも差をつけるかといった条件がある
  2. 現在の国庫の歳出からUBIに転換できる予算額の推計:UBIは他の多くの社会保険を代替するものなので、現在の社会保険の予算はUBIの財源となる
  3. 差額の算出:現在の予算の組み換えだけでUBIが可能なら話は終わりなのだが、当然そうはならない。UBI実現には、あとどの程度の予算が必要かを算出する
  4. 差額分の埋め合わせのための施策:この部分は各論者によって違いがある。ただ多くは既存の税金の増税(税率アップ)か、新税の導入になる

当然ながらUBI導入論者の結論が「計算上・理論上、UBIは導入可能」というところに落ち着くのは当たり前である。ただ実際に予算を組み替えたり、新税を導入したり、増税を行ったりといった政策が「政治的に」実現可能かどうかはまた別問題である。そこはみなさんの判断に任せたい。

『みんなにお金を配ったら』の財源論

■みんなにお金を配ったら

[著]アニー・ローリー
[翻訳]上原裕美子
[発行日]2019年10月1日発行
[出版社]みすず書房
[定価]3,000円+税

まずは以前紹介した『みんなにお金を配ったら』から。同書では第10章「毎月1000ドル―UBIの財源」で財源について論じている。それぞれのステップごとに見ていこう。

  1. UBI予算総額:3.9兆ドル(アメリカ国民全員に毎月1,000ドル支給の場合)
  2. 組み換え可能な予算:2.7兆ドル(社会保障費(老齢・遺族・障害年金保険)、メディケイド、メディケア、失業保険、復員兵給付などの社会保険予算の総額)
    本書ではこの金額の出所は以下の記事だとしている
    Putting federal spending in context | Pew Research Center
  3. 差額:1.2兆ドル
  4. 埋め合わせには:多くは新税の導入である。以下の施策を合計すると差額を埋められる
    ●まずは防衛費の一部を削減して財源にあてる(現在は7,000億ドル)
    ●金融取引税の導入:年間1,000億ー4,000億ドルの税収
    ●付加価値税(消費税)の導入:1兆ドルの税収
    ●富裕税の強化(300万ドル以上の不動産に高税率をかけるなど):数千億ドルの税収
    ●それ以外の施策:社会に負荷をかけている活動に対する課税。例えば、炭素税。またAIが人間の雇用を奪うのであればロボットに対する課税も考えられる(この案はビル・ゲイツなども提唱している)。

このように『みんなにお金を配ったら』では、国民全員への一律毎月1,000ドル給付は可能であるとしている。また、より現実的な案として「社会保障の対象ではない国民には受給に制限を設けつつ、フードスタンプや福祉給付を撤廃するならば、純費用は年間2.5兆ドル程度」といった一律給付にこだわらない案、さらに「所得階層の上位5分の2に属する国民(年収7万2,000ドル以上の人々)には給付しない、もしくは給付した上で税金で回収すれば、1兆ドル程度に落ち着く」という案も提示している(本書、p.194)。

『普通の人々の戦い』の財源論

■普通の人々の戦い

[著]アンドリュー・ ヤン
[翻訳]早川健治
[発行日]2020年3月9日発行
[出版社]那須里山舎
[定価]3,200円+税

続いては、つい最近出版されたベーシックインカム論である『普通の人々の戦い』を取り上げる。この本の紹介にあたって財源論を取り上げるだけというのは非常にもったいないので、是非みなさんも読んでみてほしい。さて、では財源について見ていこう。

  1. UBI予算総額:3.9兆ドル(アメリカ国民全員に毎月1,000ドル支給の場合、これは『みんなにお金を配ったら』と同様)
  2. 組み換え可能な予算:2.6兆ドル(内訳は、既存の社会保障制度の費用、課税収入の増加、各種費用削減など。ただ同書にこの詳細は出ていない。しかし額は『みんなにお金を配ったら』とほぼ同水準なので、中身は似たような感じだろうか)
  3. 差額:1.3兆ドルとしている(本書、p.281)
  4. 埋め合わせ:付加価値税(税率10%)の導入で十分だとしている。ちなみにアメリカの経済規模は19兆ドルとしている。

この本は、付加価値税の導入で財源は足りるというかなりシンプルな意見である。

原田泰『ベーシック・インカム』の財源論

■ベーシック・インカム

[著]原田泰
[発行日]2015年2月25日発行
[出版社]中央公論新社
[定価]740円+税

さてここからは日本のベーシックインカムについての財源論を紹介する。まずはこの分野の草分け的な本である原田泰『ベーシック・インカム』からだ。本書の出版は2015年である。原田による財源は上のアメリカの例とはちょっと異なり、BIは所得控除を代替するものと位置づけ、雇用者報酬(いわゆる給与)と自営業者の所得への所得税を最大の財源としている。

  1. BI予算総額:96.3兆円(原田は国民一律ではなく、20歳以上には毎月7万円、20歳未満には月3万円の給付を想定している。そのためUBIではなくBIとしている)
  2. 充当する財源:上記の雇用者報酬と自営業者の混合所得は257.5兆円であり、これに一律30%の課税をすると77.3兆円の税収を得る
  3. 差額:32.9兆円(BI予算総額の96.3兆円から所得税税収77.3兆円の差分の19.0兆円と、現在の所得税制のもとでの所得税税収13.9兆円を足したもの。後者は一律30%の新たな所得税制では失われるので差額に含める必要がある)
  4. 組み換え可能な国庫支出:35.8兆円
    差額の32.9兆円を埋めるための代替財源としては以下のものが挙げられている
    ●社会保障費:19.9兆円(老齢基礎年金:16.6兆円、子ども手当:1.8兆円、雇用保険:1.5兆円)
    ●公共事業費の削減:5兆円
    ●中小企業対策費の削減:1兆円
    ●農林水産業費の削減:1兆円
    ●地方自治体の民生費のうちの福祉費削減:6兆円
    ●生活保護費のうちの医療費負担分:1.9兆円
    ●地方交付税交付金の削減:1兆円

原田による財源論はBIを所得として扱い、現行の所得控除をなくし、税率を一律30%にすることが大きな特徴である。一見すると低所得者には増税になるように思えるが、成人であれば年間84万円は無条件で給付されるため、年間所得が280万円未満の人は支払う所得税よりもBI給付金のほうが多い。本書では実際の世帯所得に基づいたより詳しい試算も行われているので興味のある方は是非読んでみてほしい(本書の第3章)。

井上智洋『AI時代の新・ベーシックインカム論』の財源論

■AI時代の新・ベーシックインカム論

[著]井上智洋
[発行日]2018年4月18日発行
[出版社]光文社
[定価]840円+税

最後は、井上智洋『AI時代の新・ベーシックインカム論』の財源論を見ていこう。といっても、ここでは上の原田泰『ベーシック・インカム』の財源モデルをベースにしているため、ほぼ同様の試算結果となっている。

  1. BI予算総額:約100兆円
  2. 組み換え可能な予算:約36兆円(これは原田の4に該当する金額)
  3. 差額:約64兆円
  4. 差額の財源:
    (ア) 所得税率の一律25%の引き上げ
    (イ) 相続税の30%引き上げと、所得税率の一律15%の引き上げ
    (ウ) 直接的財政ファイナンスによる財源確保(国際の日銀引受)。直接的財政ファイナンスを行えば政府に貨幣発行益(シニョリッジ)が生じるため、給付の財源となりうる。ただし給付は景気後退期の需要下支えなどに限定される

この本も財源論だけを紹介して終わりとするような本ではないので、是非通して読んでいただきたい。

で、結局UBIは実現可能なのか?

正直に言えば「すぐには無理」と答えざるを得ない。ただ、UBIの効果は実験でも確認されつつある。例えばNewsWeek誌の以下の記事では、BIと失業手当の効果を比較しているが、BIのほうが生活の満足度が高い、精神的ストレスが低いといった効果が出ているようだ。また、「BIを支給すると働く意欲がそがれるのでは」という副作用の懸念は大きくないと見られる(実験期間の平均就業日数はBI受給者が78日、失業手当受給者は73日)。

そして今回のCOVID-19ショックによって現代社会の脆弱性が明らかになった。サービス業などの対人接触を支えてきた労働者の多くが、非正規雇用という不安定な雇用形態であり、また低所得のため失業すると生活が一気に困窮化してしまう状況にあることが明らかになった。これは早急に支援が必要な状況であり、また速やかに解決すべき社会問題でもある。そして近い将来には再び新たなウイルスのパンデミックが起きることはわかっている。このままこの社会問題を放置していいはずがない。

中国・武漢のCOVID-19によるロックダウンの日常を綴った作家・方方氏の日記の次の一節を引用したい。

一つの国が文明国家であるかどうかの尺度は、高層ビルや車の多さや、強大な武器や軍隊や、科学技術の発達や卓越した芸術や、派手な会議や絢爛な花火や、世界各地で豪遊する旅行客の数ではない。唯一の尺度は、弱者にどう接するか、その態度だ。
(朝日新聞 2020年3月15日)

そして、もう一つ。現在の社会制度の多くは、導入当時にはその時代の社会の支配層から大反対されていたものが多い。普通選挙、女性の参政権、労働基準法などなど。

 

古川氏(@furukawa1917)のtweetより

UBIが本当に導入する価値がある制度なのかどうかは有権者一人ひとりの信念によって選択されるべき問題だ。しかし一部の既得権益層の利害によって、広く国民の利益になる制度の導入が阻まれるようなことは未来に対して恥ずべきことである。

執筆者情報

  • 柏木 亮二

    金融イノベーション研究部

    上級研究員

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